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君が面会に来たあとで

2025.09.09 公開 ポスト

「聴牌からは別れの音がした」国士無双13面待ちと、コンカフェ嬢との恋の行方Z李

Xのフォロワーは90万人超、歌舞伎町での人間模様を描いた小説『飛鳥クリニックは今日も雨』(扶桑社)が大人気のZ李。今度はショートショートで、繁華街で起こる数々の不思議な事件を描く!

 

今回お届けするのは、歌舞伎町の雀荘で働く男と、コンカフェで働く女の恋の話。

夜の世界で働く2人の関係は、偶然にもあの日の麻雀とリンクして……。

 

*   *   *

聴牌からは別れの音がした

 

歌舞伎町のコンカフェで働いてる子と、その近くの雑居ビルにある雀荘で働いてる男が付き合ってるって話を最初に聞いたとき、「うまくいくわけねえじゃん」って思った。

 

コンカフェの女は、客のLINEにいちいち反応してる。

「さっきの写メありがとう!」とか「今日も可愛いねって言われたー」とか、ストーリーに載せて、それを彼氏が見てるのも知ってるくせにやってる。

 

雀荘の男のほうは、朝から晩まで点棒の音とタバコの煙に包まれてる。

休憩時間もアプリで麻雀してるか競艇をやってる。客との会話も、麻雀の話か競艇の話。

 

でも、2人は意外と長く続いてた。

コンカフェ嬢の方は「リアルは彼だけ」ってスタンスだった。

雀荘店員の方もプロを目指していると言いつつも「300万貯めたら転職」って決めて打ってた。

 

お互い、この街で働く以上は、仮面をかぶって生きていることを理解し合っていた。

夜の世界で働く者同士、どっかでお互いの演技に寛容だった。

本音で話さない時間の方が、逆に落ち着くってこともある。

 

ある日、男が4巡目で国士無双の13面待ちをテンパイした。

配牌で一九字牌だらけ、1巡目で發、すぐに白を引いて、あっという間に張った。

切り出しはアンコになってた九筒からだし誰も疑っていないはずだった。

それなのにずっと出ない。無論リーチなんかかけていない。

そして、とうとう上がれなかった。牌は開かずにノーテンと言った。

 

仕事が終わってからも、誰にも言わなかった。

でも、心の奥に、何かが引っかかったままになった。

 

あの日からだった。

彼女がスパチャに「愛してる~」って言ったのも、男がそれに耐えられなくなったのも。

LINEで「さすがにキツいわ」って送ったら、既読がついたまま、2時間返信がなかった。

その間に、男は3回くらいトイレでタバコを吸って、そのうちの1本は火をつけてから1回も吸わずに便器に落とした。

 

「リアルはリアル、仕事は仕事」

 

それを分かってたはずだった。

でも、女の方も疲れていたのか。

 

「なんかさ、私ばっかり、会いに行ってない?」

 

雀荘の休みは不定休。コンカフェのシフトは夕方から深夜まで。

休みが合うのは月に1回あるかどうか。

会う日はだいたい雀荘の裏の西武新宿駅で待ち合わせ。知り合いに会いそうだからと、西新宿方面で飯、もしくは足裏マッサージに行ってから家、すべてがルーティンだった。マンネリとも言えるか。

 

それが変わったのは、ある雨の日だった。

女が「そっち行くのやめた」って言った。

 

「私、たまには待ってたい」

 

男がコンカフェのあるビルまで行った。店の前で、彼女が上がるのを待った。

 

出てきたのは、いつもと違う顔だった。

作り笑いがまだ取れていなくて、笑っているけど笑ってなかった。

 

「ごめんね」と言って、歩き出した。

男は後ろからついていった。

「もうやめたいの?」と聞いた。

女は首を横に振った。

 

「やめないよ。やめないけど、距離は置きたい」

 

それが最期だった。

 

そのあと何度か連絡は取り合った。

スタンプだけのやり取り。「お疲れさま」「おやすみ」まるで他人みたいな言葉の投げ合い。

客の「今日いますか?」に「すみません、休みなんです~」と返してるのを見た時、同じだなって思った。

一度だけ、彼女の働く店に客として入ろうとしたが、ビルの階段を半分上ったところで引き返した。

その夜、彼女のストーリーに「今日、なんか会いたくない人が近くにいた気がする笑」って投稿が上がっていた。

 

今も雀荘で働く男は、たまにTikTokで彼女の配信を見てる。

「今日も会いに来てくれてありがとう~」って言ってる。

誰に言ってるんだよって思いながら、スマホを伏せて、点棒を並べ直す。

 

あのとき国士を上がれてたら、何かが変わってたのかもしれない。

そう思って叩いた派手な宝石入りの白ポッチの牌の音だけが、やけに乾いて響いた。

外はまた雨だった。

 

次の日、なぜか店の壁にあったポスターが落ちた。

空調のせいかもしれないし、ただの偶然かもしれない。

 

でも、男はなんとなく、その音が「終わった」って言ってるように聞こえた。

 

その日を境に、TikTokのアルゴリズムから彼女の動画が一切流れてこなくなった。

自分から探す気にもなれなかった。

 

もう一度テンパイできる気がしなかった。

そもそも降りたのは自分なのか彼女なのか。

それかもしかして、テンパイもしていなかったとか?

 

しばらくすると、消防署に怒られて雀荘は電子タバコしか駄目になって、それが理由じゃないけど男は雀荘をやめた。

コンカフェは未成年がパクられてニュースになって潰れた。

 

2人はきっと、もう偶然にも出会わないのだろう。

けれど、街は今日も新しい人で溢れている。みんな、目をキラキラさせながら歩いてる。

 

 

Photograph:TOYOFILM @toyofilm

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君が面会に来たあとで

Z李、初のショートショート連載。立ちんぼから裏スロ店員、ホームレスにキャバ嬢ホスト、公務員からヤクザ、客引きのナイジェリア人からゴミ置き場から飛び出したネズミまで……。繁華街で蠢く人々の日常を多彩なタッチで描く、東京拘置所差し入れ本ランキング上位確定の暇つぶし短編集、高設定イベント開催中。

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Z李

座右の銘は「給我一個機会,譲我再一次証明自己」。経歴不詳、表と裏の境界線上にいるインフルエンサー。X(旧Twitter)のフォロワー約90万人超。週刊SPA!にて2021年より2年にわたり、長編小説『飛鳥クリニックは今日も雨』を連載、2023年に書籍化。2025年4月17日より、配信サイトLeminoにてドラマ化される。

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