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鬼才 伝説の編集人 齋藤十一

2021.05.14 公開 ポスト

新潮社における齋藤十一は90年代音楽シーンの小室哲哉か高橋ユキ(傍聴人。ライター。)

ノンフィクション作家の森功さんが新潮社の天皇・齋藤十一に迫った評伝『鬼才 伝説の編集人 齋藤十一』。発売以来、出版業界で話題になり続けています。今回本書を読んだのは『つけびの村 噂が5人を殺したのか』などで知られるライター・傍聴人の高橋ユキさん。自身のデビュー雑誌が『週刊新潮』でありノンフィクションマニアでもある高橋さんによる、新潮愛溢れる書評です。

小学6年生になったばかりの1986年春、初めて自発的に、週刊誌というものを手に取った。

岡田有希子が飛び降り自殺をしたニュースは当時、テレビで相当大きく報道されており、子供だった私も、それまで歌番組などでアイドルとして親しんでいた彼女が突然自殺したことに驚いていた。そのうち、テレビ番組だったのか、はたまたクラスメイトの噂話か、どういう経緯で知ったのかは全く覚えていないのだが『FOCUS』という写真週刊誌に岡田有希子の写真が載っている、という情報を得た。家族で本屋に出かけた際にその号を買い求め、自室でこっそりと、何度も写真を見た……のが週刊誌とのファーストコンタクトになる。令和の子供が本よりもYouTubeを選ぶように、昭和の子供だった私も活字より写真だったのだろうか。

ここまで書いて、他の書評記事を眺めてようやく、プチ鹿島さんの記事の導入でも同じように『FOCUS』に触れておられることを知った。完全に二番煎じのようになってしまっており恥ずかしい限りだが、このまま続けさせていただく。

その20年後、私は初めて雑誌に載ることになる。なんの因果か『FOCUS』と同じ新潮社刊行の週刊誌『週刊新潮』だった。少し前に始めた刑事裁判傍聴集団『霞っ子クラブ』の活動が、同誌のタウン欄に紹介されたのだ(2006年3月23日号)。しかし当時の活動といっても、ブログを書くことや、イベントを行うことぐらい。なのに突然、編集部から取材依頼のメールが来たのである。生まれて初めての取材依頼に嬉しさもあったが、それよりも、こんな黎明期の地下集団にまで目を光らせているのか……と、週刊新潮編集部に対して恐ろしさを感じたことは覚えている。

そもそも傍聴に行くことになったきっかけは、事件ノンフィクションを読み漁った結果、書籍のインプットだけでは足りなくなり、裁判所で直接被告人の話を聞こうと思ったからなのだが、特に愛読していたのが『殺ったのはおまえだ』などをはじめとする新潮45編集部編の事件ノンフィクションだった。『新潮45』の事件ノンフィクションに触れ『週刊新潮』でデビュー(?)を飾った私はのち、ブログの書籍化などを経て、現在、傍聴ライターとして活動している。

『鬼才 伝説の編集人 齋藤十一』は、私の人生に大きな影響を及ぼした新潮社の雑誌の多くを手がけた編集者、齋藤十一の生涯を追ったノンフィクションだ。しかも著者は『黒い看護婦』『同和と銀行』などの書籍で知られる、元週刊新潮編集部のジャーナリスト、森功さん。読むという一択しかない。もちろん予約購入した。

同書に対をなすものとして挙がるのが、少し前に刊行された『2016年の週刊文春』(光文社)。かつて週刊文春編集部に在籍していた柳澤健さんによる『週刊文春』そして株式会社文藝春秋の歴史を紐解くノンフィクションである。ライバルである新潮社についても触れられているのだが、その描写はやけに暗く不気味だった。「社内の空気はどこか陰鬱だ。社屋に窓は少なく、社内はシーンとしている。別館にある『週刊新潮』編集部でさえ、話し声はごく小さい」(p83)。
確かに私も、何度か足を踏み入れたことのある新潮社社屋に明るいイメージはない。受付すら薄暗い。食堂は地下なので、窓は少ないどころかゼロである。食事メニューは日替わり一択。大学の学食のように選択する自由はない。窓のない地下食堂で、社員の誰もが同じものを食べる様子が強く印象に残った。とはいえ如何ともしがたい物理的な暗さすら、新潮社が醸す不気味さの材料となっているのがいささか気の毒ではあった。

当の齋藤十一に関しても「『FOCUS』の創刊コンセプトを聞かれた時に『君たちは人殺しの顔が見たくないか?』と答え、パリ人肉事件の佐川一政が精神科病院を退院した時の記事に(略)背筋が寒くなるようなタイトルをつけたことは、あまりにも有名だ」(p77)など、ひたすらに不気味な編集者として描かれている。そんな前情報から、かなり不気味な人物を想像しつつ『鬼才』を捲ることになったのではあるが、むしろ不気味さよりも、齋藤のプロデューサーとしての手腕に惹きつけられた。

次号の特集記事を選ぶための編集会議、通称『御前会議』に集まるのは、齋藤のほか、常務と、週刊新潮編集長。編集部員の書いた企画案を齋藤の前のテーブルに置くと、齋藤がそれをめくりながら、○×と印をつけていく……。『週刊新潮』の特集記事選定は、編集長が行うのではなく、すべて齋藤の勘所にゆだねられていたのだという。まるで人気占い師に未来を占ってもらっているかのようだ。いきなりその場面を読むととにかく驚いてしまうのだが〈齋藤の興味あるテーマについて、部員たちが齋藤を満足させるために取材に駆けずり回って記事にしていく〉ことで、『週刊新潮』は〈ピーク時百四十四万部、四十年以上にわたって五十万部を発行し続け、週刊誌業界の先頭を走ってきた〉というのであるから、新潮社における齋藤は90年代の音楽シーンにおける小室哲哉のような存在だったともいえる。

新潮社の創業者、佐藤義亮の孫・亮一の家庭教師となったことが縁で入社し、『週刊新潮』を創刊した齋藤は〈草創期に五味康祐や柴田錬三郎といった新人の時代小説を起用して大ヒットさせ、雑誌を軌道に乗せる。その傍ら、出版・雑誌ジャーナリズムの礎を築き、やがて週刊誌ブームを巻き起こした〉。文学はもとより音楽、絵画、そしてジャーナリズムにいたるまで、めっぽう詳しかったという。御前会議での○×は、圧倒的なインプットに裏打ちされたものだったのか。そう感嘆はするが、正直、齋藤ひとりだけに雑誌の命運を握らせ続けることは、会社としてかなりリスクの高い行為だったのではとも思う。

出版社や、一時代を築いた編集者のノンフィクションは、かつて雑誌が元気だった時代を追体験できる楽しさがあるが、読み終えて現実に戻ると、陰鬱な気持ちになる。紙媒体の部数は下がり続け、休刊や廃刊も、珍しさのないニュースとなった。著者は終盤で、新潮社のみならず、他社の雑誌やテレビなど、言論界全体が空洞化しているように感じる……と憂う。「21世紀なんて見たくもない」と言い残し、この世を去った齋藤。我々はその21世紀を生きる。まだできることはある。

関連書籍

森功『鬼才 伝説の編集人 齋藤十一』

「人間は生まれながらにして死刑囚だろ」 『週刊新潮』『芸術新潮』『フォーカス』『新潮45』を創刊。雑誌ジャーナリズムの礎を作り、作家たちに恐れられた新潮社の帝王。稀代の天才編集者は、なぜ自らを「俗物」と称したのか。 第一章 天才編集者の誕生 第二章 新潮社の終戦 第三章 快進撃 第四章 週刊誌ブームの萌芽 第五章 週刊誌ジャーナリズムの隆盛 第六章 作家と交わらない大編集者 第七章 タイトル作法 第八章 天皇の引き際 第九章 天才の素顔 終章 天皇の死

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鬼才 伝説の編集人 齋藤十一

「週刊新潮」「フォーカス」等を創刊。雑誌ジャーナリズムの生みの親にして大作家たちに畏怖された新潮社の天皇・齋藤十一。出版界の知られざる巨人を描いた傑作評伝。

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高橋ユキ 傍聴人。ライター。

1974年福岡県生まれ。2005年、女性4人で構成された裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成。殺人等の刑事事件を中心に裁判傍聴記を雑誌、書籍等に発表。現在は裁判傍聴のほか、様々なメディアで活躍中。2019年に出版され話題となった『つけびの村 噂が5人を殺したのか』をはじめ『暴走老人・犯罪劇場』『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』など著書多数。

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