スパイやテロリストを監視し、国を守る公安警察。彼らは日頃、どのような活動をしているのか……。その生々しい全貌を明かした話題作、『警視庁公安捜査官 スパイハンターの知られざるリアル』。本書の著者で、元警視庁公安部外事課所属の勝丸円覚さんに、「尾行」はどのように行なっているのか、私たちの知らないマル秘テクニックを明かしてもらいました。
* * *
私たちが知らない「尾行」のリアル
── 勝丸さんは元公安捜査官というイメージとは裏腹に、すごく優しい雰囲気ですよね。失礼ですが、どこにでもいそうなふつうの人といった印象を受けます。
尾行や監視をしますから、記憶に残るような人は公安に向いていないんです。極端にハンサムな人、美人な人、背の高い人、太っている人などは、記憶に残ってしまいますよね。すれ違っても、どんな顔だったか覚えていないくらいが理想的なんです。
── 尾行のプロとして活躍されていた勝丸さんですが、どんなふうに行なうのですか?
尾行は必ずチームを組んで、数名で行ないます。徒歩、自転車、バイク、車など、あらゆる交通手段を組み合わせるので、見失うことはほぼありません。
人混みの中では徒歩の人たちが数名で追って、そのまわりで自転車が待機しています。急にタクシーを拾われたら、バイクや車の人たちで追って、タクシーから降りたらまた徒歩の人たちが追います。
── まさにチームプレーなんですね。
あと、みなさんは尾行というと、相手のすぐ後ろをついていくイメージがあるかもしれませんが、100メートルは距離を取ります。ですから、追われている人間はほぼ気づくことはありません。
ドラマのようにイヤホンをつけてすぐ後ろをついていくとか、車の中であんぱんと牛乳を食べながら監視するとか、実際にはそんなことは絶対にありません。
── 相手にまかれてしまうことはないんですか?
公安捜査官は、警察署で実績を積んだ優秀な人のみが選ばれるので、失敗することはまずありません。ただ、やはり人間ですので、失敗談を耳にすることはあります。
たとえば、尾行に気づかれて住宅街の行き止まりに誘い込まれてしまった。そして、待ち伏せしていた相手に顔を写真に撮られてしまった。実際にこのような失敗があったと、教訓として教わったことがあります。
── 公安捜査官も、自分の身を守る必要があるんですね。
捜査官の間では、「点検」と「消毒」という用語を使います。「点検」というのは、自分に尾行がついていないか確認すること。「消毒」というのは、後ろに誰もいない状態にすることです。
たとえば、スパイを追いかけた日は、必ず「点検」と「消毒」をしてから自宅に帰ります。スパイの部下や仲間が、自分の背後についている可能性があるからです。そのまま帰ってしまうと、自宅が突き止められてしまいます。
スパイは私たちのすぐそばにいる?
── 具体的には、どんなことをするんですか?
私の場合、「消毒」をする場所をあらかじめ決めておきます。私が好むのは10階建て以上で、1階だけでなく地下にも出入り口がある商業ビルです。
まず、1階からビルに入って、エレベーターで上がります。いったん7階で降りて別のエレベーターに乗り継ぎ、9階へ上がります。そして、また別のエレベーターで地下2階に下り、裏口から出て、タクシーを拾って移動します。これが、商業ビルを使った「消毒」の一例です。
「点検」をして、実際に尾行されていることがわかった場合は、ふだんから頼みを聞いてくれそうなレストランや喫茶店をつくっておいて、「マスター、従業員用の裏口から出してくれませんか」とお願いすることもあります。
── まるで映画やドラマの世界ですね。
芸能人はよく週刊誌から追われるので、こういう話をすると興味を示します。「そのための研修をやってほしい」という話もいただいています。
── 私たち一般の人も、スパイから狙われることはあるのでしょうか。
大いにあります。基本的に、スパイが所属している組織によって狙うターゲットは異なります。
たとえば、ロシアにはSVR(ロシア対外情報庁)という情報機関があります。ここのスパイは、ロシアにとって好意的な記事を書いてほしい、よい印象を持つような発信をしてほしいという狙いで、政治家やマスコミに接近します。
一方、GRU(ロシア連邦軍参謀本部情報総局)というロシア軍の情報機関は、自衛隊に関することや、武器に使える精密機械の情報などを求めて接近してきます。
また、FSB(ロシア連邦保安庁)という情報機関は国境警備を担当しているので、海上自衛隊と海上保安庁の情報を求めてやってきます。このように、情報関心はスパイによってそれぞれ異なるんです。
では、民間人が狙われないかというと、そんなことはありません。情報を持っている人だけでなく、情報を持っている人の近くにいる人を狙って接近することもよくあります。なので、自分は狙われることはないと安心せずに、スパイの手口を知っておくことは必要だと思います。
スパイが接近してきたときに、「この人はもしかしたらスパイかな」とわかるようになってほしい。それが、私が本を書いている理由のひとつです。
── スパイがいるのはドラマの中だけと思っていましたが、意外と近くにいるかもしれないんですね。
東京で生活や仕事をしている方は、おそらく一度はスパイとすれ違っていると思います。スパイというのは、実はそれくらい身近な存在なんです。
※本記事は、 Amazonオーディブル『武器になる教養30min.by 幻冬舎新書』より、〈【前編】勝丸円覚と語る『警視庁公安捜査官 スパイハンターの知られざるリアル』から学ぶスパイリテラシーを上げる必要性」〉の内容を一部抜粋、再構成したものです。
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