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「超」古代文明の謎

2023.01.14 更新 ツイート

第12回

ギリシア神話、トロイア戦争の「木馬の計」とは「大地震」のことだった!? 島崎晋

謎とロマンにあふれている古代文明。あの建造物や不思議な絵などは、いつ、誰の手で、何のためにつくられたのか……? 世界中に残る謎に満ちた遺跡や神秘的なスポットについて解説。今回は「トロイの木馬の謎」の謎をお送りします。

神話をもとに復製された「トロイの木馬」。トロイ遺跡の入口に置かれている(写真:iStock.com/BVDC)
 

*   *   *

ギリシア神話はなぜ人気漫画によく使われるのか?

日本神話の神々よりもギリシア神話の神々のほうが耳慣れている。おそらく50代以下の世代はそうだろう。

車田正美の人気漫画『聖闘士星矢』もギリシア神話をモチーフとし、過去作の『リングにかけろ』にも「ギリシア十二神」という敵キャラが登場。宮下あきらの代表作『魁!!男塾』にもやはり「淤凛葡繻十六闘神(オリンポスじゅうろくとうしん)というギリシア神話をモチーフにした敵キャラが登場する。

雷神で最高神でもあるゼウスは好色な浮気者、戦いの女神アテナは美を誇りながら処女を貫くなど、イメージの定着したキャラは十数を数える。

サブキャラや敵キャラの名前と個性を一から創作するのは大変だが、ギリシア神話の神々をモチーフにすれば手間が省ける。読者から手抜きと批判される恐れも少ないから、非常に使い勝手がよいのである。

トロイの王子パリスの「願い」が大戦争勃発のきっかけに!

ギリシア神話には戦争の話がいくつも出てくる。

神々の世代間の戦争もあれば、ゼウスをはじめとするオリンポスの神々と巨大怪物との戦いもある。そして、人間同士の戦いのなかで最大規模のものが、ギリシア連合軍と植民市トロイ間で展開されたトロイア戦争である。

話は海の女神テティスの結婚祝いの宴に始まる。諍いの女神エリスが自分だけ招待されなかったことを怨み、不和を仕掛けた。

「一番美しい女神へ」というメッセージを添え、一個のリンゴを宴の会場に投じたのである。

ゼウスの正妻ヘラとアテネ、美と愛欲の女神アフロディテが互いに譲らないため、第三者に判断を委ねることにした。選ばれたのはトロイの第二王子パリスだった。

三女神はパリスに対し、それぞれ買収を仕掛ける。ヘラは世界の支配権、アテナは戦勝の栄誉、アフロディテは世界一の美女を提示。パリスはアフロディテに栄冠を与えた。

けれども、世界一の美女がスパルタの王妃ヘレナだったことから、パリスの大願成就は大ごとへと発展する。

アフロディテの力を借りてヘレナを奪い、トロイまで連れ帰ることはできたが、スパルタ王メネラオスの実兄、ミュケナイ王アガメムノンの呼びかけで、ヘレナ奪回を旗印とするギリシア同盟軍を組織され、ギリシア世界を二分する大戦争が勃発することとなった。

ギリシア兵を描いた壺(アテネの国立考古学博物館所蔵)

トロイの発見に情熱を注いだシュリーマン

トロイは小アジアの北西岸に築かれたギリシア人の植民市。10年に及ぶギリシア同盟軍とトロイの戦争(トロイア戦争)は、「アキレウスと王子ヘクトルの一騎打ち」など数々の名シーンに彩られるが、最終的にはギリシア同盟軍の知将オデュッセウスによって考え出された作戦「木馬の計」が決定打となり、トロイの滅亡に終わる。

「木馬の計」とは、ホメロスの叙事詩『イーリアス』によれば、「木馬の胴体部分に兵士を潜ませて戦場に放置。トロイ軍は戦利品だと思い、城内に持ち帰る。夜になって木馬から兵が現れ、城門を開け放ち、トロイの陥落となった」という。

ローマ神話ではトロイを落ち延びた残党がイタリア半島に上陸。ローマを築くことになるが、これはまた別の物語である。

敗れたトロイは王宮から何から徹底的に破壊され、いつしか正確な場所さえわからなくなった。

ギリシア神話ではそう語られるが、後世の歴史家はトロイア戦争を神話上の創作と捉え、トロイの実在を否定する声も少なくなかった。

けれども、一人のアマチュアが私財を投じ、トロイの発見に情熱を注いだ。ドイツ出身のハインリヒ・シュリーマンである。

発掘を試みたのはシュリーマンだけではなかった!

シュリーマンは、幼い頃に読んだ『イーリアス』に取りつかれてトロイの発見を志した。

その費用を稼ぐために実業界に身を投じて、多忙の合間に独学で15か国語を修得。一定の財を築いたところで、誰も着手したことのないトロイの発見に乗り出した。

自伝にはそう記されているが、現在では、ほとんど嘘とわかっている。トロイに興味を抱いたのは事業をたたんでからで、トロイア戦争を何らかの歴史的事実の反映と見て、発掘を試みる者は他にも何人かいた。

ただ一つ確かなのは、トロイを掘り当てたのがシュリーマンその人ということ。

少年時の最終学歴はギムナジウム(中学校)中退だったが、事業からの引退後、パリの大学で考古学を学んだ。初めて挑んだ発掘調査はトロイアだったわけで、遺跡の発見は1871年のことである。

1890年まで続けられた調査の結果、トロイの遺跡は9つの層からなることがわかった。

シュリーマンは下から2番目(第2層)をトロイア戦争時期があったと目される前13世紀のもと判断したが、20世紀になっての再調査の結果、前13世紀に該当するのは下から7番目の第7層aで、第2層は前2600~前2250年頃にかけてのものと判明した。帰せずして、トロイの歴史が前3000年頃まで遡れることがわかったのだ。

トロイの遺跡(写真:iStock.com/FSYLN)

「木馬の計」の驚きの伝説

1980年代に改めて実施された調査の結果、トロイの歴史を終わらせたのが外敵の襲来であることもわかり、時期的に見てミュケナイの仕業である可能性が高い。

その際に木馬が使用された証拠はないが、当時のギリシアでは船首に馬の頭を装飾した商船を「馬」と呼び、同時期のクレタ島のクノッソス宮殿で見つかった絵にも、漕ぎ手のいる船と馬の姿が重なるものがある。

またギリシア側に加担したと伝えられる海神ポセイドンは大地の神、地震の神、馬の神でもあることから、難攻不落だったトロイ攻防戦の最中に地震が発生。それはおそらくトロイの城壁が崩れるほどの「大地震」だったのではないだろうか。

トロイの強固な城壁を打ち破ることができなかったミュケナイ軍にとっては、驚天動地の出来事だったに違いない。

その「大地震」をミュケナイ軍は、ポセイドンによる加勢と信じた。古代ギリシアの詩人たちがトロイ陥落をドラマチックに再構成するなかで、「木馬の計」を創作したとも考えられる。

トロイの木馬(写真:iStock.com/uskarp)

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島崎晋

1963年東京生まれ。立教大学文学部史学科卒業。旅行代理店勤務、出版社で歴史雑誌の編集を経て、現在は歴史作家として活躍中。主な著書に『ロシアの歴史 この大国は何を望んでいるのか?』(実業之日本社)、『いっきにわかる! 世界史のミカタ』(辰巳出版)、『鎌倉殿と呪術 怨霊と怪異の幕府成立史』(ワニブックス)、『人類は「パンデミック」をどう生き延びたか』(青春出版社)などがある。

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