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孤独の価値

2022.08.05 更新 ツイート

別れの悲しみがすぐにはやってこない理由。寂しさは人の一部になる。 森博嗣

多くの人は一人でいることをつらいと感じて、孤独を嫌います。しかし孤独は、本当に避けるべき状態なのでしょうか。社会には人同士の絆を殊更に強調するコンテンツがあふれ、現代人はもはや「絆の肥満」状態です。私たちは孤独であることを、過度に恐れてしまっているのかもしれません。得体の知れない孤独感を払しょくすることで、孤独は歓びへと変化するでしょう。森博嗣さんの『孤独の価値』から一部を抜粋してお届けします。

何故寂しいと感じるのか

(写真:iStock.com/proud_natalia)

では、仲間を失うことが、何故寂しいのか?

仲間から逸れることが、生存の危機を意味しているために、寂しさというマイナスの感情として知覚されるのか。もしそれが基本としてあるならば、やはり、群れを作るという本能的なものに根ざしているだろう。

 

しかし、現代では、一人になることが即生存の危機というケースはほとんどない。周囲の人間から見捨てられても、子供でないかぎり、充分とはいえないまでも生きていくことができる社会が実現している。

ただし、生存への危機感が、寂しさの感情を助長するという効果は馬鹿にならないかもしれない。ようするに、自身の勝手な想像であっても、それが自分を苦しめるということはある。子供が仲間から苛めを受けた場合などは、生存の危機のようなものを本能的に感じる可能性があって、大人になっても、そういった体験に基づいた感情が残っているようにも思えるからだ。

さらに言えば、まず友達があって、それを失ったときに感じるものだ、と定義を限定してしまうと、これに当てはまらない例があることに気づく。

友達を全然知らなければ、孤独は感じない、に近いことを書いたし、本やTVで見たものは憧れにしかならない、とも書いたが、たとえ仮想の経験であっても、自分の身近な同年輩の他者たちの行動になると、感情移入によってリアルさが格段に増してくる。TVドラマなどをリアルな世界として真に受ける子供もいるかもしれない。つまり、経験のリアルさは、個人によって非常にレベルが異なっているだろう、ということだ。

自分が妄想をして、なんとなく友達になれそうだ、という状況を仮想経験することもあるのではないか。相手にはそのつもりは全然なくても、一方的に友達だと思い込んでしまうことは、子供には珍しくない、特殊なことでもない。だから、そういった仮想の認識が、本人にとって現実に近いものに知覚される可能性は大いにある。そうだとしたら、それらも含めなければならない。

いずれにしても、寂しいという感情は、「失った」という無念さのことだ。また、その失ったものが、「親しさ」であれば、それがすなわち「孤独」になる。

失うことが寂しいのも、そのルーツは生存の危機だろう。しかし、もうそこまで遡って考える人は今はいない。ただ、自分のもの、自分の時間などが、失われたときの喪失感というのは、寂しさや悲しさの主原因となる。これは、取り返しが比較的簡単なものほどダメージが小さく、逆に、もう二度と取り返せないとわかっている場合ほど、精神的にも大きな衝撃となる。

(写真:iStock.com/Rawpixel)

寂しさの条件

ところが、ある特定のものを失ったとき、失ったもの、失った人、失った時間と、具体的な対象を惜しんで、悲しみが感じられても、すぐに寂しさや孤独につながるわけではない。単に、衝撃がある、大きく感情を揺さぶられる、という現象がまずある、というだけだ。

たとえば、最愛の人を事故などで突然失ったとき、すぐに孤独を感じるのではない。ただ、衝撃を受けるだけだ。悲しみに襲われるだけである。寂しさや孤独というのは、むしろ、その衝撃が収まったあと、すなわち、普通の生活に近い状態に戻ったときに、「思い出して」表れる、なにかの機会に、ふと感じるものではないだろうか。

もう一つ言えるのは、寂しさや孤独というものが、失われた対象から、既に自身が遠く離れていても、より抽象化された感情として残留するものだということである。それは、たとえば、複数の喪失感が重なって、より大きな寂しさ、より強い孤独感になる現象も引き起こす。つまり、「なにもかもが、自分から離れていく」というような漠然とした喪失感の方が、むしろ寂しさを拭うことが難しいし、つまりは、より強固な孤独感になる。

具体的な対象から離れて、ただ抽象的な感情として、これらのものが心に溜たまった状態というのは、本当に辛つらいものになるだろう。それはもう、簡単に取り除くことができない。その人の本性というか、人格の中心的なところに、居座り続けるものになるのではないか。

人間も年齢を重ねると、そういった寂しさや孤独感が、既にその人物の一部になる。それは、顔の皺のようなもので、深くなることはあっても、消えることはない。他人に言葉で語ることがなくても、どことなく、その人の言動などから、それが外部から感じられることもある。

「なにか過去にあったのだろうか」という想像しかできないが、感じられることは確かである。逆に言えば、そういうものを感じる精神が人間性であるし、感じられるのは、程度の差や、具体的な対象に違いはあっても、抽象的には、自分もそれに似たものを持っているからであろう。

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孤独の価値

人は、なぜ孤独を怖れるのか。多くは孤独が寂しいからだと言う。だが、寂しさはどんな嫌なことを貴方にもたらすだろう。それはマスコミがつくったステレオタイプの虚構の寂しさを、悪だと思わされているだけではないのか。現代人は〈絆〉を売り物にする商売にのせられ過剰に他者とつながりたがって〈絆の肥満〉状態だ。孤独とは、他者からの無視でも社会の拒絶でもない。社会と共生しながら、自分の思い描いた「自由」を生きることである。人間を苛む得体の知れない孤独感を、少しでも和らげるための画期的な人生論。

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森博嗣

一九五七年、愛知県生まれ。作家、工学博士。国立N大学工学部建築学科で研究する傍ら九六年に『すべてがFになる』で第一回メフィスト賞を受賞し、作家デビュー。以後、次々と作品を発表、人気作家として不動の地位を築く。おもな新書判エッセィに『自由をつくる 自在に生きる』『創るセンス 工作の思考』『小説家という職業』『自分探しと楽しさについて』(すべて集英社新書)、『大学の話をしましょうか』『ミニチュア庭園鉄道』(ともに中公新書ラクレ)、『科学的とはどういう意味か』『孤独の価値』『作家の収支』『ジャイロモノレール』『悲観する力』(すべて幻冬舎新書)などがある。

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