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夜のオネエサン@文化系

2021.06.11 更新 ツイート

オダギリジョーに身構えるアラフォーたちのオチ~大豆田とわ子と三人の元夫 鈴木涼美

今でこそ、「コロナでリモートワークやってみてさ、結構仕事ってどこででもできるなって思って、なんか高い家賃払って都心の狭い1LDKなんて住む必要ないなとつくづく思うんだよね、なんか鎌倉とかにプチ移住したいなぁ。そういえばミドリ(涼美ちゃんの本名)の実家って鎌倉だったよね、どう思う?」なんてしれっと聞いてきて、なんだかすごく素敵な場所に実家があってラッキーな人みたいに扱ってくる高校の友人たちだが、17歳の時の彼らが「おはよー、ミドリ昨日の大雨大丈夫だった? 村ごと流されなかった?」と我が地元を散々ど田舎扱いしていたことをねちっこい性格の私は忘れていない。

 

港区の高校では当然の如く鎌倉市民なんていうのは学年有数の田舎者だったし、実際高校生に必要なもの(朝までやってるファーストフードとかプリクラとか109とかソニプラとか)は何一つ揃っていないし、私だってできれば別に高級住宅地じゃなくていいから、山手線の内側に住んで、クラブイベントの後にいちいち友人の家に泊まってオバサンとかに気を遣って菓子折り持っていくような生活から抜け出したいとは思っていた。

そして私もやはり、今となっては鎌倉で、午後にゆっくり庭でとれたハーブでお茶など入れながら広いソファで居眠りして、庭にロッキングチェアなど置いて栗鼠とかセミとか見ながらうたた寝して、たまにゴザ持って海まで行って昼寝して、夜は暗くなったら電気を消して窓から星を見てガン寝する生活もいいかなと思っているので、人の好みや性格なんて変われば変わるものだとつくづく思う。

ちなみに学生の頃の私の希望の人生は、とりあえず30歳くらいになって仕事の後輩の女の子に、「先輩、その指輪素敵ですね」とか「例のお金持ちの恋人からの贈り物ですか?」とか言われて、「ああこれ? 自分で買ったよ、2億円くらいだったわ。男にもらったもの四六時中身につけてるのって好きじゃないのよ」と言ってみたい、という程度のプランでしかなく、当時想像していた30歳というのは大体今現在の藤原紀香くらい熟成されていて、家事は綺麗なネイルが剥げるからホテル暮らしで、冬は寒いから南国で過ごしているようなイイオンナだった。30歳がもはや記憶もまばらなほど前に終わってしまったのだけど、少なくとも30歳の時に、当時想像していたような、そんなフザけた口調になっていなかったことは確かだ。

17歳の私に、20年経って37歳になっても、トイレクイックルがきれているからってトイレットペーパー重ねてトイレマジックリンつけて便座の裏を掃除していることとか、東京の寒い冬をあと20回も越さないといけないこととか、2億円の指輪は多分一生自分では買えないし特に男にもらうこともないであろうことを告げたらさぞかし残念がるだろうが、その代わり、ネイル技術が進化し、家事をしても仕事をしても割れにくい素材ができるし、自分の技術も進化してどんなに長い爪でも米もとげるしパソコンも打てるようになるし、ユニクロの技術も進化してヒートテックという冬の味方が発売されるし、2億円の指輪なんてなくても結構人生は楽しいということを耳打ちしてあげたい。

2億円ではない上に、コロナ禍ですっかりデブになって石鹸つけないと抜けないのだが、私は左手の中指に一つ、右手の薬指に二つ、つけっぱなしにしている指輪がある。2億円ではないものの、私のアクセサリーにしてはそこそこ高いやつ(他につけるのはピアスくらいで、ピアスは大体、同じく独身で暇を持て余して貴和製作所のハンドメイド講座に通っていた器用な友人がたまに作ってくれる試作品)で、3本とも左手の薬指のサイズに合わせて昔の男たちが買ってくれた縁起の悪い指輪である。なんで縁起が悪いかっていうと、プロポーズじみた言葉とともに指輪を贈られてみたものの、直後に男の膨大な借金が明らかになったり、深酒すると道に止まっている自転車を次々放り投げるような癖があったり、フライパンで後頭部を殴ってきたりして、どの指輪ももらってから半年以内に贈り主とは別れているからである。

もともとそういう男だったんだろうけど、指輪をはめるとすでに子飼いにした気分になるのか、いい男を取り繕う気力すらなくなるようなので、何一つ当たっていない高校時代の私も、男にもらったアクセサリーなんてつけるもんじゃないという感覚だけは正解だったような気もする。とりあえず、10代の頃に持っていた女としての矜持などとっとと忘れて男に指輪もらってウハウハするような人間に成り下がった私は、それが災いしてなのか単にいい男に指輪をもらうほどいい女じゃなかったのか知らないが、特に指輪のその先までは行きつかず、単につけっぱなしにするにはちょうど良いシンプルな装飾品を増やしただけで終わっている。

もうすぐ最終回のドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」で松たか子演じる主人公の会社社長は、私のようなパンピーの独身が及ばないもっと強者で、3回結婚して3回離婚し、割と本質をつくタイプの娘とともに、それなりに冷めて、それなりに熱い日常を送る。亡くなった母のパソコンを開くパスワードが分からなかったことから3人の元夫に一気に連絡を取るところから幕を開ける物語では、その3人がお互いチクチク嫌味を言いつつ何故かしょっちゅう一緒に飲む元夫同盟のような仲良しになっていて、一応独身の松たか子はいまだにしゅっちゅう関わってこようとする元夫たちに手を焼きながら、新しい恋にも門戸を開いてちょこちょこ仕事関係の人とデートをしてみたりもする。

台詞のウイットや絶妙なキャスティングも見どころなこのドラマ、私的なキモは、この世にある嫌なことが大小問わずにバンバン提示されて、こっちも嫌だけどこっちの方がちょっと嫌かもの積み重ねの先に、より大きな問い、孤独か面倒か、という問題に接続されていくところである。網戸が外れるとか、潮風がベタベタするとか、ソースがはねるとか、夫が自分の他に好きな人がいるとか、夫の器が小さいとか、夫の質問がせせこましいとか、上の棚からパスタが落ちてくるとか、娘の自立心がありすぎるとか、社長に就任してから建築士としての仕事ができないとか、取引先がパワハラだとか、かと思えば社内では自分がパワハラパワハラと騒ぐ側ではなく若い社員に騒がれる側になっていることに気づくとか、そういう生きていてメジャーに遭遇する嫌なことが細かく描写されていき、ではこっちの嫌なことを引き受けてでも避けたい嫌な事態とは何なのかとついつい考え込んでしまう。別に一人でも生きていけるけど、という松たか子自身が何度か呟く台詞、そしてその前置きの後にくる正確な結論が未解決の台詞は、仕事して都会に生きる私たちも何度口にしたか分からないようなセリフでもあり、そしてやはりその前置きの後にくる正確な結論が未解決のままでもある。

松たか子というとロンバケ・ラブジェネ世代のこちらとしてはどうしたって青春の顔役の一人なので、その彼女がパワハラを告発される側になっていることに、自分らの境遇も重なって、しかも別にものすごく仕事に生きようという気概がないのにすくすく出世しちまったあたり、私の周囲の独身女子たちも非常に身に覚えがあるようで、特にオンナたちには大変好評なドラマである。そして、松田龍平演じる、存在自体がナチュラルにモテる上にオンナを拒絶しないせいで、周囲のオンナを不必要にヤキモキした気持ちにさせる男なんていうのは、私たちの多くが若い時分に一度は引っかかった記憶もあるわけで、ああそうそう、こうやって「いや、君が喜ぶからそう言ったんだけど」的な間違ったサービス精神によって胸が破裂して路肩で泣いたり殴ったりして醜態を晒した夜もあったよねなんて細い目で見てしまうのでした。

さて、孤独か面倒かという大きな問いを抱えたまま迎えた終盤、オダギリジョーが登場して再びドラマは何かと盛り上がる展開を見せるのだけど、松田龍平の好演に十分身構えていたアラフォー視聴者が、オダギリジョーの顔を見ただけでさらに3倍身構えるこの習性はなんなのだろうか。ラブコメにおける彼は「南瓜とマヨネーズ」の当たり役の印象が強く、絶対好きになったらダメだけど絶対好きになるタイプの男がいるとしたらきっとこんな顔だろうと思うからだろうか。とりあえず今回の役所はかなり変な設定ではあるものの、やっぱりきっと、私たちはこういう男が好きで、こういう男を好きだからダメなんだよとも思う好配役だった。

かっこいいのハードルが低い私なんかは、テレビをつけるとNHKのアナウンサーだろうが男子バレーの選手だろうが関取だろうが若手俳優だろうが、大体みんなかっこいいと思うので、この世にイケメンなんていくらでもいると思ってるし、別に特別オダギリジョーのファンでもないし、顔面が超タイプってわけでもない(全然松田龍平のが好きだ。大島渚が撮った松田龍平のデビュー作は腐女子心に深く刺さった)のだけど、それでもやっぱり彼が登場すると、頭の中に、むかし井上陽水が篠原涼子に提供した楽曲「ダメ!」が流れて、急いで逃げて部屋に入らなきゃいけないのに鍵が鍵穴に入らないみたいな気分になる。

セックス・アンド・ザ・シティにしろブリジット・ジョーンズにしろ、ラブコメ名作は本筋というより散りばめられた細かい恋に、色々と綺麗なオチがつく。これもまた高校生の頃は、ドラマってよくできているなと流していたのだけど、現実界でも細かい恋には実に綺麗なオチがつくもので、今年に入ってからだけでも、友人の一人は、運命の人かも! この人のために禁煙する! と言っていた相手が、酒を飲んだらとんでもない闇の告白をしてきてあげく殴られたなんて話をしていたし、もう一人は最近すっごくいい感じの人がいるのって言っていた相手に、宗教の勧誘されたんだけどーと言っていたし、さらにもう一人、離婚直後ではあるけどすっごく素敵な人なの! と言っていた相手の、離婚したはずの妻が里帰り出産から帰ってきたと言っていたし、話を聞いているこちらとしても、今回のオチはどんなことなんだろうと思って聞いている。

で、本作も1回目の放送から、素敵な男性が詐欺師だったみたいなオチがついてそして地球とドラマは回るのだけど、オダギリジョーがちょっと重要人物であるのは、オチがオチで終わらない展開があるからだ。オチ、オチと言うとなんだか笑えるけど、オチって実は傷のことなんだから、オチを重ねてきた私たちはそれなりに満身創痍なのである。だから自分のなけなしの自尊心を守るためにも、もうそろそろオチのない話しようよ、なんて思っているのだけど、実際に重要なのは、オチがないことではなくて、オチのその先に何か紡げる物語があるかどうかなのかもしれない。オチがついてしまったのだから、当初の予定とは変わるけど、オチをオチにせず関係性の関節にするような技量が育てば、オチは傷にならないのだろうか。考えてみればこのドラマ、すでに3人の元夫とは強烈なオチがついているところから始まるわけで、ドラマ自体が、オチのその先に重要な可能性があることを示唆している気もする。

孤独か面倒か、網戸の面倒か男の面倒か、という問題に、綺麗さっぱりな結論なんてつかないだろうけど、それでもやるべき仕事はあるし、地球は丸いし、死んでないので、とりあえず嫌なことの取捨選択を迷いながらも生きていくこととなる。そう、松たか子に大きな仕事があることはどう考えても男の問題をしばらくペンディングにしたり、喪失感に折り合いをつけたり、ちゃんと毎朝化粧したりすることにおいて重要なわけだから、「これ? 2億だったかしら」というしょうもない未来を夢想している若い視聴者には、是非とも「ドラゴン桜」の方も見て、凡人の飛び道具たる学歴をつけながら、オチをオチで終わらせないアラフォーになるまで、サバイブして欲しいと思う初夏の明け方でありました。

関連書籍

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夜のオネエサンが帰ってきた! 今度のオネエサンは文化系。映画やドラマ、本など、旬のエンタメを糸口に、半径1メートル圏内の恋愛・仕事話から人生の深淵まで、めくるめく文体で語り尽くします。

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鈴木涼美

1983年東京都生まれ。蟹座。2009年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。著書『AV女優の社会学』(青土社/13年6月刊)は、小熊英二さん&北田暁大さん強力推薦、「紀伊國屋じんぶん大賞2013 読者とえらぶ人文書ベスト30」にもランクインし話題に。夜のおねえさんから転じて昼のおねえさんになるも、いまいちうまくいってはいない。

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