
Xのフォロワーは90万人超、歌舞伎町での人間模様を描いた小説『飛鳥クリニックは今日も雨』(扶桑社)が大人気のZ李。今度はショートショートで、繁華街で起こる不思議な事件の数々を描く!
最近よく目にする覚せい剤のニュース。今回の主人公は、薬物依存症のリハビリ施設“ダルク”に通う男性です。
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日曜日ダルク16時
どういう時にやりたくなるか。
やらないためにはどうするべきか。
暇だから、ボールペンを片手にマジメに自問自答してみる。
ダルクに通って、更生しようとしている意思を見せれば、100%執行猶予が付くと北村先生は言っていた。
別にダルクなしでも大丈夫だけど、安全策として一応通いましょうとのことだった。
私選の30万は高いし、ダルクも別に無料ってわけじゃないからな。
それに、ぶちこまれたら全部がパーになるんだから、そりゃあまあ、俺だってやる事はやるよ。
このミーティングに来ている、周りのおっさんやお兄ちゃんらも、真面目な顔でボールペンを握ってる。
みんな、またやるんでしょって俺は思ってるけどね。
だがまあ「どうしてネタやるか」か。
どうなんだろう。
正直、いや本当にマジに、俺そんなに依存していないと思うんだよね。
そんなことを書いても、自分と向き合えてないってここの先生は言うから、それは書けないんだけれども。
女がさ。二年くらいかな? 一緒に住んでいた女がいるんだけど。
あいつとも、もうシャブやめようって何回も話してたんだよね。
でもね、うんそうしようなんて言うわりに、すぐ外でネタ引いてくるわけ。
Xの手押しが多かったかな。
カルキだったことも塩だったこともあるよ。
草買ったらそこらへんの枯葉だったこともあるらしい。
何の薬品が混ざっていたのかわからないけど、炙ったらぶっ倒れて介抱したこともある。
まあなんというか、彼女はドポン中なわけよ。
俺もそうだな、まあポン中なんだろうけど。
でもだぜ? あの女にシャブやめさせるのって、本当に出来るのかなあ。
ぶち込まれないと結局やめられないなんてよく聞くけど、あいつ一回入ってるからね。
それにさ、ネタ切れの時の情緒不安定さもやばくて。
「死ぬ」って言うんだよね。いや、わりとマジで。
だって、割れたコップで手首切ったからね。いや、本当に。
それでさ、またパクられたら累犯で絶対実刑だから、もしそうなったらそれはそれで死ぬって言うわけ。
まあ死ぬ以前に会えなくなるのは俺もつらいからね。
好きなのは本当なのよ。愛してる、本当に。
離れ離れはなあ。今回だって20日とちょっと待ってくれてたんだぜ?
それに、しっかりキマってる時はすごく優しい。気も利くし、掃除もしっかりやってくれるし、言うことなしだよ。
シャブはシモに走るやつが多いけど、別にうちらはキメセクばっかりしているわけじゃないしね。
もう長いから、別に炙ったらヤリたくなるとかもそんなにないんだ。
それで何が言いたいかって結局さ、俺が定期的にテンサンのパケを持って帰るだけで、この平和が続くならそれはそれでいいんじゃないか的な。
わかる? まあわからないか。
俺も言ってることやばいってわかってるよ。
平和のためにシャブ買ってるだけで、俺はポン中じゃありませんなんてさ、まあ何言ってんだって感じだよね。
よし、まあいいや。
そういう本音は封印して、だ。
やっぱりネットで調べた優等生的なことを書くのが正解なんだよね。
と思ったらボールペンがない。
どこ? 俺のボールペン知らない?
ボールペン。
ボールペン、ボールペン、ボールペン。
ボールペンどこだよ?
どこだ? 俺のボールペンどこなんだよ。
さっき横のおっさんが俺のこと見てた。
あいつだろ? ボールペン。
俺のボールペン盗んだんだろ。
あいつしかいないよ盗んだとしたら。
右の兄ちゃんはたぶん見てない。
ボールペン、ボールペン誰が盗んだ?
誰か絶対に盗んだんだろボールペン。
ボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペンボールペン
もう許せない。殺す。
俺はボールペンがないと書けない。書けないとどうなる? 懲役? となるとあいつと離れ離れになる。それが狙い? だからボールペンを? なるほどね。デキてるってことか。あいつと。こいつが。いいぜ、だったら先にやってやるよ。
立ち上がった男は職員に制圧された。
そして部屋から連れ出された。
「やばかったっすね、あの人」
「いやいやまずいって。ずっと独りごと言ってたよ」
Photograph:TOYOFILM @toyofilm
君が面会に来たあとで

Z李、初のショートショート連載。立ちんぼから裏スロ店員、ホームレスにキャバ嬢ホスト、公務員からヤクザ、客引きのナイジェリア人からゴミ置き場から飛び出したネズミまで……。繁華街で蠢く人々の日常を多彩なタッチで描く、東京拘置所差し入れ本ランキング上位確定の暇つぶし短編集、高設定イベント開催中。