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「自分が嫌い」という病

2025.06.11 公開 ポスト

不適切な親の言動が子どもに及ぼしてしまう「人生を脅かす悪影響」とは何か泉谷閑示(精神科医)

薬に頼らない独自の精神療法で、数多くのクライアントと対峙してきた精神科医の泉谷閑示氏。最新刊『「自分が嫌い」という病』は、昨今たくさんの人が悩んでいる「自分を好きになれない」「自分に自信が持てない」という問題に真正面から向き合った1冊です。親子関係のゆがみからロゴスなき人間の問題、愛と欲望の違いなどを紐解きながら、「自分を愛する」ことを取り戻す道筋を示しています。本書から抜粋してご紹介していきます。

*   *   *

子どもにとって親は「ほぼ神」として君臨している

言うまでもなく、人は子どもができれば自動的に親になるわけで、特にそのための試験や資格があるわけではありません。厳しい見方かもしれませんが、実際のところ人が親になるような年齢ではまだまだ人生経験も浅く、親という役割を果たす上ではその成熟度はかなり危なっかしいものだと言えます。

ところが生まれてきた子どもは、そんな実態や裏事情など知るよしもなく、無邪気に親に対して全幅の信頼をおいています。つまり人格形成期の前半において、子どもにとっての親は、ほぼ神のごとき存在なのです。もちろん10年以上経った思春期あたりから親への批判的視点が芽生え始め、それまで鵜呑みにして受け取ってきたことを疑えるようになりますが、その時点ではもう既に、子どもの人格の基礎部分には、しっかりと親の足跡が残されてしまっているわけです。

ところが実際の親は、もちろん神ではなく不完全な人間に過ぎないのですから、子どもに対してどんな時でも問題なく接することができるわけではありません。しばしば親は余裕がなくなって苛立ちを子どもにぶつけてしまったり、煩わしく思って邪険に扱ってしまったりなど、およそ完璧な子育てなどには程遠いのがその実情であろうと思われます。

また、現代に多い核家族においては、その閉鎖的な環境ゆえに、親の未熟さや偏りが、ダイレクトに子どもに影響しやすいという問題もあります。

昔の大家族や「古き良き」地域コミュニティの中では、親が単独で子育てをするのでなく、複数の大人たちが子どもをゆったりと見守って育てていたような状況でした。たとえ親自身に偏りや未熟さがあったとしても、その弊害は複数性によって適度に希釈されるので、子どもへの悪影響も、直接的なものではなかったのです。しかし、今日の核家族という環境は、育児負担が親だけに集中してしまい、親に余裕がなくなるだけでなく、その閉じた隔離的状況の中では、親の言動が子どもに対して一種の洗脳的な作用を及ぼすことになってしまいやすいのです。

また、自閉的傾向のある人が親になった場合などは、本人としては普通に子育てをしているつもりでも、子どもに対して、質的にかなり悪影響を及ぼしてしまうことが少なくありません。子どもに向ける関心が表面的なものにとどまっていたり、過度なしつけや学歴偏重志向など、偏狭な価値観を押し付けていることに無自覚だったりします。さらにその自閉的特性ゆえに、一貫性のない矛盾だらけの関わりをしてしまったり、泣き声や騒がしさを極度に嫌い、これを感情的に叱責したり、思い通りでないとささいなことでもキレやすかったりなど、家の中の雰囲気はピリピリしたものになりがちです。このような問題が家庭という密室内で繰り広げられるので、さしずめ暴君が君臨する小さな独裁国家のごとき状況下で子どもは怯え困惑し、精神的に萎縮させられてしまうのです。

親を否定できないので自分を否定する子どもたち

子どもへの不適切な接し方は、子どもの内部に次のような変化を引き起こします。

親に不適切に扱われた子どもは、そのことをいわば神から制裁でも受けたかのように感じ取り、神である親を疑わないので、「自分が何かまずいことでもしてしまったのかな」と考えます。

もちろん、しつけなどの文脈で適切な叱責を受けた場合には、その理由が子どもにも把握できるので、今後は気をつけようという学習が行なわれるだけです。しかし、いくら考えてみても叱られたり無視されるような理由が見当たらなかったり、何らかの失態はあったにせよそこまで制裁を受けるほどの問題とは思えなかった場合、子どもはその本意がつかめずに戸惑ってしまいます。そして引き続き、親の意図が何だったのだろうと考え続けることになります。人には、不可解なことをそのままにしておけないという性質があるからです。

果たしてちゃんとお手伝いをしなかったのが悪いのか、勉強ができないのが悪いのか、習い事をやめたいなんて言ったのが悪いのか、自分は良い子じゃないのか等々、子どもなりに何か思い当たることを考えつくと、そこを懸命に改善しようと努力し始めます。

しかし、どんなに頑張って改善をしても手応えがなかったり、いくら考えてみても思い当たる原因が見当たらない場合には、その子は「よく分からないけど、自分はダメな子なんだろう」と考えたり、ひどい場合には「自分の存在自体が迷惑なのではないか」「生まれてこない方が良かったのではないか」といった存在否定のところまで、自己否定を進めてしまうこともあるのです。

いずれにせよ、親と自分の不調和な関係について、子どもにはまだ親を疑うという発想が芽生えていないがゆえに、「何が悪いのかよく分からないけれど、きっと自分が悪いのだろう」と考えるしかありません。親を否定できないので、自分を否定してしまったのです。

自己否定はうまくいかないことを説明してくれるオールマイティカード

ひとたびそんなふうに思ってしまった子どもは、そこから先、常に自分のあら探しをするモードで生きていきます。「自分のいったい何が悪いのだろう」という解けない謎をいつか解きたいという必死の思いで、自分の欠点にばかり注目する日々を送るのです。

人はこの状態にあると、たとえ何かうまくやれたり人に褒められることがあったとしても、「そんなのは、きっとまぐれ当たりだ」「自分にできるようなことは、他の人だって当然できるはずだ」「どうせこの人は私をおだてて、からかっているに違いない」などと処理してしまい、自己否定そのものが見直されることにはつながりません。

このように一度思い込んでしまった自己否定は、自分が関わるすべてをマイナスに解釈するような認識上の引力を発生させます。そして、思春期以降になって親の未熟さや偏りにようやく気づき始めたとしても、残念ながらこの自己否定は自動的に訂正されたりはしません。なぜなら、いわば生乾きのコンクリートのような人格形成初期にくっきりと刻印されてしまった自己否定は、もはや基本OS(コンピューターの基本ソフト)のごとく自分の認識の基礎に組み込まれてしまっていて、疑う対象にはなり得ないからです。

さらにこの自己否定というものは、うまくいかないことや不条理なこと、不愉快なことも不幸なことも、「私がダメだから」という形で見事に理由づけ、説明してくれるオールマイティカードとして機能してきているので、すでに本人の中では疑いようのない真実になっているのです。

関連書籍

泉谷閑示『「自分が嫌い」という病』

「自分を好きになれない」と悩む人は多い。こうした自己否定の感情は、なぜ生まれてしまうのか。 その原因は幼少期の育ち方にあると精神科医である著者は指摘する。 親から気まぐれに叱られたり、理不尽にキレられたりすると、子どもは「自分は尊重され るに値しない」と思い込むようになる。その結果、自信を持てず、人間関係にも苦しみやすい。 では、この悪循環から抜け出すにはどうすればよいのか。 本書では、自分を傷つけた親への怒りを認め、心のもやもやを解消するための具体的な方法を解説。自信を持って生きられるヒントが詰まった一冊。

泉谷閑示『仕事なんか生きがいにするな 生きる意味を再び考える』

働くことこそ生きること、何でもいいから仕事を探せという風潮が根強い。しかし、それでは人生は充実しないばかりか、長時間労働で心身ともに蝕まれてしまうだけだ。しかも近年「生きる意味が感じられない」と悩む人が増えている。結局、仕事で幸せになれる人は少数なのだ。では、私たちはどう生きればよいのか。ヒントは、心のおもむくままに日常を遊ぶことにあった――。独自の精神療法で数多くの患者を導いてきた精神科医が、仕事中心の人生から脱し、新しい生きがいを見つける道しるべを示した希望の一冊。

泉谷閑示『「うつ」の効用 生まれ直しの哲学』

うつは今や「誰でもなりうる病気」だ。しかし、治療は未だ投薬などの対症療法が中心で、休職や休学を繰り返すケースも多い。本書は、自分を再発の恐れのない治癒に導くには、「頭(理性)」よりも「心と身体」のシグナルを尊重することが大切と説く。つまり、「すべき」ではなく「したい」を優先するということだ。それによって、その人本来の姿を取り戻せるのだという。うつとは闘う相手ではなく、覚醒の契機にする友なのだ。生きづらさを感じるすべての人へ贈る、自分らしく生き直すための教科書。

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「自分が嫌い」という病

「自分嫌い」こそ不幸の最大の原因。「自分を好きになれない」と悩むすべての人に贈る、自身を持って生きられるヒントが詰まった1冊。

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泉谷閑示 精神科医

1962年秋田県生まれ。精神科医、作曲家。東北大学医学部卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院、(財)神経研究所附属晴和病院等に勤務したのち渡仏、パリ・エコールノルマル音楽院に留学。帰国後、新宿サザンスクエアクリニック院長等を経て、現在、精神療法専門の泉谷クリニック(東京・広尾)院長。著書に『「普通がいい」という病』『反教育論』『仕事なんか生きがいにするな』『あなたの人生が変わる対話術』『本物の思考力を磨くための音楽学』などがある。

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