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月が綺麗ですね 綾の倫敦日記

2021.08.06 更新 ツイート

嫌いだったショッピングモールの魅力がはじめてわかった 鈴木綾

Photo by Stefen Tan on Unsplash

先週、ニューヨークタイムズでとてもいいコラムを読んだ。

 

心理学者の著者によると、コロナ蔓延が収まっていく中で私たちが元気と幸せを取り戻すためには「集合的沸騰」が最も重要なのだそうだ。

「集合的沸騰」なんて滅多に耳にしない。フランスの著名な社会学者、エミール・デュルケームが考えた学問的な表現だそうなんだけど、調べてみると意味はそう難しくない。

友達とクラブで踊ってる時に感じる幸せは「集合的沸騰」。スポーツバーで人とサッカー試合を見て支援しているチームが勝つ時に感じるわくわく感は「集合的沸騰」。スポーツ観戦、コンサート、同じ場所でみんなで同じことに熱狂し感動するときに感じる一体感が「集合的沸騰」。

ウイルスのように(って言うと不謹慎だけど)、人間の幸せ、興奮、熱狂には感染力がある。人間はそう言う「みんなで一緒に感動する」「みんなで一緒に興奮する」瞬間に惹かれる。

言うまでもなく、人と交流するのが禁止された外出制限の間、「集合的沸騰」を感じる機会はなかった。これは「コロナ・ブルーズ」の原因の一つだ。

当たり前だけど、人間は社会的動物。他の人と切り離されたままで生きていくことはできない。

だから私も最近、在宅勤務を避けて、できるだけオフィスに行こうとしている。

会社がコーワーキングスペースにオフィスを持っている。このコーワーキングスペース会社はロンドン市内に何カ所もスペースを持っていて、会員であればどこを使ってもいい。ふだんは家に近い東のほうのスペースに行っているけど、この間気分転換にロンドンの反対側にあるオフィスに行ってみた。このオフィスはイギリス全国一番大きいショッピングモール、ウェストフィルドから歩いて5分。

「モール行かない?」

お昼に同僚にご飯に誘われた。

このコラムを読んでくれている人たちには伝わっているかもしれないが、私は大型商業施設に行くようなタイプではない。大量消費が大嫌いだし、モールで買えるような大量生産された商品を絶対買わない。むしろ、職人が作った、世界に一つしかないようなものが好き。あるいは中古のもの。

「モールかあ……」と思いつつ、ここまで来て一人のランチもどうかと思って同僚の誘いを受けた。

すると、2年ぶりに行ったモールは思いの外最高だった。何十メートルもある高い天井から光が差し込んできて、白い床に反射した。お店は無限にあって、携帯の小さな画面でネットショッピングになれた私にとって、商品を買う前に本物に触れて見れることが最高の贅沢のように感じた。ネットショッピングの場合だと、ウインドウショッピングしながら「あ、これ、意外といけるんじゃない」なんていう楽しい発見はない。モールには山ほどの新しい発見とワクワクがある。

実際、モールで歩いていた人はみんな幸せそうだった。幸せそうなお母さんたちが子供たちにおいしそうなアイスを買ってあげていた。みんな綺麗なものを買っていた。みんな写真を撮っていた。別に熱狂もすごい興奮もないけど、モール全体に「幸せの一体感」が満ち溢れていた。

これも「集合的沸騰」の一つなんだろうな、と思った。

ロックダウンの間、人はバラバラになっていた。だからバラバラな人たちに届けるサービスーアマゾン、出前、一人でパソコンで見られるネットフリックスが繁栄した。そもそも近年生まれた「便利」なイノベーションは一人一人で消費できるもの、家で消費できるものが多い。ロックダウンはこの傾向を一気に加速させただけ。

他方で「ショッピングモール」という存在は一昔前の「便利」を代表している。その時代、便利というのは「統合」「一体化」を意味してて、モールのようにお店やサービスを一つの場所に統合させた施設は便利だといわれた。

でも、このサービスを使うために、人は移動しなければいけない、人は一つの場所に集まらないといけない。

ネットの通販サイトは、この「モール」をネット上で展開したもの。要するに「バーチャルモール」。家に居ながらにして何でも欲しい買い物ができるショッピングモール。

でも、考えてみると、ショッピングモールってずっと昔からある。バザールとかマルシェってそれでしょ。お店が集まって、そこに市が立って、みんなが集まって、物を売ったり買ったりして、人と人の交流が生まれて、人がつながって、活気が生まれる。

そう。人が集まる、そこに人のつながりとか一体感が生まれるってのが大事。人がバザールやショッピングモールに来るのは、買い物したいからだけじゃないんだ。

アラブ系の彼は何度も「僕はアラブ人でアラブ人はショッピングモールが大好き」と宣言している。
たしかにドバイに世界最大のショッピングモールがある。外の居列の熱さを避けて石油の利益を使うためにモールより優れている存在はない。

モールには何でもあって、日本好きの私の好みのお店がある。お昼は「イチバ」という和食堂兼日本スーパーで食べることにした。品揃えはたいしたことなかった(ポッキーだとか抹茶キットカットだとか、海外で大人気の日本のおやつ程度)けど、ちゃんとしたイートイン・スペースがあって快適だった。

油ものに目がない同僚にカツカレーを紹介した。うまいうまいと彼がぱくぱく食べてくれた。カツもカレーも普通だったけど、久しぶりに病院だとか学校の食堂で出てくるような、つまり「そこまではおいしくないけどそこそこほっとする」カレーを食べて結構感動した。そんなことを英語で説明しようとしたけど同僚には絶対に通じないからやめた。

そこでランチを食べる日本人家族も多かった。味がそこそこ評価されているだろう。

食べ終わったら、同僚はお茶目に笑った。

「綾は日本が好きだからもう一つ見せてあげる」

さらにモールの奥に進んだ。

両側に並ぶお店の中に、店になっていない、小さな売店みたいなところがいくつかあった。同僚はその一つに案内してくれた。「Little Moons」のお店だった!

「Little Moons」はイギリスの餅アイスクリームのブランドで、スーパーなんかではなかなか手に入らないほど人気がある。ロンドン市内のスーパーのアイスはバニラやチョコレート以外の味はほとんどないけど、モールのお店には7、8種類も味があった。抹茶、チョコレート、パッションフルーツ、バニラ、キャラメル、ピスタチオ、そしてなんと「フィッシュ・アンド・チップス」。まるまるの餅ボールたっぷりのやつを頼んだら、お店のお姉さんがおまけで「フィッシュ・アンド・チップス」を一個無料で付けてくれた。中はチョコチップアイス、要するに「チップ」だけど、餅の皮が揚げたさかなの皮のような味がする。残念だけど不味かった。

モールがよすぎて仕事が終わったあと、モールのスタバに戻ってこの原稿を書き始めた。日本では人がよくスタバで仕事したり勉強したりしているからね。おいしいラテをちょびっと飲みながら何時間もゆったりスタバでパソコン作業するのはなんとなくほっとする。

残念ながらイギリスのスタバは仕事したり勉強したりするためにできてなくて、どこも騒がしい。それでも隣でスナップチャットにセルフィーを乗せていた女子高生の会話を盗み聞きするのは楽しかった。

トイレに行ったらとなりで手洗っていたおばさんに声かけられた。トイレで他人から声かけられたりするのは相当珍しい。

「石けんないですね」と彼女は笑って言った。「そのくらい人が多いってことですね」

でもニコニコしている表情からすると、彼女はそんなに石けん不足を厄介だと思っていなかった。彼女はきっとモールの「集合的沸騰」に酔っていたに違いない。

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月が綺麗ですね 綾の倫敦日記

イギリスに住む30代女性が向き合う社会の矛盾と現実。そして幸福について。

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鈴木綾

1988年生まれ。6年間東京で外資企業に勤務し、MBAを取得。現在はロンドンの投資会社に勤務。2017〜2018年までハフポスト・ジャパンに「これでいいの20代」を連載。日常生活の中で感じている幸せ、悩みや違和感について日々エッセイを執筆。日本語で書いているけど、日本人ではない。

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