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ジャイロモノレール

2024.03.07 公開 ツイート

ジャイロモノレールとは? 100年以上前の失われた技術 森博嗣

100年以上まえに開発・実用化されたものの歴史の波間に葬られた鉄道、「ジャイロモノレール」。長く忘れ去られ再現不可能とされていたその技術を、実験と試作機の製作を繰り返し完成させたのが工学者で作家の森博嗣さん。工学の考古学というべき手順で幻の機械技術を完全復元した、世界初のジャイロモノレールの概説書『ジャイロモノレール』より、まえがきの一部を抜粋してご紹介します。

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現在主流のモノレールは「跨座式」と「懸垂式」

ところで、モノレールは1本のレールなのに、どうやって左右の安定を実現しているのだろうか。実際に、モノレールは各地で走っているので、ご存じの方も多いはず。これには、大きく分けると2種類の方法がある。

1つの方法は、1本のレールを大きくて頑丈な構造にして、車両がそれにまたがるように乗る方法である(「式」という)。ディズニーランドのモノレールなどがこの形式だ。

沖縄の「ゆいレール」

この場合、車両が、1本のレールにかぶさるようにはまり込み、左右両側から挟むような形になる。車輪は、レールの上に1つ、そしてレールの左右からもそれぞれ1つずつ押し当てる。これで安定する。左右から当てる車輪は、補助的なものであり、車重を支えて駆動するのは、レールの上の車輪だけである。このため、左右差動の問題は生じない。

もう1つの方法は、1本のレールを車両の上に通し、これにぶら下がって走る形式である(「けんすい式」という)。

千葉モノレール

この場合、レールの支点より、車両の重心がぐんと下になるため、重力によって安定を得ることができ、前記の跨がるタイプのような補助輪は必要ない。カーブで遠心力が作用すれば、車両はカーブの外側に振られ、結果的にカーブの内側へ傾くので、車内の乗客が感じる遠心力は緩和される。

この2種類のモノレールは、実際に世界中で作られた。本来、高速鉄道を目指していたモノレールだったのだが、残念ながら、目立って高速のものは実現していない。原因は、構造的に複雑になるためであり、特に、線路の構造が大掛かりになるので、建設費が高くなる、という欠点がある。

 

普通の鉄道の線路は、枕木に2本のレールを固定したもので、地面にただ置いてあるだけである(新幹線のように固定されている例外もある)。ずれないようにバラストという砂利が敷かれている。駅などで観察できるので、一度じっくりと観察してみよう。枕木は、地面に固定されていない。この工事の手軽さが、鉄道が世界中に延びていった要因の1つである。

モノレールならば、レールが1本になるからもっと簡単になるのかというと、前述のいずれの方法もまったく逆で、大掛かりな構造物を作らなければならない(ネットで検索して、モノレールの写真を確かめてもらいたい。どれも非常に大規模な線路が必要であることが理解できるだろう)。これでは、アトラクション的な意味合いで客を呼ぶことはできるかもしれないが、実用的な鉄道では主流とはなりえないだろう。

ジャイロモノレールとは? 

さて、ジャイロモノレールというのは、この2形式のいずれにも属さないモノレールとして登場した。その最大のメリットは、普通の鉄道と同じ構造の線路を使うことができる点にある。もちろん、モノレールなので、使うのは1本だけ、つまり片側だけで良い。

鉄道の線路というのは、2本のレールどうしの距離(ゲージという)がほぼ統一されているものの、それでも各種存在する。国によって違うし、また鉄道の規模によっても異なる。さらにそれに応じて、カーブや分岐などの規格も異なっている。

カーブや分岐のある線路の写真

ジャイロモノレールは、既存の鉄道線路の片側だけを使って走ることができる。ゲージには無関係だし、カーブの緩急にも無関係である。

もし、ジャイロモノレール専用の線路を建設する場合には、枕木を適当に並べ、そこにレールを1本固定するだけで良い。それどころか、適当な太さのパイプを置いておくだけでも良い。さらには、橋を架ける必要もなく、1本の鉄の棒を渡すだけで充分である。小型であればワイヤでも良く、綱渡りをしてギャップを越えていくことができる。

つまり、普通のモノレールはおろか、一般の鉄道の建設費まで大幅に削減できる技術といえる。一方で、ジャイロモノレールは、車両に費用がかかる。エネルギィ的にも経費が増す。それでも、建設費や工事期間を短縮できるメリットは大きいのではないか、と当時は考えられていた。極端な例だが、普通の鉄道を建設するために、まず1本だけパイプをつなげる。この上をジャイロモノレールが走れば、工事資材を運ぶことができる。そういった、簡易で仮設的な鉄道として利用されるとの期待もあった。

 

ジャイロモノレールが開発されたのは、20世紀の初め(1900~1910年頃)で、今から100年以上もまえのことである。イギリスで特許が取得され、模型によるデモンストレーションを行ったあと、資金提供を受けて、実機が2両製作された。これは、30人の乗客を乗せることができるサイズのもので、博覧会の会場でも運行し、一時人気を集めた。

同時期に、ドイツでも少し小型の4人乗りの車両が開発されている。しかし、その後の大戦のため、この未来の鉄道技術は封印されてしまった。その後に起こったモータリゼーションの波に乗り、自動車に同技術を応用したもの(ジャイロカー)も登場したものの、道路を走るのであればジャイロでなくても、普通のオートバイで充分なので、存在価値は初めから低かったといえる。アメリカで数十年遅れて、ジャイロモノレールが作られ、やはり自動車に応用した製品が発表されたこともあるが、既存の鉄道、あるいは自動車の牙城に迫るようなことはなかった。

失われた技術

こうして、ジャイロモノレールの技術は、長年顧みられることもなく、すっかり忘れ去られた技術となった。そういったものが存在したことを、既に誰も知らないし、また、古い文献でそれらの情報を見つけても、当時よく描かれた「未来技術の空想」の類だろうと解釈された。筆者が、この研究を始めた頃、インターネットのジャイロモノレールについて記述したものの中には、単なる「トリック」であった、と決めつけていたものさえあった。つまり、物理的に実現することはできない。博覧会での展示は、なんらかの仕掛けがあって、観客を驚かすマジックのパフォーマンスだったのだ、という解釈である。

ジャイロモノレールの実機は廃棄されて残っていない。また、模型は残されているものの、稼働しない。実際に動く証拠がない状態だった。ネットで調べても、この技術を再現しようとした人は幾らか見つかったものの、成功した人は1人もいなかった。

 

ところで、「ジャイロ」については、以前からよく知っていた。これは、地球独楽ごまというおもちゃと同じで、フレームの中で回転する重量物を持つ装置である。

地球独楽

回転する物体は、傾けようとする力に対して、一見不思議な挙動をていする。これを「ジャイロ効果」といい、この性質を利用して、航空機の姿勢制御に利用されているのが、「ジャイロスコープ」である。また、身近なところでは、自転車が倒れずに走れるのも、このジャイロ効果によるものだ。

よく、「独楽はどうして倒れないのか?」という疑問に対して、「回転しているから」と答える人がいる。また、「自転車は何故倒れないのか?」に対しても、「走っているからだ」と答える。大人は子供にたいていそう返事をするようだ。しかし、これは間違っている。回転していても、走っていても、倒れるものは倒れる。「回転物」というだけで倒れないわけではない

一般に多くの人は、このように言葉だけの「理由」を科学だと思っている。それは科学ではなく、言葉信仰みたいなもので、一種のオカルトといえる。本当の理由が知りたい科学少年(筆者は子供のときそうだった)には、大人の返答がオカルトに聞こえるのである。ジャイロ効果と、独楽が倒れない理由については、のちほど詳しく書こう。

研究のきっかけ

筆者は、大学の工学部建築学科の教官だった。専門は、流体力学である。普段は、材料力学などの講義を受け持っていたけれど、大学の教養部が解体された頃に、数学の講義を(しかも他学科で)任されることになり、一所懸命勉強し直して、講義に臨んだ。ベクトル、テンソル、内積・外積などを教えていた。このときにも、回転物の原理が、数学的に説明する好ましい例題となった。退職後のジャイロモノレールの研究で、このときの数学が役に立つことになろうとは、想像もしなかった。数学なんて、何の役に立つのか、といった議論はときどき各所で噴出するところだが、数学ほど人間を助けるものはない、というのが筆者の印象である。

さて、2006年頃だったと思う。模型分野で著名ないのうえてる氏から相談を受けた。氏は、筆者より30歳も先輩で、筆者が子供の頃に読んでいた『模型とラジオ』『子供の科学』などに模型の製作記事を執筆されていた、いわば模型界のカリスマ、師匠的存在である。

井上氏は、模型の歴史を調べ、古い模型を再現するプロジェクトに長年取り組んでこられた。日本に初めて持ち込まれた蒸気機関車(実機ではなく模型だった)を再現されたりしている。

その井上氏が目をつけたのが、ジャイロモノレールだった。アメリカの少し古いサイエンス雑誌などに記事があった。イギリスで開発された技術であり、博覧会に展示された。その博覧会は、偶然にも日英博覧会だったらしく、日本の新聞にも大きく取り上げられたという。そこに、未来の技術として華々しく紹介されていたのが、ジャイロモノレールだったのだ。

 

井上氏は、理論はとにかく、まずは作ってみよう、という方である。車両の中で大きな独楽(ジャイロ)を回せば、1本のレールの上を走ることができるだろう、と考えて試作品を作られた(この現物を見せてもらったのだが、非常に立派な金属製の模型だった)。しかし、どうも思ったとおりにいかない。そこで、工学の研究者だった森博嗣なら解決できるのではないか、と相談を持ち込まれたのである。

そのとき、筆者は、感覚的に「これは無理だろう」と思った。ジャイロ効果なら知っている。しかし、ジャイロ効果で車両を自立させることは不可能である、と考えた。だから、井上氏には、「無理だと思います」と答えた。井上氏のその模型は、結局そのままとなった。

頭に残っていたことは事実で、ときどき思い出してはいた。関連する資料にも、ときどき当たった。それでも、まだ自分では信じていない。そういう期間が数年あった。

しかし、あるとき(たぶん暇になったからだろうが)、ちょっと調べ直してみようか、と思い立った。

技術の復元

ネットでは世界中の文献を調べることができる。便利な時代になったものである。まずは、イギリスのBrennanという人物が作った模型を見にいった。ヨークの国立鉄道博物館にある。当時の写真も数枚残っている。また、特許を取得しているので、その図面も入手することができた。一部だが、運動方程式から導いた原理の数式もあった。これらを展開してみると、どこにも「トリック」はない。

Harmsworth Popular Science (c.1913, Vol.3, p.1684): ルイス・ブレナンと彼の発明品

こうして、理論的な方面からトレースした結果、「これは可能なのではないか」という確信を持った。「トリック」だと疑われているし、今まで誰も再現できていない。しかし、少なくとも理屈は正しい。

ここが、筆者の研究の出発点である。2009年のことだった。井上氏も、あるいは世界の多くの挑戦者たちも、「もしかしたらトリックかもしれない」という疑いを持っていたはずである。模型で実験をして上手くいかないと、「やっぱり不可能なのか」とそこで諦めてしまった。信じるものがなかったからである。

しかし、理屈というのは、「やる気」や「信念」よりも強固だ。理屈が正しいものは、必ず実現するはず、と考えるのが、すなわち「科学」である。もし、できないとしたら、確固としたできない理由がなければならない。その理由があるなら、そこを改善する努力によって成功が近づく。

その後、毎日、実験をした。試作品を作り、測定をし、また作り直した。そして、半年後、2009年の12月末に、ついに、模型で自立に成功したのである。

*   *   *

ジャイロモノレールについてもっと知りたい方は幻冬舎新書『ジャイロモノレール』をご覧ください。

関連書籍

森博嗣『ジャイロモノレール』

ジャイロとはフレームの中で高速回転する重量物を持つ装置(地球独楽を思い浮かべてほしい)。モノレールとはレール1本の鉄道。ジャイロモノレールは「力を受けたときに回転方向に90度ずれた位置で変位する」というジャイロ効果を姿勢制御に利用した鉄道車両で、100年以上まえに開発・実用化されたが、その技術は長く忘れ去られ再現不可能とされていた。著者は実験と試作機の製作を繰り返し、ついにこれを完成させる。工学の考古学というべき手順で幻の機械技術を完全復元した、世界初のジャイロモノレールの概説書。

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ジャイロモノレール

100年以上まえに開発・実用化されたものの歴史の波間に葬られた鉄道、「ジャイロモノレール」。長く忘れ去られ再現不可能とされていたその技術を、実験と試作機の製作を繰り返し完成させたのが工学者で作家の森博嗣さん。工学の考古学というべき手順で幻の機械技術を完全復元した、世界初のジャイロモノレールの概説書『ジャイロモノレール』より、その技術の一部を抜粋してご紹介します。

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森博嗣

一九五七年、愛知県生まれ。作家、工学博士。国立N大学工学部建築学科で研究する傍ら九六年に『すべてがFになる』で第一回メフィスト賞を受賞し、作家デビュー。以後、次々と作品を発表、人気作家として不動の地位を築く。おもな新書判エッセィに『自由をつくる 自在に生きる』『創るセンス 工作の思考』『小説家という職業』『自分探しと楽しさについて』(すべて集英社新書)、『大学の話をしましょうか』『ミニチュア庭園鉄道』(ともに中公新書ラクレ)、『科学的とはどういう意味か』『孤独の価値』『作家の収支』『ジャイロモノレール』『悲観する力』(すべて幻冬舎新書)などがある。

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