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フィンランドで暮らしてみた

2021.07.16 更新 ツイート

フィンランドから旅してみた!

滅多に笑わない美人の笑顔を拝みたい 芹澤桂

そもそも私がスコットランドを繰り返し訪れることになったのは、学生時代の英文学の教授が彼の地の北西部に位置するスカイ島を「この世のものと思えない」と表現しており、これは行ってみねばとイングランド滞在中に立ち寄ったのがきっかけだった。

その後も何度かUK、アイルランドと合わせて訪れるうち、夏でもなかなかカラッと晴れてくれない空に、滅多に笑わない美人さんの笑顔を求めるような気持ちで通いつめ、次に行ったときこそはすっきりした青空が見えるんじゃないか、見えたらさぞ美しいんじゃないかと期待し続けているのである。

 

が、夫を引き連れていざ上陸したときも、やっぱり天気はパッとしなかった。

ウィスキーの蒸留所巡り

イングランドとの国境の向こう側にあるハドリアヌスの長城を見に行ったときも、天気は曇り。

三角形が珍しいカラバロック城を見物をしたときも、曇り。

城好きとしては青空をバックに城壁や外堀の最高の写真をカメラに収めたいのに、滅多に来られない城に限ってついていない。

それなのにスコットランド西側にあるアイル島にて夫に合わせてウィスキーの蒸留所巡りを始めた時はどういうわけか雲がすっとひき、暑いほど日が照ってくるから不思議なものである。

(せっかくのお城もどんより雲が背景)

アイラ島では蒸留所3軒を回った。この小さな島はピート香のあるウィスキーで知られ、アードベッグ、ラガヴーリン、ラフロイグ、ブルックラディなど世界でも有名な銘柄の蒸留所のいくつかは、観光客でもふらっと立ち寄れるようになっている。

試飲も低額で何種類かを飲み比べられ、ウィスキー好きにはたまらない。

私は日本を代表する下戸といっても過言でないぐらいに飲めないけれど、各種お酒の味は好きなのだ。体がそれを分解できないだけ。

ワインも日本酒も焼酎もブランデーも、夫に付き合って蒸留所を世界各地で巡るうちに、香りと、舌先にほんの少しつけたときの感覚だけで楽しめるようになった。試飲の量でも飲み下すと酔う。夫曰く、経済的酔っ払い、なのだそうである。

というわけでここアイラ島でもそんな風にスモーキーなウィスキーを舐めつつ、起伏の少ない島を歩いてまた次の蒸留所に行き試飲して、お気に入りが見つかったら買って、という飲兵衛ウォーキングを満喫した。

量は楽しめないながら香り高いウィスキーは香水にしたいと思うぐらい魅力的だったし、潮風に吹かれてめったに拝めない青空を文字通り拝むように巡礼する島旅はようやく休暇らしくなってきた。

と、いうのに。

そして大雨がやってきた

(スカイ島)

その翌日、あわただしくスカイ島へ向かいさらに蒸留所を巡った。数年前に初めて訪れた時と同じくどんよりとした曇り空が戻ってきて、よく知っている暗い空におかえりと言われているようでぞくぞくした。

それでも起伏のある地をたまに照らす筋状の日光はそれはそれで美しいものがあった。前回はバスで通りがかっただけのアイリーンドナン城も見物することができたし、ネッシーで有名なネス湖のほとりに位置するアーカート城は私には二度目ながら夫を連れてきたい場所のひとつだったので、念願が叶い熱を入れて案内をした。

このあたりでようやく夫も、城好きによる城解説、私の場合は歴史がどうのというより何を見ると面白いか、を聞いて、私がなぜそんなにスコットランドにまた行きたがっていたか納得したようである。城そのものにもいちいち頷いて感心するようになった。考え方が柔軟な伴侶を持つと人生が楽しい。

スカイ島ではフィンランドではあまり見かけない塩サバと大好きな生ガキを、ウィスキーと一緒に堪能してからスコットランド本島に戻って、またテント泊の準備にとりかかった。

テントで眠るのも通算4泊目だったので、私はすっかり一人でテントを立てられるぐらいには手慣れていたのだけれど、このとき強い風が吹き始めた。

一風変わったキャンプ場で、通路を中央に段々畑のような家1軒分ぐらいの区画が左右に3段ずつ、つまり計6区画あり、その横に公衆トイレ然としたトイレとシャワーの小屋が付いているだけの場所だった。スタッフもおらず、支払いは翌朝集金に来ると小さい掲示板に張り紙が出ている。他のテントは3張りほど。

小さいキャンプ場では珍しくはなく、オフラインで使えるUKキャンプ場マップを手掛かりに、その日その時間の位置によって眠る場所を選ぶとたびたびこういう隠れ家のような、どの村にも属していないようなところが見つかる。予定に左右されない旅は気楽で楽しかったのだけれど、それがあだになった。

強く吹いていた風が生暖かく湿ってきた。日本ではおなじみの、夕立前のあれだ。

案の定テントにポールを通し、よっこいしょと起こして地面に固定する前に、大粒の雨が降り出した。空は暗い。18時前だったと思うが、ほぼ夜のような暗闇。なんでもいいから早くテントを立てて雨に濡れないテントの中に潜り込みたいところである。

ところが夫が、こっちの方が風があまり強く当たらないかも、などと段々畑の区画を降りて、テントの場所を変更しようと提案してくる。

私に言わせれば、同じテント場の中の数メートル先かどうかなんてほぼ同じ。大なり小なり雨も風もあたる。私は大雑把な性格なのだ。

しかし夫は正反対、いつも、少しでもベターな、もっと言うとベストオブベストを選ぼうと躍起になる。例えばネット上の買い物での決断には私の30倍ぐらいかけて各種レビューを各種プラットフォームにて各種言語でチェックする。そうやって絞り込んだ候補商品5種類ぐらいをさらにじっくり見比べるという、待つのが嫌いな私が傍から見ていらいらするプロセスが必要なのだ。

(嵐の前のなんとやら)

そしてポールが折れた

このときも私はいらいらした。なんでこの強風のなか、超軽量のテントを風で持っていかれそうになりながら移動してまでベストを選ばなければいけないのだ、と。なので私が立てかけたテントの反対側を夫が持って動こうとしたとき、ちょいとまずは議論を、と手が抵抗した。

その矢先に、テントの中心を支えるポールが折れた。

軽くても丈夫なはずのアルミポールが、それはもう壊れましたといわんばかりにぽっきりと折れた。

テントキットの中にはポールが折れた際に使う補修部品が入っている。筒状で、折れた個所を覆いポールをまっすぐに保てるようになっている。しかしそれを使うと肝心のテントの中にポールが入らない。サイズが違うようである。おまけにポールがテントの中で折れた際、テントの屋根部分の布、スリーブに穴も開いてしまった。

雨と風に打たれテントの修繕を試みるも暗く適した部品もなく、このままではかろうじてテントを立てられたとしても雨漏りする。諦めて私たちはすっかり濡れたテントを強風の中でどうにか畳み、車に戻った。

毎日テント泊する、というルールを捨て、今夜の宿をひとまず探すためだ。

暗い海沿いの道を走らせてしばらくすると村が現れた。漁村だろう。小さい船が何艘か停まっている。歩いている人は見当たらず、UKのどの町にもあると言われているパブもない。ただし道路沿いに、B&Bと手書きで書かれた看板が丘の上へ続く坂道を指している。こんな辺鄙な村にも宿はあるのだ、万歳。

そして年上キラーが頑張った

B&Bと小さい看板を掲げるドアの呼び鈴を鳴らすと小さなご婦人が出て、今日はあいにくやっていないの、と申し訳なさそうに教えてくれた。キャンプじゃないんだからこんな時間から宿が簡単に見つかるわけがない。次の村へ行こうとすると、そのご婦人がちょっと待って、と電話をかけてくれた。ご近所で同じようにB&Bを営んでいるお友達がいるという。

ご婦人は電話が終わると、空いているみたいだから案内するわと道まで出てくれ、この先にあるから、と教えてくれた。私と夫は値段も聞いていなかったのに今更断りづらくなってきたぞ、と別の意味でどきどきしながら、そのもう一軒の宿へと向かった。

暗くて周囲はよく見えなかったけれど、また別の、隣の丘の上にその宿はあった。外壁に明かりが灯り、ベッドアンドブレックファスト、と出ている。ベッドなんて、朝食なんて滅相もありませんから屋根があるだけでありがたい、と言いたくなるような天気がここでも続いていた。雨は止んではまた降り始める。

宿の主はやはり妙齢のご婦人で、丸顔に眼鏡、気さくな方だった。

電話を受けて玄関先で待っていてくれ、雨に濡れてテントが壊れたという私たちの境遇を「まあなんてかわいそうに!」と嘆き、空き部屋はあるからどうぞという。

こわごわと値段を聞くと2人で70ポンド。毎晩その半額以下で寝泊まりしてきた身にはぜいたくだけれど、宿としては無難な値段だ。私なら即言い値を支払うだろう。

しかし夫が、「持ち合わせはそんなになく予算の上限は50ポンドなんですけど……」と困ったように言う。

夫は、実は年上キラーだ。特に人目を引く顔立ちというわけではないけれど、男女問わず、特に年上の女性にはとにかくかわいがられるタイプ。

このときも、私はそんな予算が存在することさえ知らなかったというのに、そして別に生活に困るような立場でもなかろうに、宿の女主人に「そう、仕方ないわね……。じゃあ60ポンドでいいわ」と言わせてしまった。「他のお客さんには内緒でね」とウィンクまで。これ絶対、私が値切り交渉してもだめだったはず。

かくして私たちは何日ぶりかの屋根と、ふかふかのベッドと、濡れたテントを屋根付きガレージで乾かせるという恩恵に恵まれたのである。

続く。

(少し日が照るだけでこんなにも美しい)
(雨がよく降るので、虹もよく出る)

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芹澤桂 小説家

1983年生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業。2008年「ファディダディ・ストーカーズ」にて第2回パピルス新人賞特別賞を受賞しデビュー。ヘルシンキ在住。

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