「センスとは何か？」その答えが分かった日のこと｜マテリアルガールは休暇中｜妹尾ユウカ

20代女性を中心に圧倒的な支持を集めるコラムニストの妹尾ユウカさん。
先月スタートした連載『マテリアルガールは休暇中』は、第1回・第2回ともに大きな反響を呼びました。

第3回のテーマは「センス」。
街中やSNSでふと感じる「センスの良さ」の正体とは——。
妹尾ユウカさんならではの視点で綴られるエッセイを、どうぞお楽しみください。

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「センスがいいね」
夕方、近所を散歩していたグレートピレニーズという珍しい大型犬を見て、娘がふいにそうつぶやいた。
「センスがいいね」か。ほんの少し前までは、犬を見ても「可愛い」とか「大きい」くらいしか言わなかったはずなのに。
育ちかけの感性と、ちいさな背伸びが透けて見えるそのひと言は、犬の白く整った毛並みよりも、ずっと印象に残っている。

どこで覚えた言葉なのか、どんな基準で使っているのか。
ただ大人の口ぶりを真似しているだけかと思いきや、なんにでも使っているわけではない。
とはいえ、「センス」という言葉の意味をちゃんと理解しているわけでもなさそうだった。
その存在を感じ取ってはいるものの、その正体が何なのかまでは、わかっていないのだろう。
それはたぶん、我々大人も同じだ。

センスとは、一体なんなのか。
たとえば「頭がいい」と言われたとき、その意味を「勉強ができる」「要領がいい」「機転が利く」といった具体的な要素に分解して説明することはできる。
けれど、「頭ってなに？」と問われた途端に、少し戸惑ってしまう。
「センス」も、それに似ている気がする。

日常的に使われている言葉でありながら、その本質については、説明が難しい。
だからまずは、「センスがいい」とはどういうことか、その言葉の中身を紐解いてみることにした。

日常の中で、誰かや何かに「センスがいいな」と感じるのは、どんなときだろう。
すぐに思いつくのは、雑誌『ELLE』などで紹介されているお店や、そこに登場する女性たちのSNSを覗いたとき。
選ぶ服はもちろん、自宅の家具やカトラリー、持ち歩く小物、通っているお店、使っている文房具に至るまで、すべてが洗練されて見える。
あれらを「センスがいい」以外の言葉で、どう表現すればいいのだろうか。
そう思って、「センスがいい」という言葉に込められた感情を、なるべくシンプルな言葉で言い換えようとしてみたが、今度は「おしゃれ」という、別の大きくて曖昧な言葉の壁にぶつかってしまった。
もしかしたら、「センスがいい」は、「その人がおしゃれだと感じる感覚が優れている」と受け取ったときに、自然と浮かんでくる言葉なのかもしれない。

物事をどう感じて、どう表現するか。
その感覚に優れている人のことを、「センスがいい」と呼ぶのだろう。

先月、母の日に娘が贈ってくれた一枚の絵を見たとき、私が「センスがいいな」と思ったのも、まさにその感覚だった。
そこに描かれていたのは、カモとアヒル。
多くの子どもたちがお母さんの似顔絵を描く中で、あえてそれを選んだ彼女の感性。
それを贈れば私が喜ぶと信じた、その選択と、私という人間の捉え方。
これらすべてが、「センスがいい」と思った理由だった。

センスとは、「感覚」と「表現力」の掛け算だと私は思う。
個人の美意識が、他者の感性と共鳴したときに、初めて「センスがいい」という評価が生まれる。
さらにその“美意識”や“感覚”は、単なる技術や見た目の良し悪しではなく、「どう在りたいか」「何を美しいと感じるか」といった、生き方そのものと深く関わっている。

つまり、どんな価値観を持ち、何を選び、どう表現するか。
そうしたすべての積み重ねがにじみ出たものこそが、「センス」の正体なのだと思う。