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こばなしけんたろう

2022.04.11 公開 ポスト

『短篇集 こばなしけんたろう 改訂版』より試し読み「ひみつぼ」小林賢太郎

タコ漁で使うタコ壺には、エサは入っていないんだそうだ。ではなぜタコが入るのかというと、入りやすいからだそうだ。ところで壺漬けカルビがうまいのは、壺の中でよく混ざって、タレがからんで、味が馴染んで、熟成されるから。でも、混ざってからんで馴染めばいいのなら、べつに壺じゃなくても良いはず。ビニール袋でも、ポリプロピレンの食品保存容器でもかまわないはず。しかし、どれがうまそうかといえば、やはり壺である。タコにせよ、人にせよ、壺というものにはなぜかひかれる。これは、そんな壺にまつわるこばなし。
 
商店街。男は、腕を組み、小首を傾げ「んー?」と、うなっていた。視線の先には、骨董品屋のガラス越しに見える、手頃なサイズの壺。値札は手書きで“1万700円”と書かれている。
店主が男に気づき、声をかけた。
「いらっしゃいまし」
「あのお、壺なんだけどね、黒い」
「ああ、お目が高い。ありがとうございます。1万700円です」
「あ、いや、買いたいということではないんだ。ちょいと聞きたいことがあってな」
 
実はこの男、昨日も同じように店の前に来ていた。その前の日も、さらに前の前の日も、 毎日この店の前にやってきては、「んー?」と、うなっていた。べつに壺に目が利いたわけ ではない。男が気になっていたのは、その値段である。“1万700円”と書かれているこ の値札、昨日は“1万600円”だった。その前の日は“1万500円”。前の前の日は “1万400円”。つまり、1日100円ずつ値上がりしていたのだ。同じ棚には、その壺の 他にも商品は並んでいたが、それらの値段は変わることはなかった。
「なあ店主、あの壺は、なぜ日に100円上がる」
「骨董品ですから、古くなるほど価値が上がるんですよ」
「そうかもしれないけど。同じ棚に並んでる硯や皿の値段は変わってないじゃないか」
「そりゃあお客さん、硯や皿に“あれ”を入れては、こぼれてしまいますから……、おっと! 何でもありません。へっへっへ」
店主は実にわざとらしく思わせぶりに口を閉ざした。男は素直に気になったが、その日は 謎のままにして帰った。
翌日、男がまた店の前を通ると、珍しく閉まっていた。ショーケースの中には、見慣れた例の壺が、ぽつねんとたたずんでいる。値段は、1万700円。昨日のままだ。
丁度そこへ、仕入れに出かけていた店主が帰ってきた。男は思わず物陰に隠れ、そっと様子をうかがった。店主は店の鍵を開け中へ入ると、なんと例の黒い壺と、その値札を手に取った。そして壺を机の上に置き、何かをひそひそとしゃべっている。少し笑い、またひそひそとしゃべる。また笑う。
「あの店主、いったい何をやってんだろう……」
店主はひとしきり独り言をしゃべると、なんと壺の値段を書き換えた。
「あ! 書き換えた!」
男は、思わず店に飛び込む。
「店主。今、壺の値札、書き換えたよね!」
「あれ、昨日のお客さん」
「何で書き換えた!」
「ペンで」
「そういうことを聞いてるんじゃない! しかもその前に、壺に何かしゃべってたな!? 何をしゃべってた!?」
「見られちゃいましたねえ、入れているところを……」
店主は男をなだめ、お茶を差し出し、やおら語り出した。
「骨董屋は仕事柄、いろいろな家にお邪魔します。古い家柄の屋敷、貴重な品を持っている専門職の方の家、ときには、政治家の先生のご自宅に伺うこともある。そうすると、いろいろな話が耳に入るんです。大事な企業秘密や、それぞれの業界内でのうわさ。まーどれも面白くて、内緒と分かっていながら、みんなに言いふらしたくなってしまう。そこで私は、この壺の中に内緒話をしまっておくことにしたんですよ」
男は骨董屋の低い語り口の話を聞きながら、壺に目をやって、お茶をゴクリと飲んだ。
「例えば?」
「言っちゃっちゃあ内緒にならない」
「では、話のタイトルだけでも」
店主はしかたないなというふうな顔で小さくあたりを見回し、男の耳元にささやいた。
「コーラのレシピ。ネッシーの真相。スプーン曲げのトリック。3億円事件の真犯人。アメリカ政府と宇宙人の関係。保健の先生は女子だけ集めて何を話したのか……」
「そんなことまで。実に知りたい秘密ばかりだ。で、それじゃあ、さっきのも?」
「へい。今日は漫画家の先生のお宅にお邪魔しましてね、今連載中の漫画の最終回がどうなるかを知ってしまいまして。内緒にしてくれと言われましたので、この中に収めていたんですよ。で、そのぶん100円値上げして、1万800円になりました」
「この壺の中には面白い内緒話がたっぷり入ってるというわけか」
「そういうことです。まあでも、もしも売れてしまったら、中身ごとお譲りしなくちゃあなりませんけどね」
欲しい。しかもけっこうな秘密がひとつ100円とは安い。でも、それ以上に、怪しい。
「まあ、やめとくよ」
「はいはい。またのご来店をお待ちしております」
 
それからしばらく、その壺は1万800円のままだった。男の壺に対する興味も、何となく、遠のいた。 ところが、数週間たったある日、店の前を通りかかると、壺の値段が変わっていた。 “101万800円”。 一気に100万円も上がっていたのだ。男はひっくり返って驚いた。大慌てで立ち上がり、 店に飛び込む。
「何があった! 100万円も値上がりしてるじゃないか!」
男はとうとう、壺を買った。
 
家に持ち帰り、丁寧に梱包を解き、そーっとふたを開ける。そこには見慣れた黒い壺。男は満を持して、壺の中をそーっと覗き込んだ。……なんにも見えない。耳を当ててみた。なんにも聞こえない。手を入れてみた。
ひんやりとした壺の底に手が届いた。なんにも入ってない。
「騙された」
男は、壺を抱えて骨董屋に走った。
「やい店主! この壺、覗いても何も見えないし、耳当てても何も聞こえないし、何も出てきやしないじゃないか!」
店主は落ち着いた口調で答えた。
「そりゃそうですよ。あのねえお客さん、確かにあの壺にはたくさんの内緒話を入れました。でも、入れることはできても、出すことはできないんですよ」
「はあ? そういう大事なことは先に言いなさいよ!」
「ただし、どうしてもと言うのなら、出す方法がないこともない」
「……じゃあ、最初っからそれを教えてくれたらいいのに」
「割るんです」
「割る」
「へい。ただし、割ったが最後、溜まりに溜まった内緒話がぶちまけられて、大変なことになってしまう。だから出せないんじゃない。出せないこともないが出すと大変だから出さない方が無難、ということです」
壺は返品された。店主は、さっき男が支払った101万800円を、そのままきっちり払い戻した。
「またご利用ください」
男はお金を懐に入れ、店を出ようとしたが、いったん立ち止まり、店主のそばへ戻った。
「ときに、最後に入れた100万円もする内緒話ってなんだったんです?」
「言っちゃっちゃあ内緒じゃなくなります」
「そこを何とか、タイトルだけでも」
店主はしかたないなというふうな顔で小さくあたりを見回し、男の耳元にささやいた。
「徳川埋蔵金のありか」
男は迷わず壺をつかんだ。
「割ろう」
「やめてください」
「じゃあ教えてくれ!」
「内緒です!」
ふたりは壺を奪い合う。
「壺を割るか、あんたが口を割るかのどっちかだ!」
次の瞬間、ふたりの手を、壺がツルリと滑り、ひっくり返って真っ逆さまに落ちていき、パリーン! と割れてしまった。これまで溜め込んだ全ての内緒話が、ドバー! っと男の耳に流れ込んだ。
男は、ひざから崩れ、両手を地についた。
「……そんな、まさか」
店主は、冷めた目で男を見下ろした。
「言わんこっちゃない。世の中にはねえ、知らない方がいいことだってあるんですよ」
男は相当のショックを受けた様子だった。
「そうだったのか……アメリカ政府は埋蔵金で宇宙人からコーラのレシピを買って、3億円事件の犯人であるネッシーに曲がったスプーンで飲ませた……、という最終回なのか。あの漫画は」
「……ん?」
店主は首を傾げた。おかしい。そんなデタラメな内緒話ではなかったはずだ。しかし、店主はすぐに気がついた。
「なんてこった! 溜め込んだ内緒話が、混ざってからんで馴染んでいる!」
店主は焦って男に聞いた。
「おい! 原形をとどめてる部分はないのか!」
「そうかー、保健の先生は女子だけ集めて、あの話をしたのか」
「そこか~!」
店主はうなだれた。
男は腕を組み、言った。
「いやー、それにしても、あの漫画、意外な最終回になるんだなあ」
「だんな、そんなストーリーの漫画は掲載されませんよ」
「え? でも、そんなような話が、壺をひっくり返したら出てきましたよ?」
「いやいや、“ツボ”をひっくり返して出てきたようなお話じゃあ“ボツ”でございましょう」

©Kentaro Kobayashi 2022

関連書籍

小林賢太郎『短篇集 こばなしけんたろう 改訂版』

「宇宙ゾンビ現る」「断ち話」「僕と僕との往復書簡」「短いこばなし」「二人の銀座コレクション」「百文字こばなし」「ぬけぬけと嘘かるた」「くらしの七福神」「第二成人式」「覚えてはいけない国語」「SF素晴らしき新世界」「新生物カジャラの歴史と生態」「落花8分19秒」「砂場の少年について」ほか、小林賢太郎の創作・全26篇。(文庫改訂版)

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