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「うつ」の効用 生まれ直しの哲学

2021.08.04 更新 ツイート

「~すべきだ」「~してはならない」という「頭」の支配が「心」を抑圧していく 泉谷閑示

精神科医であり作曲家である泉谷閑示さんの新刊『「うつ」の効用 生まれ直しの哲学』が発売になりました。本書は長年、精神療法を通して患者(クライアント)に向き合ってきた著者が、うつを患った人が再発の恐れのない治癒に至るために知っておきたいことを記した1冊です。「すべき」ではなく「したい」を優先すること、頭(理性)ではなく心と身体の声に耳を傾けることが、その人本来の生を生きることにつながると説く著者。今回はうつに対する思い込みを解体するお話です。

*   *   *

(写真:iStock.com/chachamal)

──心の弱い奴が、「うつ」になるんだ。

──「病は気から」なんだから、強い精神力があれば「うつ」になんかなるはずはない。

こんな考えを持っている人は、いまでも決して少なくありません。実際に「うつ」のクライアントの周りにいる同僚や上司、またご家族などでも、表向きはそうでなくとも、内心ではこんなふうに思っている方も少なくないのではないでしょうか。

しかし、ほかの誰にも増してこのように考えているのは、当のクライアント自身です。ひたすら「弱い自分」「ダメな自分」を責め続け、空回りし、状態を自ら悪化させてしまっています。これはいわば、「へたった馬に、鞭をひたすら打ち続けている」ような状況です。

それにしても、はたして本当に心が弱いということがあるのでしょうか? また、精神力というものの実体は何なのでしょうか? そして、それは「うつ」とどんな関係があるのでしょう?

そこでまずは、「心」や「精神」という言葉で私たちが漠然と指しているものを、一度きちんと整理してみるところから始めてみましょう。

人間を理解するために必要な「頭」「心」「身体」の関係

私たち人間の仕組みを、普段使い慣れている「頭」「心」「身体」という三つの言葉を使って説明したいと思います。

最近は脳ブームの時代ですから、「『頭』とか『心』と言っても、そんなの全部『脳』のことだろう?」と思う方もあるかもしれません。

確かに、大脳生理学的に言えば「新皮質」「旧皮質」といったような分け方をすべきかもしれませんが、私がこれからお伝えしたいことを説明していくうえでは、それは必ずしも使い勝手が良くありません。むしろ、皆さんが日常的に使い慣れているこの「頭」や「心」という言葉のほうが、きちんと定義づけして用いさえすれば、意外に奥行きがあって、人間のからくりを理解するためには大変有用なツールなのです。

不安な感情は、「心」ではなく「頭」が生んだもの

基本的に動物は、「心=身体」のみでできていると考えられます。文字通り「一心同体」で「心」と「身体」はつながっています。ですから、決して「心」と「身体」は、矛盾したり対立したりすることがありません。喉が渇けば、水を飲みに行く。眠くなれば、寝る。実にシンプルです。

しかし、そこに進化の過程で「頭」という部分がどんどん発達してきて、人間というものが誕生しました。この「頭」は、物事の効率化を図るために発達してきた部分です。一度うまくいったことをもう一度うまくやるとか、一人が見つけた獲物の居場所を仲間に知らせるとか、つまり、「二匹目のドジョウ」を狙うための機能を果たす部分なのです。

「頭」は理性の場であり、コンピュータのような働き、つまり情報処理を行う場所です。ここでは主に、記憶・計算・比較・分析・推測・計画・論理思考などの作業が行われます。

「頭」はシミュレーション機能を持っており、「過去」の分析や「未来」の予測を行うのは得意ですが、「現在」を把握することが不得手です。そのため、「いま・ここ」を生きることはできません。ですから、「過去」の後悔や「未来」の不安などシミュレーションに基づいて引き起こされる感情は、「心」由来ではなく「頭」由来なのだということになります。

また、「頭」は、must や should の系列の物言いをするのが特徴です。「~すべきだ」「~してはならない」「~に違いない」といった感じです。そして、「頭」は何でもコントロールしたがるという特徴があります(そもそも「頭」の目指す効率化ということは、うまくいくように事象をコントロールすることにほかなりません)。

「頭」によるコントロールの鉾先は、外界の事象に向けられるだけでなく、自分自身の「心」や「身体」にも向けられます。「頭」と「心」の間には蓋のようなものがありますが、「頭」が「心」にコントロールを加える時にはこの蓋を閉め、「心」からの発言を遮断してしまいます。そうすると、「頭」vs「心=身体」という二つの自分に分かれてしまうことになります。

人間に生ずるさまざまなトラブルは、すべてこの内部分裂や両者の対立によるものなのですが、「うつ」のからくりを解く鍵も、まさにここにあるのです。

「頭」は「心」を見下している

さて、一方の「心」とは、感情・欲求・感覚・直観が生み出される場と定義されます。先ほどの「頭」は「過去」と「未来」を得意としていましたが、「心」のほうはもっぱら「いま・ここ」つまり「現在」に焦点を合わせます「頭」の計画性とは対照的に、「心」は自在な即興性を備えた場所です

「心」が使う言葉は、want to や like の系列で、「~したい」「~したくない」「好き」「嫌い」などです。「頭」のように論理的思考を行いませんから、決して理由をくっつけた物言いをせず、いきなり結論だけを言ってくるのが特徴です。しかし、それは理由がないからといって決してデタラメなのではありません。

「心」はそもそも、「頭」とは比べものにならないほど高度な知性と洞察力を備えていて、直観的に対象についての本質を見抜き、瞬時に判断を下します。しかし、その判断があまりに高度で、その理由も一々は明かされないので、情報処理という不器用なプロセスを必要とする「頭」には、ほとんど解析不能です。

ただし、近代以降の人間は「頭(理性)」の思い上がりが強くなってきているので、「頭」は「心」の出した結論を「気まぐれで当てにならないもの」と決めつけ、却下してしまう傾向がありますそして、これが人間のさまざまな不自然さや病を引き起こす原因の根本にあるのではないかと考えられます。天気予報が外れた時に「予報は正しいのに、天気のほうが気まぐれなんだ」と考えるような本末転倒が、私たち現代人の内部では日常的に起こっているのです。

関連書籍

泉谷閑示『「うつ」の効用 生まれ直しの哲学』

うつは今や「誰でもなりうる病気」だ。しかし、治療は未だ投薬などの対症療法が中心で、休職や休学を繰り返すケースも多い。本書は、自分を再発の恐れのない治癒に導くには、「頭(理性)」よりも「心と身体」のシグナルを尊重することが大切と説く。つまり、「すべき」ではなく「したい」を優先するということだ。それによって、その人本来の姿を取り戻せるのだという。うつとは闘う相手ではなく、覚醒の契機にする友なのだ。生きづらさを感じるすべての人へ贈る、自分らしく生き直すための教科書。

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「うつ」の効用 生まれ直しの哲学

『仕事なんか生きがいにするな』『「普通がいい」という病』の著者によるうつ本の決定版。薬などによる対症療法ではなく再発の恐れのない治癒へ至るための方法を説く。生きづらさを感じるすべての人へ贈る、自分らしく生き直すための教科書。

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泉谷閑示 精神科医

1962年秋田県生まれ。精神科医、作曲家。東北大学医学部卒業。東京医科歯科大学医学部附属病院、(財)神経研究所附属晴和病院等に勤務したのち渡仏、パリ・エコールノルマル音楽院に留学。帰国後、新宿サザンスクエアクリニック院長等を経て、現在、精神療法専門の泉谷クリニック(東京・広尾)院長。著書に『「普通がいい」という病』『反教育論』『仕事なんか生きがいにするな』『あなたの人生が変わる対話術』『本物の思考力を磨くための音楽学』などがある。

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