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孤独の価値

2022.08.01 更新 ツイート

初めから友達がいない人は一人でも「孤独」を感じない 森博嗣

多くの人は一人でいることをつらいと感じて、孤独を嫌います。しかし孤独は、本当に避けるべき状態なのでしょうか。社会には人同士の絆を殊更に強調するコンテンツがあふれ、現代人はもはや「絆の肥満」状態です。私たちは孤独であることを、過度に恐れてしまっているのかもしれません。得体の知れない孤独感を払しょくすることで、孤独は歓びへと変化するでしょう。森博嗣さんの『孤独の価値』から一部を抜粋してお届けします。

(写真:iStock.com/bee32)

孤独とは何か

孤独を怖れている人が沢山いるようだ。特に、子供や若者に多いように見受けられる。そんな話を一所懸命力説する人や本にも幾度か出会った。しかし、僕が実際に会って話をした人で、孤独に悩んでいたという例は少ない。いても、かなり軽度なレベルだった。このことについて、全体的、平均的なデータがどうなのかは知らない。ただ、僕がきいた範囲内では、何故、孤独がそんなに恐いのかと尋ねると、ほとんどの人は、孤独が寂しいからだ、と答えた。

 

孤独は寂しいものだ、という認識は、一般的なものといって良いだろう。孤独が楽しいものだとか、孤独は面白いものだという方向性は、もしあったとしても確実にマイナだと思われる。

ここでは、まず何故、孤独は寂しいのかということを考えてみたいのだが、そのまえに、孤独というものの大体の定義をしておく必要があるだろう。

人によって、どんな状態を孤独と表現するのか、これにはかなり違いがあるかと思う。ある人は、友達がいないことだと言うし、またある人は、仲間と一緒のときに孤独を感じると言う。まるで正反対のように思われるけれど、僕は個人的には、後者が近いのではないかと考えている。つまり、人が孤独を感じるときというのは、他者を必ず意識している、と思うからだ。

友達がいない、というのも意味がさまざまである。友達というものが最初からまるでいないのか、あるいは、かつてはいたのに今はいない、という意味なのかで、ずいぶん違ってくる。いなくなったという場合でも、そのいなくなった友達はどうしたのか。友達がみんな死んでしまって、一人だけが残されたというような場合もあれば、喧嘩をして、友達が離れていった、というようなものもあるだろう。

(写真:iStock.com/fiorigianluigi)

孤独を感じる条件

もしも、生まれたときから他者に会うことがないという特殊な境遇にあれば、友達は存在しえない。もし他者がいなければ、友達の概念さえなかなか認識できない。本などを読まないかぎり、友達という言葉の意味もなくなるだろう。この場合、孤独というものを感じるだろうか、と想像してみよう。

おそらく、生まれてからずっと一人で育った人間は、(家族はいるかもしれないが)友達というものを感じる経験がないのだから、それがいない状況が寂しいとは感じないはずである。

外部を知る機会が(本やTVなどを通して)あれば、その楽しそうな雰囲気に憧れを持つかもしれない。しかし、それは文字どおりの「憧れ」であり、単にその情報の中で、それが素晴らしいものだと語られているのを鵜呑みにしているだけだ。対比して、自分の境遇を悲観するまでにはなかなか至らないのではないか。

それはたとえば、子供のときに「月面旅行」の絵本を読むようなもので、今の自分が月面に立てないからといって寂しくなるわけではない。自分も月面に立てたら素晴らしいな、と将来の夢を持つだけである。

つまり、友達ができたら良いな、楽しそうだな、という希望を持つことはあっても、現在それが自分にないからといって孤独を感じたり、寂しく思ったりはしない、と僕は思う。

それは家族であっても同じことで、生まれた時から父親がいない、という場合であっても、それほど寂しさは感じないのではないか、と思える(周りのみんなが「寂しいね」と無理に教えることで、寂しさを感じることはあるだろうが)。

ただ、母親だけは少し違うように感じる。人間にも本能があるからで、「なにか母親のような存在」に甘えたいという自然の欲求を持っているはずである。

これは、人間以外の動物にも観察されるもので、初めて見たものを母親だと思い込むとか、幼いときにはどんな動物でも基本的に友好的であり、また、見た目も可愛らしく見えるようにできている(これは、見た目が可愛いと捉える感覚を持っている、の意味も含む)。

母性本能という言葉があるとおりだし、逆に、母親を求める本能(命名されているのだろうか)もあるはずである。ほ乳類であれば、母親から乳をもらうわけだから、生きるために必要な本能に近いものだろう。もし母を見失えば、それは「寂しい」とか「悲しい」どころではなく、自分の死に直結する「恐怖」になるはずだ。

こうして、考えてみると、孤独や寂しさを感じるのは、ただ仲間がいない、というだけの状況からではなく、それ以前に、仲間の温もりというのか、友達と交わる楽しさというのか、そういったものを知覚していることが前提条件となっているようだ。もう少しわかりやすくいうと、孤独が表れるのは、孤独ではない状態からの陥落なのである。

友達がいなくて寂しい、というのは、友達と過ごすことの楽しさを知っていて、それができなくなった場合に生じる感情だ、ということ。寂しさというものが、そもそもそういった変化(陥落)を示したものだといえるかもしれない。

ただし、本能的なものは除外する必要だあるようだ。生まれたばかりの赤子が、乳欲しさに泣くのは、寂しさと解釈できなくもないが、それは今話している孤独とは、歴然と異なるものだと区別して良いだろう。

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孤独の価値

人は、なぜ孤独を怖れるのか。多くは孤独が寂しいからだと言う。だが、寂しさはどんな嫌なことを貴方にもたらすだろう。それはマスコミがつくったステレオタイプの虚構の寂しさを、悪だと思わされているだけではないのか。現代人は〈絆〉を売り物にする商売にのせられ過剰に他者とつながりたがって〈絆の肥満〉状態だ。孤独とは、他者からの無視でも社会の拒絶でもない。社会と共生しながら、自分の思い描いた「自由」を生きることである。人間を苛む得体の知れない孤独感を、少しでも和らげるための画期的な人生論。

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森博嗣

一九五七年、愛知県生まれ。作家、工学博士。国立N大学工学部建築学科で研究する傍ら九六年に『すべてがFになる』で第一回メフィスト賞を受賞し、作家デビュー。以後、次々と作品を発表、人気作家として不動の地位を築く。おもな新書判エッセィに『自由をつくる 自在に生きる』『創るセンス 工作の思考』『小説家という職業』『自分探しと楽しさについて』(すべて集英社新書)、『大学の話をしましょうか』『ミニチュア庭園鉄道』(ともに中公新書ラクレ)、『科学的とはどういう意味か』『孤独の価値』『作家の収支』『ジャイロモノレール』『悲観する力』(すべて幻冬舎新書)などがある。

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