1. Home
  2. 生き方
  3. 本屋の時間
  4. 本を贈る

本屋の時間

2021.11.01 公開 ポスト

第121回

本を贈る辻山良雄

パソコンで作業する手を止め、少しぼーっと休んでいたら、目のまえに男性の大きな体が現れた。彼はたまに店内で見かける人だが、今日は困ったような笑い顔を浮かべながら、「ここでは本も選んでくれるの?」と尋ねてこられる。

 

聞けば職場の同僚が異動することになり、何かプレゼントがしたいのだという。

「そんなに親しいわけではない」

「何が好きなのかわからない」

そう聞いて、それではわたしも選びようがありませんと笑ったが、自らを持て余した、男性の不器用そうな仕草が妙に心を打った。「相手の好みがわからないというのなら、お客さんがいいなと思う本を差し上げるしかありませんね」。

そのように伝えると、男性はうむむという顔をしたのだが、すでに意中の一冊があったのだろう。踵を返すように本棚に戻ったと思ったら、その本を手に取って、またすぐに戻ってこられた。

 

誰かに本を贈ることは難しい。自分がいくらその本のことが好きでも、相手が同じようにその本をいいと思ってくれるかどうかはわからない。

それでも人は人生の節目、何か想いを伝えたいときなど、誰かに本を贈ろうとする。相手のことを思いつつ、自らの一部を差し出すような気持ちが、本を贈るという行為には含まれているのかもしれない。

わたしは職業柄、誰かのために本を選ぶことも多いが、初対面の人に本を選ぶときは、自分が試されているような気にもなって、途端に緊張してくる。

誰かに本を選ぶことは、その人に似合う洋服を想像し、それをあてがいながら決めていくようなものだ。だからなるべくなら情報は多いほうがよい。普段はどういうジャンルの本を読むのでしょう。小説? エッセイ? 詩には興味がありますか……(詩集は美しい装丁のものも多く、贈り物には最適だ)。その人の年格好や雰囲気も参考にするし、手紙で届いた依頼であれば、筆跡やその人が選んだ言葉などから、まだ見ぬ人物像を想像したりもする。

選んだ本が「正解」だったかどうかは、その人の反応をみれば大体わかる。ぱっと顔がかがやくときは、それがあたりだったという証拠だが、多くてまあ三回につき一回くらい。それ以外は黙っておられるか、うーん、面白そうねと言いながら、遠巻きにして本を眺めているといった感じだ。

 

一度こちらで選んだ本を、あとから慌てて返しにこられた方がいた。病人の見舞いに持っていくということで、〈気持ちが優しくなれる本〉を希望されたのだが、帰って本の中身を読んでみると、確かにいい話だが、内容の一部に〈死〉を感じさせる描写があったのだという。

贈り物には鉄板だと評判の本だったから、こちらもつい安心して渡したのだった。そのときは恐縮してすぐに別な本と交換したが、人に本を選ぶときの怖さと責任を痛感した。

親身になって相手の立場に立たないと、その人にとって何が大切なことなのか見えてはこない。穴があったら入りたいとは、ほんとうにこのことであった。

わたし自身は、どうしてもその本でなければという場合を除き、誰かに本を贈ることは少ない。普通に本を販売しているだけでも、何かを「手渡している」気にはなるので、それだけでお腹がいっぱいということはあるのだろう。

「この前ここで買った絵本、子どもが気にいってずっと離さないんです」

そのように伝えられたときなどはうれしくて、渡したこちらのほうが、何か贈り物を受け取ったような気にもなる。

 

本はあくまでも個人的なものであるから、誰にでも合う本というものは存在しない。だからこそ我々は、少しでもその人に近づきたいと願い、目をつぶるようにエイヤと今日も本を贈り続けるのだろう。

 

今回のおすすめ本

『風をこぐ』橋本貴雄 モ・クシュラ

〈本〉という形で見たい写真がある。怪我をした犬と過ごした12年を撮った写真群は、通して眺めるだけで、その親密な時間に自分も立ち会っているような気にさせられる。

◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBSHOPでもどうぞ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

辻山良雄さんの著書『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』のために、写真家・齋藤陽道さんが三日間にわたり撮り下ろした“荻窪写真”。本書に掲載しきれなかった未収録作品510枚が今回、待望の写真集になりました。

 

◯2025年4月25日(金)~ 2025年5月13日(火)Title2階ギャラリー

「定有堂書店」という物語
奈良敏行『本屋のパンセ』『町の本屋という物語』刊行記念

これはかつて実在した書店の姿を、Titleの2階によみがえらせる企画です。
「定有堂書店」は、奈良敏行さんが鳥取ではじめた、43年続いた町の本屋です。店の棚には奈良さんが一冊ずつ選書した本が、短く添えられたことばとともに並び、そこはさながら本の森。わざと「遅れた」雑誌や本が平積みされ、天井からは絵や短冊がぶら下がる独特な景観でした。何十年も前から「ミニコミ」をつくり、のちには「読む会」と呼ばれた読書会も頻繁に行うなど、いま「独立書店」と呼ばれる新たなスタイルの書店の源流ともいえる店でした。
本展では、「定有堂書店」のベストセラーからTitleがセレクトした本を、奈良敏行さんのことばとともに並べます。在りし日の店の姿を伝える写真や絵、実際に定有堂に架けられていた額など、かつての書店の息吹を伝えるものも展示。定有堂書店でつくられていたミニコミ『音信不通』も、お手に取ってご覧いただけます。


◯2025年4月29日(火) 19時スタート Title1階特設スペース

本を売る、本を読む
〈「定有堂書店」という物語〉開催記念トークイベント

展示〈「定有堂書店」という物語〉開催中の4月29日夜、『本屋のパンセ』『町の本屋という物語』(奈良敏行著、作品社刊)を編集した三砂慶明さんをお招きしたトークイベントを行います。
三砂さんは奈良さんに伴走し、定有堂書店43年の歴史を二冊の本に編みましたが、そこに記された奈良さんの言葉は、いま本屋を営む人たちが読んでも含蓄に富む、汲み尽くせないものです。
イベント当日は奈良さんの言葉を手掛かりに、いま本屋を営むこと、本を読むことについて、三砂さんとTitle店主の辻山が語り合います。ぜひご参加下さいませ。
 

【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】

スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。

『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』

著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト

◯【書評】

『生きるための読書』津野海太郎(新潮社)ーーー現役編集者としての嗅覚[評]辻山良雄
(新潮社Web)

 

◯【お知らせ】

メメント・モリ(死を想え) /〈わたし〉になるための読書(4)
「MySCUE(マイスキュー)」
 

シニアケアの情報サイト「MySCUE(マイスキュー)」でスタートした店主・辻山の新連載・第4回。老いや死生観が根底のテーマにある書籍を3冊紹介しています。

 

NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。

偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。

関連書籍

辻山良雄『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』

まともに思えることだけやればいい。 荻窪の書店店主が考えた、よく働き、よく生きること。 「一冊ずつ手がかけられた書棚には光が宿る。 それは本に託した、われわれ自身の小さな声だ――」 本を媒介とし、私たちがよりよい世界に向かうには、その可能性とは。 効率、拡大、利便性……いまだ高速回転し続ける世界へ響く抵抗宣言エッセイ。

齋藤陽道『齋藤陽道と歩く。荻窪Titleの三日間』

新刊書店Titleのある東京荻窪。「ある日のTitleまわりをイメージしながら撮影していただくといいかもしれません」。店主辻山のひと言から『小さな声、光る棚』のために撮影された510枚。齋藤陽道が見た街の息づかい、光、時間のすべてが体感できる電子写真集。

{ この記事をシェアする }

本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。

バックナンバー

辻山良雄

Title店主。神戸生まれ。書店勤務ののち独立し、2016年1月荻窪に本屋とカフェとギャラリーの店 「Title」を開く。書評やブックセレクションの仕事も行う。著作に『本屋、はじめました』(苦楽堂・ちくま文庫)、『365日のほん』(河出書房新社)、『小さな声、光る棚』(幻冬舎)、画家のnakabanとの共著に『ことばの生まれる景色』(ナナロク社)がある。

幻冬舎plusでできること

  • 日々更新する多彩な連載が読める!

    日々更新する
    多彩な連載が読める!

  • 専用アプリなしで電子書籍が読める!

    専用アプリなしで
    電子書籍が読める!

  • おトクなポイントが貯まる・使える!

    おトクなポイントが
    貯まる・使える!

  • 会員限定イベントに参加できる!

    会員限定イベントに
    参加できる!

  • プレゼント抽選に応募できる!

    プレゼント抽選に
    応募できる!

無料!
会員登録はこちらから
無料会員特典について詳しくはこちら
PAGETOP