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特等席とトマトと満月と

2022.05.01 公開 ツイート

初めての小説”芽吹いた”紺野ぶるま

憧れの、一穂ミチさんと対談。 紺野ぶるま

芸人さんは、人の弱点のほうを 愛するようにできている。

小説はあまり読んでこなかったという紺野ぶるまさんが、担当編集者に勧められ てハマった作家が、一穂ミチさんだ。つい先日『スモールワールズ』で第 回吉川 英治文学新人賞を受賞した一穂さんは、近作『砂嵐に星屑』と『パラソルでパ ラシュート』で、お笑い芸人をメインの登場人物に据えている。二人の共通点は、他にもたくさんあって……。 (構成 : 吉田大助)

*     *     *

紺野 対談をお引き受けくださり、ありがとう ございます!

一穂 こちらこそ。光栄です。

紺野 私は一穂さんの小説に最近ハマった“にわか”なんですが、小説のことなんて何も分か らないくせに「この巧さは只事ではない!」と なりました。『スモールワールズ』と『砂嵐に 星屑』、それに『パラソルでパラシュート』も読みました。

一穂 ……一番最後のやつは本職の人には読ま れたくなかった(笑)。芸人の方に読まれると 思うと、お恥ずかしいです。

紺野 芸人たちがルームシェアしている家の感 じとか賞レース前のネタのブラッシュアップの 仕方とか、「どうして知ってるの」となるく らいリアルでした。小説の中に出てくる漫才の ネタも、めっちゃ面白いんですよ。だから私 ……一穂さんはお顔出しされてないじゃないで すか。ワンチャン今日、芸人来るぞと思ってました。

一同 (笑)

紺野 じゃあ、一穂さんはお笑いに詳しいとい うか、好きということですよね。劇場にも行か れてるって感じですか? 

一穂 浅瀬のファンなので、基本的には YouTube のネタ動画や TVer でバラ エティ番組を観て楽しんでいるんです。紺野さんのことも、『ゴッドタン』を始めいろいろ な番組で拝見していました。松竹芸能さんの YouTube チャンネルで配信されている「R ─ (アールワンパチ)先生」も毎回、感動しながら観ています。

紺野 あれ、まじで誰も観てないんですよ(笑)。

一穂 私、なんであれがバズらないんだろうっ て本当に不満なんです。R ─1 に出場する後 輩たちに対して、紺野さんが先生役でアドバイ スされていますが、めちゃくちゃ的確なんです よね。響くんだけれどぐさって刺すわけではな い言い方が絶妙だし、人をマネジメントする立 場の人は絶対見た方がいい。

紺野 バズってほしい……!

一穂 もちろん、なぞかけも大好きです。素人っぽい質問で恐縮なんですが、お題を突然振られて、どうして毎回咄嗟にうまいこと閃くんです か?

紺野 ち○こなぞかけは、なぜか最初からできたんですよ。その後特訓したということもない ので、私も時々どうしてこれができるんだろ うって思うことがあります。

一穂「神様は本人には内緒で才能を授けてい る、しかもそれとは知らず明るみに出す」と哲 学者のモンテスキューが言ってたんですよね。 紺野さんのそれは、ち○こなぞかけだったのか もしれない。

紺野 間違いないです。そう考えると、神様ってめっちゃユーモアありますよね。

後悔するのに会ってしまう「好きじゃない友達」

一穂『特等席とトマトと満月と』を読ませていただいてまず思ったのは、「こんなこと書いて大丈夫?」と。周囲の芸人さんと摩擦を生み そうなことも書いていますよね。反応、どきど きしません? 小説を読んだ芸人さんに「モデルにしただろ」って言われたら、どうしますか。

紺野「違います」ってしらばっくれます。

一穂 しらばっくれるということは、心当たり はあるわけですね(笑)。

紺野 あります(笑)。でも私、しらばっくれるの得意なんですよ。下ネタでテレビに出始め た時に、親には「あれ全部、台本だから」と言っ て納得させましたからね。後でバレましたけど。

一穂 女性芸人が男性の芸人さんから「女なん だから」とか「女のくせに」と言われることは、 あるあるとして世の中に最近広まりつつあるか なと思うんです。紺野さんの小説はそこも描き つつ、女性芸人同士のいざこざを克明に描いて いますよね。このところシスターフッド(女性 同士の連帯)の物語が注目されていますが、こ れも一つの現実だなと思いました。女性芸人の 中では一番仲がいい蓋子ちゃんと主人公の関係 も、一筋縄ではいかないところがある。蓋子ちゃんに対してすごく愛おしく思う瞬間と、イラッとする瞬間が交互に訪れているんですよね。愚鈍で純粋なままでいてほしいって気持ちと、現 実を突きつけてやりたいという残酷な気持ち も。

紺野 蓋子には思い入れがあるので、注目して いただけて嬉しいです。一穂さんは、蓋子みた いな女友達っていますか? 仲がいいけど、心 の中ではちょっと小バカにしてる、みたいな。

一穂 友達にはカウントをしないですかねぇ。 でも、どうだろう?「好きじゃない友達」っ ているかも。会ったことを必ず後悔するんです よ。会うのはもうしんどいなと思うんだけど、 しばらく経つとなぜかまた約束しちゃう。

紺野 すっごい分かります。ていうか私、気づ いたらそういう人しか周りにいなかった時期が あって、疲れちゃったんですよ。その時の感覚 を、小説で書いてみたかった。あれ、何なんで すかね?

一穂 何なんでしょうね。時間があくと、印象 が薄れてくるんですよね。私、考えすぎてたか なとか、そんなに悪いやつじゃないのかもと 思ってまた会うと「はいはい、こうだったこう だった」と(笑)。イヤな予感を裏切らない。

紺野「これこれこれー!」みたいな(笑)。私 は以前、自分はそういう人に会うことで、ネタ にしたいのかもと思ったことがあります。

一穂 それは私もあるかもしれない。会うこと で自分自身が見えてくるというか、私はこうい うことをされると本当にイヤなんだなって分か りますよね。

紺野「何でそういう言い方をするようになっ たの?」って知りたいというか、探りたい気持 ちもあるかもしれません。でも、そういう人っ て突っついても突っついても、納得する答えを くれないから、もっと突っつきたくなっちゃう。 で、また会っちゃう。

一穂 逆に大好きなのかな(笑)。こういう関 係って、小説の中ではあまり見かけたことがないかもしれません。新鮮でした。

養成所、同人誌時代…… 私たちが一番楽しかった頃

紺野 一穂さんは『砂嵐に星屑』でも、お笑い 芸人の話を書かれていますよね(第四話「〈冬〉 眠れぬ夜のあなた」)。しっとり泣きました。細 かいところなんですが、テレビの密着取材で AD さんから腹話術の人形のことを「それ」っ て言われて、芸人さんが怒るじゃないですか。「ぼくにとったら大事な相方なんで『それ』っ て言うんはやめてもらえますか」って。ものす ごくリアルでした。そういうことを言わない方 が現場はうまく回るんだけど、言わずにいられ ないみたいな時って結構あるんです。

一穂 テレビの現場って忙しすぎて深く考える 余裕がないのかなと、いろいろな番組を観てい て思います。舞台でスベるのは自分のせいだか らしょうがないけど、テレビの場合はやらされ てスベらされているのに、そうは言えないもど かしさもあるだろうなと。

紺野 あります、あります。その部分をオンエ アで使われないように、わざと雑にやったりし ます。でも、使われるんです(笑)。それ、す ごくつらかったりしますね。

一穂 ネタがやりたくて芸人になったのに、全 然違うことをやらされるのとかもしんどいん じゃないかなと思ったりしてしまいます。芸人 になる前となった後で、ぶるまさんが一番「思っ てたんと違う」と感じたポイントって何かあり ますか?

紺野 養成所の時が一番楽しかったってことで すかね。もちろん今は養成所生の時よりも仕事 はたくさん経験させてもらっているし、賞レー スとかの楽しさとかもいっぱい知ったけど、あ の頃の楽しさには勝てないなと思います。自分 のネタは最高に面白いしウケるはずだって、現 実を知らないからこそ自信満々でいられたし、 全ての経験が新鮮で。舞台に立つだけで、めちゃ くちゃ幸せだったんですよ。芸人になってから は、自分に足りないものばっかり見えちゃいま す。今がつまらないってことではないんですけ どね。

一穂 分かります……。私も、アマチュアで同 人誌を書きちらしていた時代が一番楽しかった。

紺野 一穂さんでもそうなんですね!

一穂 自分の好きなキャラクターの小説を書いて、新しいコンテンツが供給されるたびに、推しの魅力をプレゼンするつもりで同人誌を作っ てコミケに出品して、一冊何百円の本を買って もらえた時はものすごく嬉しかったです。

紺野 私も、ライブで初めてお金をもらった時 は超嬉しかったです。五〇〇円玉が入った封筒 に書いてあった「紺野ぶるま様」という文字は、 絶対忘れられない。

一穂 さっきの紺野さんの言葉を繰り返しちゃ いますが、今がつまらないわけではないんです よね。ただ、あの頃の感覚にはもう戻れないなっ て思います。

紺野 今のお話って、『砂嵐に星屑』を読んで 個人的に感じたこととちょっと繋がっていま す。例えば……小説の中で「大阪の人って、独 立独歩みたいな顔をして、実は東京が気になっ て仕方がない」って文章が出てくるじゃないで すか。

一穂「大阪も都会ですし」って顔をしながら、 東京への憧れを隠し切れないんですよね(笑)。

紺野 他にも、「『見たことある』より『見たことない』のリアクションをする時、なぜかみんな偉そうだ」という文章にもグッときました。 芸人に対しても「俺、テレビ見ないから」と言 う人、めっちゃいるんですよ。

一穂 テレビを見ていない方が偉いという謎のマウンティング、ありますよね。

紺野 その二つの文章がそうですし、『砂嵐に星屑』は全編を通して「人って、まぁそういう もんだよね」と言われている感じがしたんです。 それこそみんな「独立独歩」の顔をしているけ ど、隣の人のことが気になってしょうがないし、「本当の自分はこんなじゃないのにな」と思っ ていたりする。それって否定すべきことではな いというか、人間の普遍的な一つの感情なんだ なと思えれば、心が広くなりますよね。そうな ることで初めて、他の人のことも応援できる気 がしたんです。別に自殺願望があるわけではな かったんですが、「あっ、生きてていいんだ」 と思えました。

一穂 ありがとうございます。嬉しい。勝手な がら紺野さんと私の小説は、ちょっと似ている なと思っていたんですよね。我々の小説は、物 語を通して、主人公の座標が大きく変わってい るわけではないじゃないですか。なんだけれど も、主人公自身は見違えるように変わっている。例えば最終章のムシナちゃんがもし第一章に出 てくる竜也と再会しても、きっと何も感じない と思うんです。

紺野 確かに! そう考えると、めっちゃ成長してる。

一穂 私が小説で書きたいと思っているのは、 主人公の心の中に芽生えた小さな希望なんです。僭越ながら、そこが似ているのかなと思い ました。

癖は強いし好感は持てないでも、嫌いではない

一穂 紺野さんの小説は全編を通して、比喩が見事です。俳優志望の恋人の竜也に対して、〈ラ ブソングを歌う男性ボーカルデュオのような髪 の流し方〉。売れない大先輩芸人の座島さんの ことは、〈ドブ色の肌をしてる。純度の高いド ブだ〉。「これで伝わるかな?」ってことを、すごく大事に考えて書いているんだろうなと感じ ました。実は、芸人さんってみなさん、文章が お上手だなという印象があるんですよ。それは 普段から、「言葉で人に伝える」ってことのシ ビアさを身に染みて感じているからじゃないか なと。「成立」って言葉を重く受け止めている 気がするんですよね。ネタも「成立」している かどうかが肝になる……と、紺野さんが「R ─ 先生」でおっしゃっていたことからの連想 です(笑)。

紺野 確かにあの動画で私、後輩相手に何回も「成立」「成立」って言ってます(笑)。

一穂 前から小説を書きたいと考えてらっしゃったんですか?

紺野 書けたらかっこいいなって憧れだけはあ りました。小説を書かれている芸人の先輩方を見て、いいな、私はどうせ書けないしなって。

一穂 エッセーはたくさんお見かけするんですけど、小説ってまだまだ少ないですよね。

紺野 そうなんです。短編を書かれる方は何人かいらっしゃるんですけど、長編となると少ないです。ただ、もともと私は小説をあまり読んでこなかったので、書けたことに今もびっくり しています。

一穂 文章が映像的なんですよ。たぶん小説にどっぷり浸かってきた人は、こういう書き方をしないなって感じました。例えば、中華料理屋 で蓋子ちゃんがトイレに行って、速攻帰ってく るところ。普通はそこで一文挟んじゃうと思 うんです。「蓋子はなになにをしてじっとして ……」みたいな。そこを、「席を立ってすぐ戻ってきた」って簡単な動きだけで終わらせちゃう。

紺野 そう聞くと、コントの台本の書き方が出ちゃってるのかなと思います。

一穂 その台本感が映像的だし、スピーディで いいんですよね。こう書けば小説っぽくなる、 褒められるだろうみたいなスケベ心がない。

紺野 スケベ心が出た時期もあったんです。他の方の小説を読んで面白いなと思った書き方を マネして、背伸びしてしまいました。そうした ら、編集さんから「子役がテクニック見せてくるみたいな感じがして、鼻につくからやめましょう」と。

一同 (笑)

紺野「どや感がある」と言われたんだったかな? どちらにしろ、めっちゃ恥ずいと思ってすぐ戻しました。

一穂 判断の早さが素晴らしい(笑)。もう一 つ素敵だなと思ったのは、紺野さんの小説に出てくるキャラクターは、類型的な人がびっくりするほどいないんです。そして、好感が持てる 人は限りなく少ない。

紺野 一穂さんの『砂嵐に星屑』に出てくる登場人物たちは、イヤだなって思うところだったりダメな部分も持っているけれども、フォロー があるというか、最終的な印象としてはちゃん といい人じゃないですか。私、めっちゃイヤな 人ばっかり出てくる小説を書いちゃったなって 落ち込みました(笑)。

一穂 癖は強いし好感は持てないんですけども、嫌いではないんですよ。痛さが愛おしいというか、哀愁を感じます。例えば、ムシナちゃ んがちょっとだけ関係することになる、売れっ 子お笑い芸人の高木はモテないキャラが売りで すよね。でも、ムシナちゃんはもしも自分が高 木の顔だったらという夢を見て、ハッとなる。 男芸人は三枚目のほうが笑いを取れると思われ がちだけれども、自分の容姿をどう捉えている か、実際のところは、本人にしか分からない。 ものすごくコンプレックスに感じていて、絶望 に近い感情を抱えているのかもしれない。そう いう想像を無意識のうちにしていたから、高木 さんのことを好きになったのかもしれないなと 思いました。ムシナちゃんは、人の弱点のほうを愛するようにできているんですよね。

紺野 そうかも……。

一穂 芸人さんって、みなさんそういうところがあるんじゃないでしょうか。人の弱点や短所 を笑いに変えて昇華させる芸人さん同士のいじ りって、愛があるなと見ていていつも思うんで す。

紺野 めちゃめちゃ嬉しい。芸人は弱点を愛するようにできているって、そんなことを言われたのは初めてです。一穂さん、すごいです。人知を超えている。ルシファー吉岡さんみたいで す。

一穂 最高の褒め言葉です(笑)。

紺野 伝わって嬉しいです! (笑)

関連書籍

紺野ぶるま『特等席とトマトと満月と』

結婚も出産も、売れてから? 「可愛いくなりたいじゃなくて、面白くなりたい欲って、何なのかな」 女芸人たちの切ないまでのリアルを描く、初めての長編小説。

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