
飲食店、映画、本――。スマホでちょっと調べれば、溢れ返る評価やレビュー。結果として、私たちは「みんなと違う」が選びにくくなっています。
生活者の"選ぶ瞬間"を分析し続けてきた元・電通プランナー、小島雄一郎さんの著書『「選べない」はなぜ起こる?』(サンマーク出版)が出版されました。「選択疲れ」の時代にモノ・サービス・人間関係まで含めた「選ばれる構造」をマーケティング・心理・社会の視点から解き明かし、「なぜ選べないのか」から「どうすれば選ばれるのか」への視点転換を促してくれる一冊。本書から、一部をご紹介します。
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「みんなと違う」が選びにくい
土曜日の昼下がり、友人との待ち合わせまであと1時間。
「どこでランチしようか」とスマホを取り出し、近くの飲食店を検索する。まずは口コミサイトで評価を確認し、SNSで雰囲気をチェックして「ハズレの店ではないか」を確認する。それでもどこか不安で、結局「みんなが行っている人気店」を選んでしまう。
「飲食店くらい、好きに決めさせて」と脳内で小さな自分がぼやいている。こんな経験、誰にでもあるだろう。
なぜ私たちはこうなったのか?
答えは一つ。「見えすぎる」からだ。
豊富な選択肢も、膨大な判断材料も、見えなければよかった。そのほうが根拠なく、直感のままに選ぶことができた。「なんの判断材料もないのに、選べない」と思うかもしれないが、「なんの判断材料もないほうが、まだ選べた」ということに、私たちは今気づかされている。
「最適解」が見えすぎる
私たちが見えすぎてしまったものに名前がつくならば、それは「最適解」だ。
最適解とは、客観的な評価基準に基づいて論理的に導いた正しい答えのこと。現代では、この最適解が見えすぎるが故に「選べない」という感情が強くなっている側面もある。
ではなぜ、最適解が見えすぎると「選べない」という感情につながるのか?
最適解の対極にあるのは、他人ではなく自分だけが納得できる「納得解」だ。この納得解は人それぞれ違う範囲で存在しており、最適解と重なる部分もあるが、重ならない部分もある。それはある意味で当然のことだ。
一昔前までは、そんな重なりなんて見えなかった。自分の納得解が、どの程度世間の最適解と一致しているか、もしくははずれているかを意識せずに意思決定ができた。
しかし現代は、一人ひとりの言動ログが見える化したことで、「みんなのデータ」に基づく最適解の範囲がくっきりと輪郭を持って、時には点数化さえもされて目に飛び込んでくる。
この最適解ゾーンの出現により、私たちの選択には緊張が走った。つまり「選べない」時代が始まった。
この背景には、人間の心理に根差した二つの相反する欲求がある。
一つは社会心理学でいう「同調性バイアス」で、多数派の選択や行動に従うことで安心感を得る心理だ。もう一つは「独自性欲求」と呼ばれる、他者と区別される自分らしさを表現したい欲求だ。
これらの欲求は、私たちの進化の過程で形成されてきた。集団に同調することで安全を確保する戦略と、新たな環境を探索して資源を見つける戦略は、どちらも生存に不可欠だった。
現代でも、私たちの意思決定はこの「リスクの回避」と「チャンスの追求」のバランスの上に成り立っている。どちらの傾向が強いかは人それぞれだが、程度の差こそあれ、私たちは皆この二つの欲求を持ち合わせている。
問題はその順番だ。
現代では「みんなの最適解」が先に見えてしまっている。見えすぎてしまっている。だから自分の納得解を選んだつもりでも「最適解だから選んだ(自分の本当の意思は違う)のでは?」という意識が生じてしまう。かといって、すべての選択で最適解を外すのも不自然だ。それでは「ただの天邪鬼」になってしまう。
つまり現代は、すべての選択が最適解の影響下にある。だから何を選択しても、「自分で選んだ」という納得感を持ちにくい。終いには、「自分が何を望んでいるのか」さえわからなくなり、選択そのものが苦痛になる。「いっそのこと誰かに選んで欲しい」と思うようになるのも無理はないのだ。
「選択疲れ」から抜け出す方法
このようなモヤモヤから抜け出すポイントは二つある。
一つは最適解を意識的に遮断すること。
例えば食べログで調べてからお店に入るのではなく、入った後に答え合わせのような感覚で点数を調べてみるような行動だ。
身近で低リスクな選択から始めてみればいい。新しく見かけたカフェは外観やメニュー表だけを見て判断する。あるいは書店に立ち寄った際、ベストセラーコーナーに行く前に、まず自分の目に留まった本をパラパラとめくってみる。映画も、SNSでの評判を調べずに、ポスターやあらすじだけを見て選んでみる。
これらの小さな情報遮断実験は筋トレのようなものだ。それを通じて「選択筋力」が鍛えられ、自分の直感も冴え渡ってくるだろう。見えすぎる時代だからこそ、あえて「見ない勇気」を持つことが重要だ。
もう一つは「選択基準を自分に取り戻す」ことだ。
重要なのは選択肢の数ではなく、自分が何を価値あるものと考えるかという「選択基準」の自信と明確さだ。
たとえ世間の最適解を知っていたとしても、自分の納得解を優先することが満足度を高める。その結果、あなたの選択が多数派と同じになることもあれば、異なることもある。どちらが良い悪いではなく、その選択が「自分の価値観に基づいている」という実感こそが、選択後の満足感や幸福感を高めるのだ。
では、自分にとって判断基準となりうる価値とは何だろう?
明確に答えられた人は少ないのではないだろうか?
それを確立する方法は、自分だけの当たりを探る過程で養われる。
「選べない」はなぜ起こる?

2025年6月11日発売、小島雄一郎著『「選べない」はなぜ起こる? 』試し読み