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特等席とトマトと満月と

2022.05.01 公開 / 2024.07.21 更新 ポスト

初めての小説”芽吹いた”紺野ぶるま

憧れの、一穂ミチさんと対談。一穂ミチ(作家)/紺野ぶるま(芸人)

第171回直木賞を受賞された一穂ミチさん。お笑いがお好きという一面もあり、『砂嵐に星屑』『パラソルでパラシュート』でも、お笑い芸人が物語の中に登場します。そんな一穂さんのことを「憧れ」だと話す、紺野ぶるまさんとの対談を再掲。お互いへのリスペクトを込めた対談、お楽しみください。

*  *  *

芸人さんは、人の弱点のほうを愛するようにできている。

小説はあまり読んでこなかったという紺野ぶるまさんが、担当編集者に勧められ てハマった作家が、一穂ミチさんだ。『スモールワールズ』で第43回吉川英治文学新人賞を受賞した一穂さんは、近作『砂嵐に星屑』と『パラソルでパラシュート』で、お笑い芸人をメインの登場人物に据えている。二人の共通点は、他にもたくさんあって……。

(構成 : 吉田大助)

紺野 対談をお引き受けくださり、ありがとう ございます!

一穂 こちらこそ。光栄です。

紺野 私は一穂さんの小説に最近ハマった“にわか”なんですが、小説のことなんて何も分からないくせに「この巧さは只事ではない!」となりました。『スモールワールズ』と『砂嵐に星屑』、それに『パラソルでパラシュート』も読みました。

一穂 ……一番最後のやつは本職の人には読まれたくなかった(笑)。芸人の方に読まれると思うと、お恥ずかしいです。

紺野 芸人たちがルームシェアしている家の感じとか賞レース前のネタのブラッシュアップの仕方とか、「どうして知ってるの」となるくらいリアルでした。小説の中に出てくる漫才のネタも、めっちゃ面白いんですよ。だから私……一穂さんはお顔出しされてないじゃないですか。ワンチャン今日、芸人来るぞと思ってました。

一同 (笑)

紺野 じゃあ、一穂さんはお笑いに詳しいというか、好きということですよね。劇場にも行かれてるって感じですか? 

一穂 浅瀬のファンなので、基本的にはYouTubeのネタ動画やTVerでバラエティ番組を観て楽しんでいるんです。紺野さんのことも、『ゴッドタン』を始めいろいろな番組で拝見していました。松竹芸能さんのYouTubeチャンネルで配信されている「R-18(アールワンパチ)先生」も毎回、感動しながら観ています。

紺野 あれ、まじで誰も観てないんですよ(笑)。

一穂 私、なんであれがバズらないんだろうって本当に不満なんです。R-1に出場する後輩たちに対して、紺野さんが先生役でアドバイスされていますが、めちゃくちゃ的確なんですよね。響くんだけれどぐさって刺すわけではない言い方が絶妙だし、人をマネジメントする立場の人は絶対見た方がいい。

紺野 バズってほしい……!

一穂 もちろん、なぞかけも大好きです。素人っぽい質問で恐縮なんですが、お題を突然振られて、どうして毎回咄嗟にうまいこと閃くんですか?

紺野 ち○こなぞかけは、なぜか最初からできたんですよ。その後特訓したということもないので、私も時々どうしてこれができるんだろうって思うことがあります。

一穂 「神様は本人には内緒で才能を授けている、しかもそれとは知らず明るみに出す」と哲学者のモンテスキューが言ってたんですよね。 紺野さんのそれは、ち○こなぞかけだったのかもしれない。

紺野 間違いないです。そう考えると、神様ってめっちゃユーモアありますよね。

後悔するのに会ってしまう「好きじゃない友達」

一穂 特等席とトマトと満月と』を読ませていただいてまず思ったのは、「こんなこと書いて大丈夫?」と。周囲の芸人さんと摩擦を生みそうなことも書いていますよね。反応、どきどきしません? 小説を読んだ芸人さんに「モデルにしただろ」って言われたら、どうしますか。

紺野 「違います」ってしらばっくれます。

一穂 しらばっくれるということは、心当たりはあるわけですね(笑)。

紺野 あります(笑)。でも私、しらばっくれるの得意なんですよ。下ネタでテレビに出始めた時に、親には「あれ全部、台本だから」と言って納得させましたからね。後でバレましたけど。

一穂 女性芸人が男性の芸人さんから「女なんだから」とか「女のくせに」と言われることは、 あるあるとして世の中に最近広まりつつあるかなと思うんです。紺野さんの小説はそこも描きつつ、女性芸人同士のいざこざを克明に描いていますよね。このところシスターフッド(女性同士の連帯)の物語が注目されていますが、これも一つの現実だなと思いました。女性芸人の中では一番仲がいい蓋子ちゃんと主人公の関係も、一筋縄ではいかないところがある。蓋子ちゃんに対してすごく愛おしく思う瞬間と、イラッとする瞬間が交互に訪れているんですよね。愚鈍で純粋なままでいてほしいって気持ちと、現実を突きつけてやりたいという残酷な気持ちも。

紺野 蓋子には思い入れがあるので、注目していただけて嬉しいです。一穂さんは、蓋子みたいな女友達っていますか? 仲がいいけど、心の中ではちょっと小バカにしてる、みたいな。

一穂 友達にはカウントをしないですかねぇ。でも、どうだろう?「好きじゃない友達」っているかも。会ったことを必ず後悔するんですよ。会うのはもうしんどいなと思うんだけど、 しばらく経つとなぜかまた約束しちゃう。

紺野 すっごい分かります。ていうか私、気づいたらそういう人しか周りにいなかった時期があって、疲れちゃったんですよ。その時の感覚を、小説で書いてみたかった。あれ、何なんですかね?

一穂 何なんでしょうね。時間があくと、印象が薄れてくるんですよね。私、考えすぎてたかなとか、そんなに悪いやつじゃないのかもと思ってまた会うと「はいはい、こうだったこうだった」と(笑)。イヤな予感を裏切らない。

紺野 「これこれこれー!」みたいな(笑)。私は以前、自分はそういう人に会うことで、ネタにしたいのかもと思ったことがあります。

一穂 それは私もあるかもしれない。会うことで自分自身が見えてくるというか、私はこういうことをされると本当にイヤなんだなって分かりますよね。

紺野 「何でそういう言い方をするようになったの?」って知りたいというか、探りたい気持ちもあるかもしれません。でも、そういう人って突っついても突っついても、納得する答えをくれないから、もっと突っつきたくなっちゃう。で、また会っちゃう。

一穂 逆に大好きなのかな(笑)。こういう関係って、小説の中ではあまり見かけたことがないかもしれません。新鮮でした。

養成所、同人誌時代…… 私たちが一番楽しかった頃

紺野 一穂さんは『砂嵐に星屑』でも、お笑い芸人の話を書かれていますよね(第四話「〈冬〉眠れぬ夜のあなた」)。しっとり泣きました。細かいところなんですが、テレビの密着取材でADさんから腹話術の人形のことを「それ」って言われて、芸人さんが怒るじゃないですか。「ぼくにとったら大事な相方なんで『それ』って言うんはやめてもらえますか」って。ものすごくリアルでした。そういうことを言わない方が現場はうまく回るんだけど、言わずにいられないみたいな時って結構あるんです。

一穂 テレビの現場って忙しすぎて深く考える余裕がないのかなと、いろいろな番組を観ていて思います。舞台でスベるのは自分のせいだからしょうがないけど、テレビの場合はやらされてスベらされているのに、そうは言えないもどかしさもあるだろうなと。

紺野 あります、あります。その部分をオンエアで使われないように、わざと雑にやったりします。でも、使われるんです(笑)。それ、すごくつらかったりしますね。

一穂 ネタがやりたくて芸人になったのに、全然違うことをやらされるのとかもしんどいんじゃないかなと思ったりしてしまいます。芸人になる前となった後で、ぶるまさんが一番「思ってたんと違う」と感じたポイントって何かあり ますか?

紺野 養成所の時が一番楽しかったってことですかね。もちろん今は養成所生の時よりも仕事はたくさん経験させてもらっているし、賞レースとかの楽しさとかもいっぱい知ったけど、あの頃の楽しさには勝てないなと思います。自分のネタは最高に面白いしウケるはずだって、現実を知らないからこそ自信満々でいられたし、全ての経験が新鮮で。舞台に立つだけで、めちゃくちゃ幸せだったんですよ。芸人になってからは、自分に足りないものばっかり見えちゃいます。今がつまらないってことではないんですけどね。

一穂 分かります……。私も、アマチュアで同人誌を書きちらしていた時代が一番楽しかった。

紺野 一穂さんでもそうなんですね!

一穂 自分の好きなキャラクターの小説を書いて、新しいコンテンツが供給されるたびに、推しの魅力をプレゼンするつもりで同人誌を作ってコミケに出品して、一冊何百円の本を買ってもらえた時はものすごく嬉しかったです。

紺野 私も、ライブで初めてお金をもらった時は超嬉しかったです。500円玉が入った封筒に書いてあった「紺野ぶるま様」という文字は、絶対忘れられない。

一穂 さっきの紺野さんの言葉を繰り返しちゃいますが、今がつまらないわけではないんですよね。ただ、あの頃の感覚にはもう戻れないなって思います。

紺野 今のお話って、『砂嵐に星屑』を読んで個人的に感じたこととちょっと繋がっています。例えば……小説の中で「大阪の人って、独立独歩みたいな顔をして、実は東京が気になって仕方がない」って文章が出てくるじゃないですか。

一穂 「大阪も都会ですし」って顔をしながら、東京への憧れを隠し切れないんですよね(笑)。

紺野 他にも、「『見たことある』より『見たことない』のリアクションをする時、なぜかみんな偉そうだ」という文章にもグッときました。 芸人に対しても「俺、テレビ見ないから」と言う人、めっちゃいるんですよ。

一穂 テレビを見ていない方が偉いという謎のマウンティング、ありますよね。

紺野 その二つの文章がそうですし、『砂嵐に星屑』は全編を通して「人って、まぁそういうもんだよね」と言われている感じがしたんです。 それこそみんな「独立独歩」の顔をしているけど、隣の人のことが気になってしょうがないし、「本当の自分はこんなじゃないのにな」と思っていたりする。それって否定すべきことではないというか、人間の普遍的な一つの感情なんだなと思えれば、心が広くなりますよね。そうなることで初めて、他の人のことも応援できる気がしたんです。別に自殺願望があるわけではなかったんですが、「あっ、生きてていいんだ」と思えました。

一穂 ありがとうございます。嬉しい。勝手ながら紺野さんと私の小説は、ちょっと似ているなと思っていたんですよね。我々の小説は、物語を通して、主人公の座標が大きく変わってい るわけではないじゃないですか。なんだけれども、主人公自身は見違えるように変わっている。例えば最終章のムシナちゃんがもし第一章に出てくる竜也と再会しても、きっと何も感じないと思うんです。

紺野 確かに! そう考えると、めっちゃ成長してる。

一穂 私が小説で書きたいと思っているのは、主人公の心の中に芽生えた小さな希望なんです。僭越ながら、そこが似ているのかなと思いました。

癖は強いし好感は持てないでも、嫌いではない

一穂 紺野さんの小説は全編を通して、比喩が見事です。俳優志望の恋人の竜也に対して、〈ラブソングを歌う男性ボーカルデュオのような髪の流し方〉。売れない大先輩芸人の座島さんのことは、〈ドブ色の肌をしてる。純度の高いドブだ〉。「これで伝わるかな?」ってことを、すごく大事に考えて書いているんだろうなと感じました。実は、芸人さんってみなさん、文章がお上手だなという印象があるんですよ。それは普段から、「言葉で人に伝える」ってことのシビアさを身に染みて感じているからじゃないかなと。「成立」って言葉を重く受け止めている気がするんですよね。ネタも「成立」しているかどうかが肝になる……と、紺野さんが「R-18先生」でおっしゃっていたことからの連想です(笑)。

紺野 確かにあの動画で私、後輩相手に何回も「成立」「成立」って言ってます(笑)。

一穂 前から小説を書きたいと考えてらっしゃったんですか?

紺野 書けたらかっこいいなって憧れだけはありました。小説を書かれている芸人の先輩方を見て、いいな、私はどうせ書けないしなって。

一穂 エッセーはたくさんお見かけするんですけど、小説ってまだまだ少ないですよね。

紺野 そうなんです。短編を書かれる方は何人かいらっしゃるんですけど、長編となると少ないです。ただ、もともと私は小説をあまり読んでこなかったので、書けたことに今もびっくり しています。

一穂 文章が映像的なんですよ。たぶん小説にどっぷり浸かってきた人は、こういう書き方をしないなって感じました。例えば、中華料理屋で蓋子ちゃんがトイレに行って、速攻帰ってく るところ。普通はそこで一文挟んじゃうと思うんです。「蓋子はなになにをしてじっとして……」みたいな。そこを、「席を立ってすぐ戻ってきた」って簡単な動きだけで終わらせちゃう。

紺野 そう聞くと、コントの台本の書き方が出ちゃってるのかなと思います。

一穂 その台本感が映像的だし、スピーディでいいんですよね。こう書けば小説っぽくなる、褒められるだろうみたいなスケベ心がない。

紺野 スケベ心が出た時期もあったんです。他の方の小説を読んで面白いなと思った書き方をマネして、背伸びしてしまいました。そうしたら、編集さんから「子役がテクニック見せてくるみたいな感じがして、鼻につくからやめましょう」と。

一同  (笑)

紺野 「どや感がある」と言われたんだったかな? どちらにしろ、めっちゃ恥ずいと思ってすぐ戻しました。

一穂 判断の早さが素晴らしい(笑)。もう一つ素敵だなと思ったのは、紺野さんの小説に出てくるキャラクターは、類型的な人がびっくりするほどいないんです。そして、好感が持てる人は限りなく少ない。

紺野 一穂さんの『砂嵐に星屑』に出てくる登場人物たちは、イヤだなって思うところだったりダメな部分も持っているけれども、フォローがあるというか、最終的な印象としてはちゃんといい人じゃないですか。私、めっちゃイヤな人ばっかり出てくる小説を書いちゃったなって落ち込みました(笑)。

一穂 癖は強いし好感は持てないんですけども、嫌いではないんですよ。痛さが愛おしいというか、哀愁を感じます。例えば、ムシナちゃんがちょっとだけ関係することになる、売れっ子お笑い芸人の高木はモテないキャラが売りですよね。でも、ムシナちゃんはもしも自分が高木の顔だったらという夢を見て、ハッとなる。 男芸人は三枚目のほうが笑いを取れると思われがちだけれども、自分の容姿をどう捉えているか、実際のところは、本人にしか分からない。 ものすごくコンプレックスに感じていて、絶望 に近い感情を抱えているのかもしれない。そういう想像を無意識のうちにしていたから、高木さんのことを好きになったのかもしれないなと思いました。ムシナちゃんは、人の弱点のほうを愛するようにできているんですよね。

紺野 そうかも……。

一穂 芸人さんって、みなさんそういうところがあるんじゃないでしょうか。人の弱点や短所を笑いに変えて昇華させる芸人さん同士のいじりって、愛があるなと見ていていつも思うんです。

紺野 めちゃめちゃ嬉しい。芸人は弱点を愛するようにできているって、そんなことを言われたのは初めてです。一穂さん、すごいです。人知を超えている。ルシファー吉岡さんみたいです。

一穂 最高の褒め言葉です(笑)。

紺野 伝わって嬉しいです!(笑)

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一穂ミチ 作家

2007年デビュー。以後勢力的にBL作品を執筆。「イエスかノーか半分か」シリーズは映画化も。22年、一般文芸初の単行本『スモールワールズ』で第43回吉川英治文学新人賞を受賞、本屋大賞第3位。同年、『光のとこにいてね』で第168回直木賞候補、23年本屋大賞第3位。24年『ツミデミック』で第171回直木賞受賞。その他の作品に『パラソルでパラシュート』『うたかたモザイク』などがある。

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