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「うつ」の効用 生まれ直しの哲学

2021.09.22 公開 ポスト

「死にたいという気持ち」はただひたすらに聴いてくれる人がいるだけでも救われる泉谷閑示(精神科医)

精神科医であり作曲家である泉谷閑示さんの新刊『「うつ」の効用 生まれ直しの哲学』が発売になりました。本書は長年、精神療法を通して患者(クライアント)に向き合ってきた著者が、うつを患った人が再発の恐れのない治癒に至るために知っておきたいことを記した1冊です。「すべき」ではなく「したい」を優先すること、頭(理性)ではなく心と身体の声に耳を傾けることが、その人本来の生を生きることにつながると説く著者。今回は「死にたい」という心境と、周囲がその感情にどう関わることができるのかについて。

*   *   *

死を望む人の心境

自殺は「うつ」における最大のリスクであり、わが国では毎年二万~三万件台の自殺が続いてしまっており、社会的にも大きな問題になっています。

どのような心理で、人は死を望むようになってしまうものなのか?
死を望む状態の人に、周囲の人間はどう関わることができるのか?

非常に重いテーマではありますが、「うつ」を考えるうえで、決して避けて通れないこれらの問題について考えてみることにしましょう。

多くの場合、「死にたい」と訴えるクライアントは、積極的に「死」を望んでいるというよりは、むしろ、「終わりなく続くように見える苦しみからとにかく解放されたい」という気持ちを強く抱いて、「死にたい」という言葉を口にされるものです

「死にたいなんて、とんでもないことを考えてはいけない」
「死んだら周りの人がどんなに悲しむか、考えてごらんなさい」
「死ぬのは罪であって、人は生きなければならないものだ」
「生きるのはとても素晴らしいことなのだから、死んではいけません」

「死にたい」と告げられた周囲の人は、このような言い方で反応することがとても多いようです。もちろん、どれも「どうにか生きてほしい」という強い願いから発せられた言葉なのですが、しかしこれらの言い方ではその意図に反して、「相手に理解してもらえなかった」という落胆を引き起こし、さらにその人の自責の気持ちを強める結果を招いてしまうことになってしまいます。

それはなぜでしょうか?

「死にたい」という言葉の裏にある気持ち

「死にたい」という気持ちを口にする人は、ほんのわずかでも「ひょっとしてこれを話すことによって何らかの救いが得られるかもしれない」という期待を持っています。だからこそ、言いにくい気持ちであっても思い切って打ち明けているのだ、ということを聴く側は知っておかなくてはなりません

打ち明けている本人は、「死にたい」と思っていることについて、決して罪悪感を持っていないわけではありません。むしろ、そんなことを考えてしまう自分を、執拗に責め続けてさえいるのです。

そんなところに、先ほどのような「道徳的な説教」をされてしまいますと、「道徳的に自分を律することもできないダメな自分」という形で、さらに自己否定を強化する方向に追い詰めてしまうことになるわけです。

このような場合にまず必要なのは、本人の感じている辛さへの「共感」の作業です。「死にたい」という言葉が発せられている時点では、まだ本人が死ぬことを完全に決めてしまっているわけではありません。むしろ、「死にたいくらい辛い」というSOSのメッセージなのです。

ですから、何ら有効な助言などできなくともかまいません。中途半端に口を差し挟まずに、ただひたすらに聴いてくれる人間がいるだけでも、死にたいほどの辛さは少しでも軽くなるものなのです(詳しくは拙著『あなたの人生が変わる対話術』〈講談社+α文庫〉をご参照ください)。

「死にたい」が封じられることの危険

しかし、ひたすらに「死にたい」という気持ちを聴くことが可能になるためには、聴く側の人間自身が「道徳」という規範から自由になっていなければなりません。つまり、「死にたいなんて考えるのは良くないことだ」という一般的な道徳の範疇に留まっている限り、死にたい人間の気持ちに共感することには原理的な無理があるわけです。

私たちは日頃、「死」というものから遠ざかって生活しているために、「死」という言葉を耳にしただけであわてふためき、目をそむけがちです。それゆえ、「死にたい」という苦しみが吐露されてもそれを受け止めきれず、つい「道徳」や「ポジティブシンキング」などを持ち出して、もうそんなことを相手が考えないようにと封じ込めるような応対をしてしまうのです。

厳しい指摘かもしれませんが、先ほど挙げたような応対では、相手のことを思って発言しているように見えて、実は自分が「死」から目をそむけたいという無意識的願望に引きずられた発言になってしまっているわけです。

死にたいと打ち明けた人は、そのような反応が返ってきた場合に、「もうこの人には本当の気持ちを打ち明けるのはよそう」と思って心を閉ざしてしまいます。そして「大丈夫。もう死にたいなんて思わないから」と元気な自分を演じ始めるという、痛々しいことになってしまいかねません。そして、このように「死にたい」を誰にも言えないような状況が作られてしまった場合にこそ、自殺の危険が高まってしまうのです。

関連書籍

泉谷閑示『「うつ」の効用 生まれ直しの哲学』

うつは今や「誰でもなりうる病気」だ。しかし、治療は未だ投薬などの対症療法が中心で、休職や休学を繰り返すケースも多い。本書は、自分を再発の恐れのない治癒に導くには、「頭(理性)」よりも「心と身体」のシグナルを尊重することが大切と説く。つまり、「すべき」ではなく「したい」を優先するということだ。それによって、その人本来の姿を取り戻せるのだという。うつとは闘う相手ではなく、覚醒の契機にする友なのだ。生きづらさを感じるすべての人へ贈る、自分らしく生き直すための教科書。

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「うつ」の効用 生まれ直しの哲学

『仕事なんか生きがいにするな』『「普通がいい」という病』の著者によるうつ本の決定版。薬などによる対症療法ではなく再発の恐れのない治癒へ至るための方法を説く。生きづらさを感じるすべての人へ贈る、自分らしく生き直すための教科書。

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泉谷閑示 精神科医

1962年秋田県生まれ。精神科医、作曲家。東北大学医学部卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院、(財)神経研究所附属晴和病院等に勤務したのち渡仏、パリ・エコールノルマル音楽院に留学。帰国後、新宿サザンスクエアクリニック院長等を経て、現在、精神療法専門の泉谷クリニック(東京・広尾)院長。著書に『「普通がいい」という病』『反教育論』『仕事なんか生きがいにするな』『あなたの人生が変わる対話術』『本物の思考力を磨くための音楽学』などがある。

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