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オーシティ 負け犬探偵羽田誠の憂鬱

2022.11.01 公開 ポスト

7話 着物がはだけ、黒い下着とガーターベルト。左胸にムカデの刺青のある娼婦。彼女がターゲットだ!木下半太(作家/「劇団ニコルソンズ」主宰)

金と欲望の街「オーシティ」。ギャンブルシティとなった、かつての大阪―ー。泣く子も黙るこの街で、“負け犬探偵”の羽田誠、”死神”と呼ばれる刑事、拷問好きな殺し屋、逃がし屋の少女、命を狙われた娼婦…ワケありの面々が疾走する!

木下半太の『オーシティ』。冒頭を試し読み。

1話から読む

*   *   *

まともな探偵時代はよく涅槃タウンに来た。失踪した若い女は、大抵、この街に紛れ込んでいたからだ。どの売春宿の客引き婆さんも、羽田の顔は知っている。

(写真:iStock.com/a_Taiga)

「おばあちゃん、ちょっといい?」羽田はニッコリと微笑んで近づいた。

「何や」婆さんが、羽田をジロリと睨んだ。小柄な婆さんだ。羽田の半分くらいしかない。顔中皺だらけで右目がほとんど塞(ふさ)がっている。

「小蘭って子がここにいるよね」

婆さんが、値踏みするように羽田の全身を見る。くの字に曲がった腰が今にも折れそうだ。

「そんな子、知らんな。店、間違えとんのちゃうか」

「この店であってるはずなんだけど」

「年のせいか、最近、物忘れがひどいねん」

「これで思い出してくれないかな」羽田は、タキシードのポケットから一万円札を出し、婆さんの鼻先にチラつかせた。

「ああ。小蘭ちゃんね、思い出したわ」婆さんが、カメレオンの舌のような動きで、一万円札を羽田の手から奪い取った。「おるよ」

涅槃タウンで働く人間は、口で丸め込む必要がないから楽だ。

羽田は、婆さんの横をすり抜け、《百足屋》へと入っていった。ライトを浴びて座っている女の子たちが驚いた顔で羽田を見る。

「小蘭ちゃんの部屋はどこ?」

一人の女の子が、階段の上を指す。

呼吸を整え、忍び足で階段を上る。不用意に部屋に近づけば逃げられてしまう。

階段を上りきる。廊下が暗い。淫靡なムードを出すためだろう。廊下の隅にあるロウソクの炎がわずかに揺れている。

襖(ふすま)で仕切られた部屋が、五つあった。女の喘ぎ声と男の呻き声が重なって聞こえてくる。

唐突に、一番奥の部屋の襖が開いた。

着物姿の女が一・五リットルのミネラルウォーターのペットボトルを持ちながら出てきた。着物は前がはだけ、黒い下着とガーターベルトが見えている。左胸の上に、ムカデの刺青があった。

(写真:iStock.com/NORIMA)

おそらくこの女が小蘭だ。探偵のカンだ。探している女は、というか追われている女は、だいたい目を見ればわかる。

女は羽田に気づき、立ち止まった。

「和服にガーターはおかしいだろ。客の趣味か」羽田は女の緊張をほぐそうと、おどけたふうに訊いた。

女は答えることができず、ガタガタと震えだした。なぜ、羽田が自分に会いに来たのか全く理解できないという顔だ。肌を見る限り二十代だろうか。タレ目で唇が厚く、男好きのする顔だ。茶色に染めたショートカットの髪と右目の目尻にあるホクロが、夜の女の色気を醸し出している。

「わたし、なにもしてない」女が、片言の日本語で言った。

「わかってる。俺は警察じゃない。安心しろ。茶谷の友だちだ」

茶谷と聞いて、女が反応した。わずかに、表情から硬さが取れる。間違いない、小蘭だ。「ほんと?」

「ああ、本当だ。アイツから預かってるものがあるだろ」

小蘭が頷く。

「こっちよ」手招きをしながら、一番奥の部屋に入っていった。

よしっ。あっけなく終わりだ。これで、“耳”を愛染に渡せば、絵本探偵に戻れる。

羽田は意気込んで、小蘭の部屋の襖を開けた。

1.5リットルのペットボトルが飛んできて、羽田の眉間に直撃した。目の奥でバチバチと火花が散る。

『ねえ、私って偉いと思わない? あなたにいつかとんでもない災いが降りかかるのをわかってて結婚したのよ』

羽田は別れた妻の言葉を思い出しながら、あおむけにぶっ倒れた。鼻血が宙を舞う。

ほんの数秒、意識を失った。

しまった! 羽田は起き上がり、唖然とした。小蘭が消えている。

廊下に、着物だけが抜け殻のように脱ぎ捨てられていた。

羽田は、階段を駆け下り、《百足屋》を飛び出した。

5

どこだ? どこだ? どこだ?

逃げられたら愛染に金玉を潰されてしまう。全身からいやな汗が噴き出してきた。

クソッ。自分の詰めの甘さに、情けなくて泣きたくなる。

小蘭は下着姿のまま逃げている。表を走っていればかなり目立つはずだ。

(写真:iStock.com/breakermaximus)

斜めうしろから、男たちの歓声が上がった。口笛も聞こえる。

あっちだ! 羽田は、男たちが騒いでいる方向へと走った。

俺は一体、何やってんだ? この街の人間を信じるなんてどうかしてる。まともな探偵をやっていたときなら、こんな初歩的なミスなんてしなかったはずなのに。

後悔しても、もう遅い。今は小蘭を捕らえることに集中しよう。

黒い下着が見えた。桃のような尻がプリプリと揺れている。小蘭が、内股で必死になって男たちの間を駆け抜けていく。まわりの男たちは何かのイベントかと勘違いして、小蘭に熱い声援を送った。

小蘭に近づくにつれ、羽田にも声援が向けられた。

「タキシードの兄ちゃん! もう少しやぞ」「兄ちゃんもタキシード脱がんかい」

どいつもこいつも……。全員、ぶっ飛ばしてやりたい。

小蘭が酒場に逃げ込んだ。《名物 どて焼き》の看板をなぎ倒し、店の入口へと転がり込む。

よりによってあんな場所に……。羽田も倒された看板を飛び越え、酒場に入った。

ホルモンの匂いが鼻につく。ビールケースを積み重ねた上に板を乗せただけのテーブル。床は油でヌルヌルと滑る。男たちが飲んでいる酒も、ビールよりホッピーや焼酎が多い安酒場だ。店の壁にはメニューの他に、ヌードのカレンダーや演歌歌手のポスターが貼ってある。

小蘭が、カウンターの奥にあるドアを開けて入っていくのが見えた。ドアには、《関係者以外お断り》と貼り紙があった。

羽田がドアを開けようとすると、店の主人らしい男が前に立ち塞がった。鼻の下にたくわえた髭といい体型といい、木こりのような男だ。赤ら顔で顔中にひどいソバカスがある。

「残念だな。部外者はこのドアを開けることはできねえんだ」

木こりは太鼓腹を突き出し、羽田を追い返そうとした。羽田よりも身長はかなり低い。

「小蘭に用がある」羽田は肩で息をしながら言った。久しぶりに全力疾走したのだ。

どうしても息が切れてしまう。

「残念だな。小蘭はお前に用はねえ」

どうやら、小蘭はこの店の常連のようだ。

「そこをどいてくれ」羽田は、苛つきを抑えて言った。ようやく、呼吸が整ってくる。

「残念だな。オレはどかねえ」

二人のやりとりを見守っていた客たちが笑い声をあげる。

よく見ると、木こりの腕は筋肉で盛り上がっている。首も太い。肌の色がやけに白く、目も青みがかっている。ロシアの血が入っているのか。小柄だがパワーはありそうだ。実際、腕力でトラブルを解決できなければ、涅槃タウンで酒場の主人は勤まらない。そして、やっかいなことに、このタイプには口先だけの言葉や賄賂は効かない。

クソッタレめ。強行突破しかねえか。

(はたして羽田はどうなる!? ぜひ、続きは本書『オーシティ』でお楽しみください)

(写真:iStock.com/kanzilyou)

関連書籍

木下半太『オーシティ 負け犬探偵 羽田誠の憂鬱』

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オーシティ 負け犬探偵羽田誠の憂鬱

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木下半太 作家/「劇団ニコルソンズ」主宰

1974年大阪府出身。作家。劇団「渋谷ニコルソンズ」主宰。主な著書に『悪夢のエレベーター』『悪夢の観覧車』などの「悪夢」シリーズをはじめ、『アヒルキラー 新米刑事赤羽健吾の絶体絶命』『裏切りのステーキハウス』『極楽プリズン』などもある。『悪夢のドライブ』『サンブンノイチ』『鈴木ごっこ』他、映像化作品も多数。『ロックンロール・ストリップ』の映画化では、自ら監督も務める。『仮面ライダーリバイス』(テレビ朝日系列)の脚本も。

 

 

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