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恩田陸氏インタビュー

2024.05.03 公開 ツイート

恩田陸「『蜜蜂と遠雷』がなければ『spring』は書けなかった」 人間の才能と矛盾に向き合ったバレエ小説 恩田陸

ひとことで言って、出てくる登場人物が全員、本当に全員、魅力的な最新刊『spring』(筑摩書房)。この小説の主人公が、天才男性ダンサーにして振付家でもある萬春(よろず・はる)だ。彼を少年時代から描いたバレエ小説が大好評の恩田陸さん。「『蜜蜂と遠雷』を書かなければ『spring』は生まれなかった」とも語る著者に、執筆の経緯や両作品の関係性、作品そのものについて、そして創作論まで、『蜜蜂と遠雷』の担当編集者が訊(き)いた。

撮影/砂金有美

小説家としてのハードルを上げて書いた『spring』

──恩田さんの最新作『spring』を拝読しました。6時間ほどの、一気読みでした。「待ってました!」と言いたくなる「恩田陸節(ぶし)」とでもいうべきフレーズも随所にあるので、まずファン歴の長い読者にはとても嬉しい作品。同時に、新しいチャレンジを感じました。これまで恩田作品を未読だった方も大いに楽しめるエンターテインメントだと思います。

恩田陸(以下、恩田) そう言っていただけて、本当にホッとしましたし、嬉しいです。自分でも小説家としてのハードルを上げて書いたつもりですが、なんとか着地できたのではないかと思います。

──売れ行きも絶好調ですね。発売3日で2刷決定、現在3刷まで決まっているとか。

恩田 予想以上の反響で、『蜜蜂と遠雷』のようなものを皆さん、期待されてたんだなあ、と思いました。

──もう訊かれまくっていると思いますが、いまのお気持ちは?

恩田 とにかく安堵しています。例によって、長期の取材と試行錯誤をしつつの連載だったので、まだ終わった気がしないというか。

──そういえば昔、東京文化会館でウィリアム・フォーサイスのコンテンポラリーダンスに誘っていただいて、いっしょに鑑賞しました。30年近く前だった気がします。その頃から構想の萌芽(ほうが)はあったんでしょうか?

恩田 いや~、その頃は脳内構想に「バレエ」の「バ」の字もなかったし、たぶん『蜜蜂と遠雷』もカケラもなかったです(笑)。

──さらに思い出しました。フォーサイスの後、たしか渋谷Bunkamuraでの熊川哲也(くまかわ・てつや)さんの「ボレロ」もごいっしょしたし、今から6年ほど前、渋谷ヒカリエでの、パリ・オペラ座のトップダンサーたちがワーグナー「トリスタンとイゾルデ」他で踊るという「ル・グラン・ガラ」もごいっしょしました。わたしの国内でのバレエ体験はすべて恩田さんといっしょです。それなのに、この作品の原稿をいただけなかったのは、やはり、わたしにとっては、バレエがきわめて抽象度の高い芸術に感じられて、それゆえにピンとこず、反応が鈍かったからだと思っています。そもそも疎(うと)いなんてレベルじゃなく、完全なる無知なので原稿をいただこうっていう魂胆自体がおこがましいのですが(笑)。バレエ音楽は好きなんですけどね、チャイコフスキーもプロコフィエフもストラヴィンスキーもラヴェルも。

恩田 いやいや、当時はまだバレエを描こうなんて漠然とした野望すらなかったですから(笑)。

純粋に才能というものについて書きたかった

──さて思い出話と反省は措(お)いて、作品についてお訊(たず)ねします。主人公・萬春(よろずはる)は、努力型ではまったくなく、生まれながらの圧倒的天才です。天才すぎて他人があまり嫉妬すらしない存在。そういう意味で、「少年マガジン」的というよりは「少年ジャンプ」的主人公だと思います。少女マンガで、バレエものやバレリーナものは定番ですが、これを少年・男性版で試みたところに、過去の数多ある傑作バレエマンガへのオマージュとその変奏を感じました。

恩田 そうですね。バレエマンガといえば、私はとにかく山岸凉子(やまぎしりようこ)先生の『アラベスク』(1971~1973、1974~1975連載)が強烈に印象に残っているので。他のバレエマンガと違って、『アラベスク』はダンサーとクリエイターの「霊感」について語っていたのが、今読んでもすごいと思います。しかも、あれを描いた時、山岸先生はまだ20代だったはず。

──「アラベスク」というタイトルの作中作、オリジナルバレエが出てくるそうですね。

恩田 これまで描かれてきたバレエマンガには敬意を持っています。同時に、どうしてもかつての少女マンガのバレエというと、ライバルのトウシューズに画鋲入れる、みたいな(笑)ドロドロのイメージがあったので、男性ダンサーにしてみました。

 これ、『蜜蜂と遠雷』でも言いましたよね? 鍵盤にカミソリ仕込むとか、壮絶な生い立ちが演奏に影響している、みたいなのはやめよう、純粋に才能というものについて書こうって(笑)。

──そうでした、そうでした。鍵盤にカミソリを仕込むライバル同士の話のほうが、よほど書きやすかったでしょうね(笑)。でも、そっちもちょっと読んでみたかったけど(笑)。

恩田 そういうのは他の方にお任せします(笑)。

──『spring』では、バレエだけでなく、音楽・小説・映画etc.……とお好きなもの(実在する人や作品の固有名詞)を徹頭徹尾、作品にちりばめてますね。

恩田 はい、それはもう(笑)。私の趣味全開。私の妄想舞台作品を小説内で演出できたのは唯一楽しかったです。

──ケイト・ブッシュ「嵐が丘」まで出てきました。この歌はロックで、ドラマティックだから、踊るのにとってもいい曲だと思います(笑)。

恩田 私も「踊れる」と思うんですけどね。誰かにやってほしいです。

恩田陸『spring』

「俺は世界を戦慄せしめているか?」
自らの名に無数の季節を抱く無二の舞踊家にして振付家の萬春(よろず・はる)。
少年は八歳でバレエに出会い、十五歳で海を渡った。
同時代に巡り合う、踊る者 作る者 見る者 奏でる者――それぞれの情熱がぶつかりあい、交錯する中で彼の肖像が浮かび上がっていく。
彼は求める。舞台の神を。憎しみと錯覚するほどに。
一人の天才をめぐる傑作長編小説。

関連書籍

恩田陸『蜜蜂と遠雷(上)』

近年その覇者が音楽界の寵児となる芳ヶ江国際ピアノコンクール。自宅に楽器を持たない少年・風間塵16歳。かつて天才少女としてデビューしながら突然の母の死以来、弾けなくなった栄伝亜夜20歳。楽器店勤務のサラリーマン・高島明石28歳。完璧な技術と音楽性の優勝候補マサル19歳。天才たちによる、競争という名の自らとの闘い。その火蓋が切られた。

恩田陸『蜜蜂と遠雷(下)』

2次予選での課題曲「春と修羅」。この現代曲をどう弾くかが3次予選に進めるか否かの分かれ道だった。マサルの演奏は素晴らしかった。が、明石は自分の「春と修羅」に自信を持ち、勝算を感じていた……。12人が残る3次(リサイタル形式)、6人しか選ばれない本選(オーケストラとの協奏曲)に勝ち進むのは誰か。そして優勝を手にするのは――。

恩田陸『祝祭と予感』

コンクール入賞者ツアーのはざま、亜夜とマサルとなぜか塵が二人の恩師・綿貫先生の墓参りをする「祝祭と掃苔」。菱沼が課題曲「春と修羅」を作曲するきっかけとなった忘れ得ぬ教え子への追憶「袈裟と鞦韆」。幼い塵と巨匠ホフマンの永遠のような出会い「伝説と予感」ほか全6編。最終ページから読む特別オマケ音楽エッセイ集「響きと灯り」付き。

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恩田陸氏インタビュー

ひとことで言って、出てくる登場人物が全員、本当に全員、魅力的な最新刊『spring』(筑摩書房)。この小説の主人公が、天才男性ダンサーにして振付家でもある萬春(よろず・はる)だ。彼を少年時代から描いたバレエ小説が大好評の恩田陸さん。「『蜜蜂と遠雷』を書かなければ『spring』は生まれなかった」とも語る著者に、執筆の経緯や両作品の関係性、作品そのものについて、そして創作論まで、『蜜蜂と遠雷』の担当編集者が訊(き)いた。

撮影/砂金有美

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恩田陸

1964年生まれ。宮城県出身。92年『六番目の小夜子』で作家デビュー。2005年『夜のピクニック』で吉川英治文学新人賞および本屋大賞を、06年『ユージニア』で日本推理作家協会賞を、07年『中庭の出来事』で山本周五郎賞を、17年『蜜蜂と遠雷』で直木三十五賞と2度目の本屋大賞を受賞した。

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