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特集『レッドクローバー』

2022.09.13 更新 ツイート

書評:千街晶之「陰湿な環境でもがき苦しむ女たちの真の姿」 千街晶之/まさきとしか

「ざまぁみろって思ってます」。発売後、大反響のまさきとしかさんの最新刊ミステリ『レッドクローバー』。衝撃的すぎる展開に読む手が止まらない一気読みミステリ! ミステリ評論家・千街晶之さんの書評をお届けします。

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【書評】千街晶之 「陰湿な環境でもがき苦しむ女たちの真の姿」

 

日本犯罪史上、そう滅多に起こるタイプの事件ではないものの、起これば必ず社会に深い爪痕を刻み込み、不穏な記憶を後々まで長く残すものに「集落の不特定多数を対象とした毒殺事件」というのがある。1961年の「名張毒ぶどう酒事件」や、1998年の「和歌山毒物カレー事件」がそれに該当する。

同じ集団毒殺事件でも、1948年の「帝銀事件」が、GHQだの七三一部隊だのに連なる戦中・戦後の深い闇を背後から覗かせているのに対し、それらの事件は、限定された地域社会の、外部からは窺い知れない人間関係の歪みを滲ませる。そのぶん、より身近に感じられるだろうし、実地検分が難しい毒殺事件の特性故に、逮捕された人物が本当に真犯人なのかという疑惑もつきまとっている。

こうした現実の集団毒殺事件から発想を得たと思しきミステリとしては、恩田陸の小説『ユージニア』(2005年)、TVドラマ『dele(ディーリー)』(2018年)の第7話、映画『99.9-刑事専門弁護士-THE MOVIE』(2021年)などが思い浮かぶ。まさきとしかの新作長篇『レッドクローバー』も、その系譜に連なる作品である。

物語は、現在と12年前に起きた2つの毒殺事件を軸として展開される。現在パートの主人公・勝木剛は、新聞社を定年退職し、今は系列の出版社の嘱託職員として、月刊総合雑誌の記者兼編集者を務めている。そんな彼に、2カ月前に起きた「豊洲バーベキュー事件」の記事を書いてみないかと編集長が打診してきた。豊洲のバーベキューガーデンで、ヒ素が混入した飲み物を口にした7人の男女が中毒を起こし、そのうち3人が死亡したという事件であり、バーベキューパーティーの発起人である丸江田逸夫という34歳の男が逮捕され、犯行を認めている。彼が失業者だったのに対し、被害者たちが恵まれた立場にあり、中でも中毒を起こしたものの死亡しなかった被害者のひとりが、数年前に強姦罪で逮捕されながら不起訴になっていたことから、事件は「上級国民VS下級国民」という構図で話題になった。

この事件を知った勝木は、12年前に北海道南部の町で起きた「灰戸町一家殺害事件」を想起していた。赤井家の夫と妻、小学三年生の長男、そして遊びに来ていた夫の母親がヒ素中毒で死亡し、唯一ヒ素を摂取しなかった長女に嫌疑がかけられたという謎めいた事件である。当時、勝木は新聞記者としてその取材にあたっていたが、赤井家の事件現場——家族が毒殺された居間で平然と寛ぎ、カップラーメンをすすっている長女の姿を目撃して戦慄を覚えた。あれから12年、長女は今どうしているのか——。

といった具合に、現在パートの導入部のあらすじがまとめやすいのに対し、過去パートは極めて混沌としている。12年前の事件が「レッドクローバー事件」と呼ばれるのは、疑惑の長女の名前が赤井三葉だったことに由来しているが、その三葉をはじめ、十代の少女からその母親や祖母の世代も含めて、何とも強烈な性格の女たちが次々と登場し、一癖も二癖もある言動を繰り広げるのだ。

灰戸町は一見長閑(のどか)な町だが、その実状は陰湿そのものである。山中に闇神(やみがみ)神社という無人の廃神社があり、願掛けすれば人を呪い殺せるなどと噂されているが、その近くの一軒家に引っ越してきたのが赤井一家だった。そのあたりの地域を、町の住人たちは「奥」と呼び、取材に訪れた勝木に「あんたら都会の人は、高いところに住むのが金持ちだと思ってるかもしれないけど、この町はちがうからね。逆なんだから。奥に住んでるのは、もともと内地から流されてきた犯罪者の家系なんだよ。まっとうなうちらとは人種がちがうってこと」と言い放つ。しかし、その「奥」という小さな地域の中にもヒエラルキーが存在しており、赤井家は村八分に近い扱いを受けていたらしい。

著者が今まで描いた中でも最も息苦しい人間関係と言えそうだが、その環境の中で、女たちの心はねじくれ、口から発せられる言葉は猛毒を帯びざるを得ない。彼女たちは誰一人として幸せには見えないし、他人を傷つける刃で自らをも傷つけているように見える。だが、針金をかけられた盆栽の枝の人工的な歪みが、その植物の責任ではないように、彼女たちの言動も、灰戸町という陰湿な地域社会によるところが大きいのではないか。

12年前と現在の事件の関連とは、そして赤井三葉は本当に自分の家族を毒殺したのか——といった謎もさることながら、終盤で明らかになる、三葉をはじめとする女たちの、第三者から見たイメージではない真の姿こそ、本書において「真相」と呼ぶに相応しいのかも知れない。ヘヴィーな物語の果てにどんな結末が待ち受けているのか、是非見届けてほしい。

関連書籍

まさきとしか『レッドクローバー』

『あの日、君は何をした』『彼女が最後に見たものは』シリーズ累計40万部突破の著者、最高傑作ミステリ。 まさきとしかが……いよいよ、くる! 家族が毒殺された居間で寛ぎ ラーメンを啜っていた一人の少女。 彼女が──家族を殺したのではないか。 東京のバーベキュー場でヒ素を使った大量殺人が起こった。記者の勝木は、十数年前に北海道で起こった家族毒殺事件の、ただ一人の生き残りの少女――赤井三葉を思い出す。あの日、薄汚れたゴミ屋敷で一体何があったのか。 「ざまあみろって思ってます」 北海道灰戸町。人々の小さな怒りの炎が、やがて灰色の町を焼き尽くす――。 『あの日、君は何をした』『彼女が最後に見たものは』シリーズ累計40万部突破の著者、最高傑作ミステリ。

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特集『レッドクローバー』

シリーズ累計40万部突破『あの日、君は何をした』の著者、まさきとしかさん書き下ろし長編『レッドクローバー』特集記事です。
北海道の灰色に濁ったゴミ屋敷で、一体何があったのか。
極上ミステリ!

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まさきとしか

1965年生まれ。北海道札幌市在住。2007年「散る咲く巡る」で第41回北海道新聞文学賞を受賞。13年、母親の子供に対する歪んだ愛情を描いた『完璧な母親』(幻冬舎)が刊行され、話題になる。他の著書に『熊金家のひとり娘』『大人になれない』『いちばん悲しい』『祝福の子供』『屑の結晶』などがある。書き下ろし文庫『あの日、君は何をした』『彼女が最後に見たものは』が大反響。

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