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破れ星、燃えた

2023.08.30 公開 ツイート

萩原健一 - ショーケンと出会い「前略おふくろ様」を作ることができた。 倉本聰

ニッポン放送から独立した「倉本聰」は、「速く! 安く! うまく」を武器に、テレビ界・映画界に乗り込んだ。抱腹絶倒、波乱万丈、そして泣ける、痛快無比な倉本聰さんの自伝『破れ星、燃えた』より、様々な俳優・女優・文化人との交流のエピソードをお届けします。

大河ドラマ「勝海舟」に端を発したNHKとのトラブルに倦んで北海道へ行った倉本聰。破れかぶれなテレビへの怨念をドラマ「6羽のかもめ」にぶつけ、干される覚悟でいたが、ショーケンと出会い「前略おふくろ様」を作ることになる。

*   *   *

捨てる神がいれば拾う神もある。

「6羽のかもめ」で終わりかと思ったら、ここで一人の拾う神が現われた。

ショーケン、萩原健一である。

ショーケンは当時「傷だらけの天使」で最も人気のある若手スターだった。

そのショーケンが日本テレビに新番組を頼まれたとき、僕が書くならと条件をつけてくれたのだ。

この時代テレビは視聴率を取れる人気タレントを掴むことが何より一番と考えていた。

人気タレントの出す条件には無条件にそれに応じたものだ。局は僕という危い作家を使うことには警戒心を抱いていた。だが人気スターがそれを望むなら一も二もなく応ぜざるを得なかった。だからその頃の僕の仕事は、テレビ局から注文されるよりスター自身から頼まれるものの方が多かった。高倉健さんの「あにき」(TBS)然り。石原プロの「大都会─闘いの日々」(日テレ)然り。NHKとケンカしたことは、まだ歴然と尾を引いていた。

その頃僕はスターのキャスティングの位置について一つの考えを持ち始めていた。

映画にしてもテレビにしてもスターの役廻りは常にヒーローであり、出演者の中で絶対的立場にあり、誰よりも強く誰にも負けない。即ち役として絶対的な位置にいる。

高倉健さんの任侠物の立ち位置だけが他のヒーローと少しちがっていた。 健さんの役には必ず役の上で彼より上位の者、即ち頭の上がらない者がいて、その人物を尊敬すること、その人に忠節を尽し切ることで彼のキャラクターを光らせていた。

このことは実は重要なことではないか。

人はトップに位置することより、頭の上がらない者を持つことの方がそのキャラクターを光らせるのではないか。

そういう考えをショーケンに話した。

ショーケンはそのことをすぐ理解した。

そこでショーケンを下っぱに位置させ、頭の上がらない人間をその上にいっぱい配することにした。

「前略おふくろ様」

下町深川の板前の話である。しかもまだ下っぱ。板長に梅宮辰夫きたを配し、先輩の板前に小松政夫、料亭の若女将に丘みつ子、更にその上の大女将に北林谷栄、恐ろしい鳶の小頭に室田日出男、更にその下に川谷拓三、長髪だった髪をばっさり切らせ山形から出てきたての修業中の板前の役をショーケンに当てて書き下ろしたら、この目論見がぴったりとはまった。

「前略おふくろ様」では永く決めていた日活時代からの一つの掟破りをした。禁じ手と云われていたナレーションを思う存分使ったのである。実はこれにはその少し前に観た山田太一さんの「それぞれの秋」、その中に出てくる小倉一郎のナレーションに刺激されたところがあった。それと。

その頃付き合いを始めさせていただいた、高倉健さんの言葉の少なさに、かなりの衝撃を受けたこともある。

健さんは極端に無口な人である。五分や十分会話に「間」が出来ても、実に悠然としゃべらない。その間に何か考えているのか。それとも何も考えてないのか、そこのところが全く判らない。

おび 山形の田舎から東京に出てきて、ズーズー弁にコンプレックスを持つ一人の青年が、怖えの余り言葉少なになり、しかし実際には心の中にしゃべりたいことが山程ある。その心の中の秘かな言葉をナレーションとしてボソボソしゃべらせたら、面白い効果が出るのではあるまいか。そう思って訥々たるナレーションを多用した。その会話体には、かつてニッポン放送時代にアシスタントとしてついたことのある山下清の「裸の大将」。あの山下画伯の少しつっかえ気味な訥々たる口調を盗ませていただいた。

これは面白い効果を醸し出した。この成功に味を占めて、僕は後年「北の国から」で同じ手法を使うことになる。「前略おふくろ様」は実を云うと、ショーケンが唄ったが埋もれていた「前略おふくろ」という一つの歌を元にしている。

くにに残して来て手紙も書いていない老いたおふくろに対して呟く、田舎出の少年の悔恨の歌である。

この歌を聞いて久しぶりにおふくろのことを思い出した。

思えばおふくろの死んだ直後、激情にまかせて一気に書いた「りんりんと」という一つの鎮魂歌。あの作品はそれなりに心の“たけ”を書いたものだったがテレビとしては些か暗すぎた。大衆の娯楽であるテレビというものはもっと明るいものであるべきだった。

そういう反省を心にこめて、もう一度だけおふくろを書こうと思った。

おふくろが死んだ時トランクの底にひっそり眠っていたおやじのラブレター。それを見た衝撃と殴られたような感覚。おふくろにも昔若くピチピチした青春時代があったのだという発見。

前略おふくろ様、オレは、あなたの青春を知りません。

「前略おふくろ様」は成功し、いくつかの賞をいただいた。

この作品のおふくろ役を、僕は再び田中絹代さんにお願いした。絹代さんは快く引き受けて下すった。絹代さんとの関係は次第に母と子のようなつながりになっていた。

「前略」は倖い好評でパートII の制作もたちまち決まった。今度の作品には八千草薫さんが出て下さった。絹代さんはかなり体が弱ってこられていて、ナレーションだけの出演に決まった。

この頃僕には父親代わりとも云うべき、一人の大切な心の師が出来た。

その人にある日こんこんと諭された。

お前はすぐ図にのって天狗になってしまう欠点がある。これからは常に自分の絶対頭の上がらない人を三人持ちなさい。自分がたとえ黒と思ってもその人が白と云えば白だと信じ切ることのできるような人を。

この教えは強烈に心に響いた。

その通りだと強く思った。

若くしておやじを失った僕は、以後その言葉を座右の銘にしている。

今、八十歳をとうに通過して、尊敬する三人はどんどんあの世へ行くが、すると空いた席にもう一人を迎える。今や三人のうちの二人は、僕より年齢が若くなっている。

関連書籍

倉本聰『破れ星、燃えた』

今でも、黒板五郎の幻影を見かけることがある。 テレビも映画も元気な過剰で過激なあの時代を、苛烈に駆け抜けた。 そして、今、思うことは――。 抱腹絶倒、波瀾万丈、そして泣ける。どこまでも人間臭い漢の、痛快無比な自伝。

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