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本屋の時間

2024.11.15 公開 ポスト

第170回

ウサギ小屋にさよならを言う辻山良雄

Titleのような小さな店には、一人でくるというお客さんが大半だが、その次に多いのは二人連れ、そしてたまには「家族で来ました」という方も見かける。わたし自身は一人で本屋に入り、気の赴くまま時間を過ごすことが好きなので、誰かと本屋に行くこと自体、想像すらしなかったのだけど、店に連れ立って入ってくる家族の姿を見ていると、家族って面白いものだなと思うときもある。

 

さて、わたしの家族は、五つの〈個〉から成り立っている。

なぜそんな回りくどい書きかたをしたのかといえば、わたしの家には人間の夫婦が二人と猫が三匹いるので、「五人」と書いてしまうと実態とかけ離れてしまうからだ。だがそういうと「ふーん、あなたは猫も家族に含める人なんだね」と仰る向きもあるだろう。かくいうわたしだって、家に猫がくる前はそのように考えていたし、人間とペットを一緒にするなんて信じがたいと、ペットを家族の一員のようにかわいがる人の気が知れなかった。

だが先日そんなわたしにも、自分が変わったと自覚させられた出来事が起こった。S出版社の営業の男性が「うちの子が風邪をひいて寝込んでしまって」と心配顔で話したとき、「ああ、うちの猫もいま風邪をひいていましてね」とあまりにもナチュラルに返してしまい、「ねこ……」とその場で絶句されてしまったのだ。わたしはそのような彼の反応を見て、「ああ、やってしまった」と思いつつも、「この人は昔のわたしなのだな」と考えていた。わたしも猫が家族になり得るものだとは思わなかったし、そもそも猫と暮らすことがどういうことか、よくわかっていなかった。

だが、それぞれに個性があって好き勝手に部屋の中をうろつき回り、たまには人間の膝に乗って、話しかけてくるなどする猫といると、それを「家族」と呼ぶことには何のためらいもなくなる。たとえ住民票には記載されていなくても、彼らはリアルに、この家の一員としてそこにいるのだから。

そもそも猫を飼うことになったのは、Aの一存だった。結婚して十年が経ち、東京の中で引っ越すことになったとき、「すぐにそうするかは別にしても、次の部屋では猫が飼いたい」と、彼女はきっぱりと言った。

動物のことでいえば、わたしがまだ年端もいかなかった子どものころ、父親が家の脇に小さなウサギ小屋を作り、そこで白いウサギを飼っていたことがあった。素人の大工仕事にしてはよくできた小屋で、扉の隙間からこわごわ大根の葉っぱを差し込むと、ウサギはおいしそうにその葉っぱをむしゃむしゃと食べた。わたしは気が向いたときにしかウサギに関わらず、ウサギの世話はもっぱら父の役割だったが、ウサギはある日、学校から帰ってくるといなくなっていた。「ウサギさんは遠いところに行ったのよ」。母は言った。

……とにかく家で動物を飼うのはそのとき以来だったから、Aが猫を飼うと言ったとき、頭の中に思い浮かんだのはあの小さなウサギ小屋と、あまり幸せではなかったころの家族の思い出だった(ウサギ小屋があったころ、父と母はよく言い争いをしていた)。でも猫を飼うことは、彼女の心の深いところから発せられた希望であるとわかったから、猫を飼うことがどういうものであるかはわからないにせよ、それはそうしなければならないことだとすぐに理解した。

 

実際に猫がきたのは、引っ越してから一年以上が経ってからのことだが、まずてんてんとたびが来て、そのあとすぐにたびがいなくなり、それから何年か経ってすずとあずきが来た。

家にてんてんが一匹だけいたころは、まだ家族という感じはしなくて、わたしたち夫婦はてんてんのことだけを見ていたし、てんてんもわたしたちだけを見ていた。だが、そこにすずとあずきが加わり、家の中の関係が複雑になってくると、急に家の中に、家族のようなものが立ち上がってきた。わたしは子どものころのこともあり、ずっと家族という言葉には、ウサギがいなくなったあとのウサギ小屋のようなさびしい印象を抱いていたが、猫たちがきたことで、わたしたち夫婦も家族になれたのだと思う。かわりばえのしない毎日ではあるが、それは思いがけずよいものでもあった。

今回のおすすめ本

喫茶店の水』qp 左右社

喫茶店で出されるお水。何度も見ているはずだが、こんなに美しいものだとは気がつかなかった。発見するという素晴らしさよ。

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

◯2025年11月28日(金)~  2025年12月22日(月) Title2階ギャラリー

『新装版 昭和柔俠伝』刊行記念 バロン吉元原画展

 劇画家・バロン吉元が1971~72年に発表した代表作『昭和柔俠伝』(リイド社刊)の復刊を記念し、同作の原画のみを一堂に集めた初の原画展を開催します。物語の核となる名場面を厳選展示。バロン吉元はいかに時代を切り取り、そこに生きる人々の温度を紙にこめてきたのか……。印刷では伝わりきらない、いまだ筆致に息づく力を通して、原稿用紙の上で世界が立ち上がる軌跡を、原画で体感いただける機会となります。


◯2025年12月25日(木)~  2026年1月8日(木) Title2階ギャラリー

Title2Fの古本市 vol.10

毎年恒例の古本市が、今年もTitleに帰ってきました! Titleの2階に、中央線からは遠いお店からこの辺りではお馴染みの店まで、6店舗の古本屋さんが選りすぐりの本を持ち寄って、小さな古本市を開催します。10回目の今年は、新しい店も参加します! 掘り出しものが見つかると古本市、ぜひお立ち寄りください。
 

【『本屋Title 10th Anniversary Book 転がる本屋に苔は生えない』が発売になります】

本屋Titleは2026年1月10日で10周年を迎えます。同日よりその10年の記録をまとめたアニバーサリーブック『本屋Title 10th Anniversary Book 転がる本屋に苔は生えない』が発売になります。

各年ごとのエッセイに、展示やイベント、店で起こった出来事を詳細にまとめた年表、10年分の「毎日のほん」から1000冊を収録した保存版。

Titleゆかりの方々による寄稿や作品、店主夫妻へのインタビューも。Titleのみでの販売となります。ぜひこの機会に店までお越しください。
 

書誌情報

『本屋Title 10th Anniversary Book 転がる本屋に苔は生えない』

Title=編 / 発行・発売 株式会社タイトル企画
256頁 /A5変形判ソフトカバー/ 2026年1月10日発売 / 800部限定 1,980円(税込)

 

◯【寄稿】

店は残っていた 辻山良雄 
webちくま「本は本屋にある リレーエッセイ」(2025年6月6日更新)

 

◯【お知らせ】

心に熾火をともし続ける|〈わたし〉になるための読書(7)
「MySCUE(マイスキュー)」 辻山良雄

あらゆる環境が激しく、しかもよくない方向に変化しているように感じる世界の中で、本、そして文学の力を感じさせる2冊を、今回はご紹介します。

 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。

偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

幻冬舎plusでできること

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