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往復書簡 恋愛と未熟

2025.06.08 公開 ポスト

マッチングアプリのずっと前から、私たちは「商品」だったよねひらりさ(文筆家)

親愛なる綾へ

 

ぐったりしています。たぶん生理前。低容量ピルの服用を休むことにしたら、ホルモンバランスの変動が大きくなり、手足がむくんでぱんぱんに。友人に薦められた漢方を飲んで、ぼんやりしています。

あー、ホルモンの乱れから、元カレのXアカウントをのぞいてしまう。付き合っている間は存在を知らなかったのですが、別れ話を切り出された日に、天啓(?)を受けて「Xアカウント…見つけられる気がする」と思いたち、特定に成功したのです。Tinderで知り合い、それ以外のつながりも共通の知人もいないなかで彼の匿名アカウントを5分で特定した己のインターネットスキルが恐ろしい。4月になったら実家に引っ越して東京を引き払うと言われていたのですが、Xを見る限り元の部屋に住み続けています。「嘘つき」とLINEしたらどうなるだろう、と想像してみますが、さすがに実行はしません。

ホワイト・ロータス」、聞いたことなかった! 日本だとU-NEXT配信なので、あまり広がってなさそうです(大半の日本人はNetflixかアマプラを契約しています)。ハワイのリゾートホテルで起きた殺人事件をキーに、そこにいたるまでの、宿泊たちの一週間を描くという趣向なんだ。ウォッチリストに入れておく。
そもそも小手先の言葉で性的な誘いを断る局面に遭遇しないように生きている、という綾の回答、とても鈴木綾らしく、私との違いが際立って、おもしろかったです。聞いて良かった!
綾にも、「足りないと感じられるもの」を異性愛関係で埋めようとしていた時代があったという告白は、私にとってなかなか予想外のものでした。綾は生まれたときからスマートに思える人だから! でも、経験の中で試行錯誤を重ね、悩み傷ついて、いまの鈴木綾になったんだね。ナイーブな話を、綾らしい言葉で教えてくれてとてもありがとう。

幸か不幸か、私はさほど危険な目に遭ったことがない。一緒に飲んでいた男性に「頼むからホテルに行って欲しい」と手を引っ張られたことが人生で二度ある程度でしょうか(この間の件は含まれません)。共通の知人も多い、メディア業界内の男性で一名、マッチングアプリで知り合った男性で一名。さいわいどちらも、人目のある繁華街だったので、さっといなして解散することができた。念のため言っておくと、それくらいの有形力を行使された相手には二度と会わないようにしていたよ。ただ、リアルのつながりで出会った男性をインターネットより安全だと思う感覚を、私はあまり持っていない。素性が知れていても、職場が一緒でも、共通の知り合いがいても、こちらを害してくる男性はたくさんいる。あれかも。きわめて男性コミュニティ優位な大学で勉強していたのと、メディア・マスコミ業界からキャリアを始めたのとで、「ふだん接する男性」たちのほうが、私は怖くなっていたことがありますね。「後ろ向いてると美人だね」とか「おじさんを転がせると思って雇ったのに」みたいなこと言われて暮らしていたので……。
集団や上司からのそういったハラスメントから自分を遮断することは難しかったし、かといって正面から異議を申し立てるのはもっと難しかった。やり過ごす際はへらへら笑っておくしかなかった。この、へらへら笑いが、敬意のなさそうな性的誘いを受けるような場面のふるまいに影響しているかもしれません。でも、これはこれである種の私のサバイバル・メソッドなんでしょうね。正面から男性を怒らせることを恐れている。

臆病者だからでしょうか。支配的な対応をしたり暴力的な有形力を行使したりするような男性にあたったことがありません。どちらかというと、人間関係に回避的かつ、フィジカルが弱めの男性を選びがち。性的接触が苦手なのに彼氏がいないと落ち着かないという友人から「体の弱い男性って…どうやって見つけるの?!」と本気で聞かれたことがあるレベルです。その子はそんな性格なのに、学生のころ運動部主将だったみたいな男性ばかりにときめいてしまう子で、恋愛感情というのはアンビバレントなものだなあと思いました。
綾は「私という鏡に、相手の社会的地位、権力、独占力が映し出される」というふうに女性としての性的魅力にまつわる経験を描写していた。そう感じたこと、一度もない。私は「男性が手に入れたいと思う女性の特徴」を一つも備えない20代を過ごしてたから! 綾と、合わせ鏡みたいな20代だ。とはいえ、どっちも女という「商品」として、品定めされていたことには変わりがないね。

それにしても、そんなふうに自分が「見られてきた」経験を言葉にできる綾は、やっぱり鋭くて優しい。傷つく場面をくぐり抜けながらも、あんなに丁寧に世界を観察し続けてきたからこそ、書き手としても会社組織の一員としても、信頼される存在なんだと思う。

さて、綾からの質問はこうだったね。

「ひらりさは前の彼氏とTinderで出会ったという話だったけど、出会い系アプリの話をひらりさに聞きたい。そこで人間が恋愛を見つけることができると思う?使っている人は「商品扱い」という気持ちにならない?」

ここまでにした話とも重なるけれど、10代終わりから20代前半にかけて男性の割合がとても多いコミュニティにいてミソジニックな言説にさらされていたので、私はマッチングアプリでことさらに「商品扱い」されていると思ったことはなかった。現実世界の、恋愛目的で出会ったわけでもない場所で「ナシ」を判定されることに苦痛を感じていたから、マッチングアプリのことを、現実世界より人道的な空間だなって思っていたほど。使い方としても、アプリをちょっとやってちょこちょこデートすると「まあ、別に彼氏いらないかな……」と気持ちが落ち着く感じ。というか、身近にとっても好きな人がいたのだが、でも彼女はいるし、私とは付き合ってくれない感じで、それでも5年くらいずるずるした関係を続けていたのです。その執着をどうにかまぎらわすために各種マッチングアプリを使っている期間が20代後半でした。友人でも、「彼氏いなくて不安になるときがあるけど、マッチングアプリでちょこっとやって『いいね』がくると落ち着いて、また元の日常に戻る」という人はちらほらいる。

半径3メートルの人間関係のほうがトキシックで苦しいと感じていたから、マッチングアプリでいいねしあったりメッセージをかわしたりする、自分の事情とは無関係な人たちに救われていた部分もある。一度も会わずに映画のレビューだけひたすらかわしあっていたんだけど、最後、「アフターサン」をめぐる解釈でバチバチの喧嘩になり、ブロックされちゃった人とかいます。あの人元気かな。そうそう、「日記」という名前でTinderをやって、いろいろな人と日記をかわしあっていたという著者が書いた『ティンダー・レモンケーキ・エフェクト』(葉山莉子)という日本語のエッセイがあって、私はそれがとても好き。友達もTwitterで作った人ばかりだし、私はインターネットの匿名性と、そこでひかれあう磁力を、信仰しているところがある。マッチングアプリに「本当の愛」が存在しないなら、それは現実世界にもそんなものは存在しないってことだと、言い切ってもいい。

とはいえ、マッチングアプリが人間の「商品化」を加速しているところは否定しません。痛感したのは、30歳を過ぎて、イギリス留学に行っていた期間ですね。興味本位でTinderを再インストールしたら、すごい勢いで「いいね」がきて。”Japanese Princess!!”なんてメッセージを送られたときは、「皇族のニュースについて話したいのかな?」と思った。”Are you interested in Princess Mako?”と聞いたところ、”It’s you.”と言われて、勘違いに気付きました。そういうことが何回か起きて、ああ、これ、yellow fever、アジア人フェチの男性からやたらいいねをもらっていたんだ、ということに気づいたときは、本当に衝撃を受けた。こういう「アリ」判定はたしかに気持ち悪い!と思い、即座に Tinderを消した。この経験は、フェミニズム專攻修士コースの期末レポートに仕上がりました。タイトルは、「《他者》をスパイスとする搾取性と、デート文化におけるアジア人女性フェチ」。

そんな経験をしながらも、日本に戻ってきたあともうTinderを開き、彼氏をつくった。よく覚えているのだけれど、このときの私は、留学前から好きだった男性のことを結局帰ってきても好きで、焼肉に誘って、断られたあとだった!(笑) このときマッチングアプリを再開した私は、確実に「商品」価値を確認しに行っていた。
現在日本公開されて大いに話題になっている、デミ・ムーア主演の映画『サブスタンス』も、まさにそういう話だ。綾は見た? 「商品」として終わりだ、と言われた50歳のスター女優エリザベスは、若返りの治験で絶世の美女「スー」となって、自分に終わりを突きつけた男性たちが牛耳るテレビ局へ戻り、ふたたび「商品」としての承認を得る。若返った体でチャレンジできることなんていろいろあるはずなのに(エリザベスの体を隠すために壁を壊して隠し部屋を作り上げたスーのDIY能力の高さよ!)、彼女が選んだのは、同じ場所で「商品」であり続けることだった。「商品」性が低いまま生きてきた私からすると、エリザベスのような人には、自分が得た価値を持ってもっと自由に傲慢に周囲を圧倒したらいいのにと思っていたのだけど、「商品性」が高い人ほど、つまり「男性の社会的地位、権力、独占力を映す鏡」であることに浸りきった人ほど、承認依存になってしまうのだろう。でもたしかに「商品」にいくら価値があったって、その価値は商品じたいが行使できるものではない。「商品」を搾取する人たちのものだ。恐ろしく悲しくて、だからこそ解放的な映画だったね。

ここまで私は、綾の問いを受けて、「自分が商品化される経験」について答えてみた。一方で、マッチングアプリの恐ろしいところに、自分が容易に他人を「商品」化できる点がある。日本のインターネットには、匿名で、マッチングアプリで出会った男性たちを品評する婚活アカウント、恋活アカウントがあふれている。もちろん、ナンパに精を出している男性が武勇伝として「獲得」した女性の情報をあげるナンパアカウントだってある。こうした男たちに対するカウンターとして、女性たちの男性品評が痛快に感じられることもある。ただ、「いろんな男性とセックスすること」自体を目的にした(ナンパアカウントのカウンターとしての)ビッチ女性アカウントよりも、「真剣で誠実な交際」を求めながらも「レビュー」がやめられない女性たちのほうは、もっと奇妙な存在だ。正当な権利であるかのように行われるそのレビュー、そのクレームこそに、「商品化」の弊害を感じる。自分にぴたりとあった「商品」に出会う日を夢見て、彼女たちはレビューを繰り返し、あれもだめこれもだめと切り捨てていく。そんな彼女たちに感じるモヤモヤは、もしかして同族嫌悪なのかもしれない。私にも、「商品」についてあれこれ品評することを通じて、周囲とつながろうとする浅はかさには、身に覚えがある。

「相手の言葉、マインドに魅了されたい。欲望と好奇心が存在して初めて、相手と話し、つながり、それから「この人との間に関係と呼べるものを持ちたいかもしれない」と考え始める。」

綾は、異性に興味と欲望を持つ時、PlanよりもPersonを重視しているという。

そのPersonが、異性に限られる、その前提って、本質的なものだと思う? つまり、いわゆる異性愛は、基本的に「男」という商品、「女」という商品として、人間を見ることから始まりませんか? だって、異性愛男性なら「女」以外を、異性愛女性なら「男」以外を、性別という「機能」で弾いているわけですよね。「社会に認められるパートナーシップが欲しい」「子供が欲しい」といった枷から自由になるなら、男性と恋愛すること自体を手放すべきなのでは……?と最近、私は悩んでいます。友人からは「極端すぎるよ」と言われますが。

綾が前回引用した「ホワイトロータス」の台詞は「他人の魂と繋がりを持つ経験があると、安っぽいセックスに戻るのは無理。」というものだった。これを私の言葉に置き換えてみよう。「他人の魂とつながりを持つ経験は、女性とさんざんしているのに、なぜ私は男性とパートナーシップを結ぼうとするんだろう?」

世界的ベストセラーとなっている『コンビニ人間』の作者・村田沙耶香『世界99』でも、生殖やセックスから自由になった女性たちが「友情婚」を選択するさまが描かれていた。
(必ずしも道徳的な選択としてではなく、一種のファッションとして友情婚がウケているという描き方をするのが、村田沙耶香の村田沙耶香らしいところなのだが。すさまじい小説なので、機会があったらぜひ通しで読んでみてほしい)。

綾の文章から、綾はもう、男性とパートナーとして関わることは積極的に望んでいないのはわかる。綾の人生は綾ひとりで手綱を握っているもの。でも、男性以外のパートナーとのありうる関係性のかたちについて想像することはないだろうか? 

次に綾の手紙が届くころ、私はヨーロッパに向かう、機上の人となっているはずだ。会って話すのを、とても楽しみにしてる!

関連書籍

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フェミニズムの生まれた国でも 、若い女は便利屋扱いされるんだよ! 思い切り仕事ができる環境と、理解のあるパートナーは、どこで見つかるの? 孤高の街ロンドンをサバイブする30代独身女性のリアルライフ 日本が好きだった。東京で6年間働いた。だけど、モラハラ、セクハラ、息苦しくて限界に。そしてロンドンにたどり着いた――。 国も文化も越える女性の生きづらさをユーモアたっぷりに鋭く綴る。 鮮烈なデビュー作!

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まだ恋愛にじたばたしてる――? 30代半ば、独身。ロンドンと東京で考える、この時代に誰かと関係を紡ぐということ。

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ひらりさ 文筆家

平成元年、東京生まれ。オタク女子ユニット「劇団雌猫」のメンバーとして活動するほか、女性の人生やフェミニズムにかかわるトレンド、コンテンツについてのレビュー、エッセイを執筆。単著に『沼で溺れてみたけれど』(講談社)、『それでも女をやっていく』(ワニブックス)など。

 

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