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月が綺麗ですね 綾の倫敦日記

2023.02.03 更新 ツイート

日本の喫茶店に飢えていた私がロンドンで見つけた奇跡の店 鈴木綾

(写真:iStock.com/kuri2000)

履歴書の趣味・特技欄に「喫茶店巡り」を記載してるぐらい私は喫茶店愛好家だ。日本に住んでいた時、東京の近所や出張先で新しい喫茶店の開拓に力を尽くした。喫茶店で恋をしたり、喧嘩したり、自分と向き合ったりした。

 

喫茶店が好きだった一番大きな理由は、日本文化を心地よく感じたことと同じ。日本社会の中の「世界」――カクテルバー、御朱印帳、コスプレ文化などなど――には必ず「決まり=お約束」がある。まず「決まり」の秘密を解いて、それから中にあるバリエーションを堪能する。それがたまらなく楽しい。

喫茶店の「決まり」は簡単。昔からの、昔ながらのメニューがあること。自分がその昔の時間を生きていないにもかかわらず懐かしく感じられる雰囲気があって、コーヒーは一杯ずつ丁寧に淹れられている。個人経営でお客さんに若い世代の人があまりいない。

喫茶店にはいろんな面白い個性のバリエーションがある。「横文字の女性の名前シリーズ」「名曲シリーズ」「看板猫が推しシリーズ」「子供のお客さんほとんどいないのにクリームソーダが推しシリーズ」などなど。

残念ながら、日本以外の国では日本の喫茶店に匹敵するお店に出会ってない。ロンドンに引っ越した時、それがとても寂しかった。

チェーン店以外のロンドンの「コーヒーが出るお店」はみんなモダンで、「私たちはコーヒーの本質を知ってるぞー」みたいな若干カッコつけてるカフェが大多数。コーヒーじゃなくて、いわゆる「エスプレッソベースの飲み物」を推しにしているところも多い。私は単なる「ブレンド」が欲しいのに。

しかし、私が寂しがっていたのは喫茶店のコーヒーと雰囲気だけではない。喫茶店フード、特にモーニングとホットサンドが食べたかった。読者はみんな食べたことがあるだろうからあまり説明しないが、あの厚切りパンの家庭で作られたような感じ、得してるような気持ち……一生喫茶店フードを食べても飽きないと思う。

ロンドンでちゃんとした朝ご飯を提供しているカフェもあるけど、アボカドトーストはモーニングではない!(笑)

ロンドンに引っ越してから4年が経ち、喫茶店に似てるお店を見つけるのを諦めてたら、この間奇跡のお店に出会った。

オフィスの真向かいにしょぼいカフェがある。お客さんのほとんどが工事現場の人たちで、どうせ食事は肉体労働をしている人のお腹を満たす高カロリーなチップス(ポテトフライ)とバーガーだと勝手に思い込んでいた

この間、出張から戻ってきた当日、お弁当がなくて外で何かを買う時間もなかったのでこのカフェに入った。予想通り、お客さんのほとんどは建設業の人たち。タイル張りの床と金属の椅子は「おしゃれ」とは真反対。

それでも、店頭のショーケースに庶民的なサンドイッチが並んでいた。私はイタリアのパンにプロシュートとチーズとレタスを載せたサンドイッチを指差した。

「これをください」

真剣な顔をした店員のおじさんがさっとサンドイッチを出してパニーニメーカーにいれてから出してくれた。丁寧に焼かれたほかほかでジュワーっと溶け出てるチーズが絶品だった。値段はなんと£5だけ。喫茶店で買っていたホットサンドと一緒!

私はお弁当を持っていくことが多いけど、それから週一でそのカフェでパニーニを買っている。この間イギリス人の同僚を連れていったら彼女がこのカフェの謎に光を当ててくれた。

「ここは典型的なItalian Caffだね!昔からロンドンによくあるやつ」

こういうカテゴリーのお店があったんだ!早速色々調べてみた。

Caffはカフェの略で、イギリス英語で庶民的で簡単な食事がお買い得で食べられるお店を示す。普段Caffで出る食事はイングリッシュ・ブレックファスト、エッグ、サンドイッチとソーセージ。お酒は基本提供されず、メインな飲み物はコーヒーじゃなくて紅茶。油っぽい食事がメインだから「greasy spoon」(油が乗ったスプーン)というふうにも呼ばれている。

ネットによると、イタリア人移民やイタリア人移民2世、3世が経営しているCaffのカテゴリの一つだ。定番のイギリス料理の他にちょっとしたイタリアン風の食べ物もある。例えば、パニーニ。

ロンドンのItalian Caffは、私の喫茶店愛を全部満足させてくれるわけではないけど、近いところはある。喫茶店フードと同じように、こういうお店は割と安く空腹を満たすことができる。提供される料理はある意味、時間が止まっている。今時の「健康志向」や「グルテーンフリー」のような「食べ物の流行り」に左右されない。昔のままである。

お店自体も現在と違う「時間軸」で動いている。お客さんもお店の人も別に焦っていない。喫茶店がサラリーマンにとって癒しの場になっていると同じく、Caffは一所懸命働いている人たちにとって大事な憩いの場。常連のお客さんはスタッフとおしゃべりする。私はべつに常連とは言えないけど、1月の頭に行った時、「クリスマスは何してましたか。楽しく過ごせましたか」とスタッフに聞かれた。ここは単なるカフェじゃなくて、コミュニティだ。

一方で、現代風のカフェには歴史もコミュニティもない。未来しか見てない。

「選択肢」で溢れているこの世の中で、ロンドンのItalian Caffと日本の喫茶店は選択肢を限ることで人々に安心感を与えている。スターバックスのようなカフェはお客さんを喜ばせるために選択肢を無限に増やしている。でも、私は若干無愛想なおじさんから「ごめん、それはできない」「メニューにこれしかない」と言われてお店側に合わせるのが逆に好き。

だって、私は一瞬だけの「訪問者」。彼らの世界はこのあともずっとずっと続く。

*   *   *

鈴木綾さんのはじめての本『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』もぜひご覧ください。

関連書籍

鈴木綾『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』

フェミニズムの生まれた国でも、若い女は便利屋扱いされるんだよ! 思い切り仕事ができる環境と、理解のあるパートナーは、どこで見つかるの? 孤高の街ロンドンをサバイブする30代独身女性のリアルライフ

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月が綺麗ですね 綾の倫敦日記

イギリスに住む30代女性が向き合う社会の矛盾と現実。そして幸福について。

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鈴木綾

1988年生まれ。6年間東京で外資企業に勤務し、MBAを取得。ロンドンの投資会社勤務を経て、現在はロンドンのスタートアップ企業に勤務。2017〜2018年までハフポスト・ジャパンに「これでいいの20代」を連載。日常生活の中で感じている幸せ、悩みや違和感について日々エッセイを執筆。日本語で書いているけど、日本人ではない。

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