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日本の医療の不都合な真実

2021.02.26 公開 ポスト

人間を蝕むのは「死」でなく「孤独」だ森田洋之(医師・医療経済ジャーナリスト)

(写真:iStock.com/Tuba Acik)

ひとり暮らしの人が、誰にも看取られることなく死んでいく「孤独死」は、悲惨な死の代名詞のように言われます。でも、本当にそうでしょうか? 医師であり医療ジャーナリストでもある森田洋之さんの新刊『うらやましい孤独死――自分はどう死ぬ? 家族をどう看取る?』(三五館シンシャ)からの抜粋をお届けします。記事の最後には、刊行記念イベントのご案内があります。

*   *   *

「孤独死」という言葉を聞くようになって久しい。一人暮らしの人が誰にも看取られる ことなく、アパートなどでひっそりと死亡することを「孤独死」と言うようだ。

インターネットで「孤独死」と検索して出てくるのは、
「孤独死した30代女性の部屋に見た痛ましい現実」
「毎日約70名が孤独死。その壮絶な現場で何が起きているのか」
といった、孤独死の壮絶で悲惨な現場を誇張する記事だ。「孤独死」についての一般 的な印象がいかに痛ましいものであるかがよくわかる。私もかつては孤独死に世間一般どおりの悲惨な印象しか持っていなかった。

そんな私が「うらやましい孤独死」という言葉を耳にしたのは6年前の夕張だった。 ある高齢女性が、独居の実姉が自宅のソファーで横になって亡くなっているのを発見 した。発見時にはすでに死後数日経っていたようで、これこそ世間一般で言われるとこ ろのいわゆる「孤独死」である。

しかし、彼女は私にこう言った。

「本当にうらやましいよ。コロッと逝けたんだもの。あの歳までずっと元気に畑もやっててね。夕張のみんなに囲まれてさ。やっぱりここがいいんだよ、住みやすい。都会には行けない。都会行ってアパートだの、施設だのに入りなさいって言われてもね。夕張 で最期までみんなと元気にしててコロッと逝けたらいいよね。本当にうらやましい。都会に行ったら早死にしちゃうよ」

私はこのとき、耳を疑った。自分が抱いている孤独死のイメージとはかけ離れた「う らやましい」という言葉に驚愕したのだった。そこには悲壮感がまるでなかった。

なぜ彼女は、痛ましいはずの孤独死を「うらやましい」と言うのだろうか。日本中で問題になっている、「死後数カ月経って腐乱死体として発見される」ようなケースとはいったい何が違うのだろうか。

私はこの問いに対して拙著『破綻からの奇蹟――いま夕張市民から学ぶこと』(南日本ヘルスリサーチラボ)でこういう趣旨のことを書いた。

「孤独死」というと、えてして死という事象に注目してしまう。しかし、じつは死にもまして「孤独」のほうにこそ注目すべきなのではないだろうか。

孤独死の問題の本質は、死ではなく、高齢者がそれまで孤独に生活していたことではないだろうか。そう、孤独のほうにこそ問題があるのだ。腐乱死体にまで至ってしまうのは、その孤独の結果だろう。

逆に夕張の例は死に至るまでの生活が孤独ではなかったのだ。そもそも人間の死亡率は100%、誰もがいつか必ず死を迎える。その死に至るまでの生活が、地域の絆という人間関係の中でのいきいきとしたものであれば、それはある意味人間としての本来の姿でありそれこそ「うらやましい」と言えるのかもしれない。

社会全体として重要なことは、いずれ必ず訪れる「死」の瞬間が一人なのかそうでないのかということにもまして、人生の黄昏時を迎えた人々の生活を孤独に追いやってしまってはいないか……という点にあるのではないだろうか。

手前味噌ながら、私は今でもこの考察を的確なものだと考えている。

その理由の一つが医師法第1条だ。そこには「医師は医療および保健指導を掌ることによって公衆衛生の向上および増進に寄与し、もって国民の健康な生活を確保するも のとする」と書いてある。

つまり、医師の究極的な目標は「国民の健康な生活を確保すること」であって、手術 も高度医療機器も保健指導も公衆衛生も、そのための道具でしかないということだろう。

そういう意味では、疾患やその結果としての死にもまして、「国民の健康な生活」を 大きく阻害する「孤独」という社会的要因をクローズアップできたことは一定の意味があったと思っている。

とはいえ、この考察に対しては、その後いくつかの批判をいただいた。

その多くは「当該事例はいわゆるPPK(ピンピンコロリ)の事例であって、それがたまたま独居の高齢者だっただけである。うらやましいのはある意味当たり前である」 というものだった。

なるほど、うらやましいのは「孤独死」ではなく「PPK」だった、というわけである。たしかに夕張の事例はそう言えなくもない。これは的を射た意見であろう。

では、やはり「うらやましい孤独死」など存在しないのだろうか?

いや、そんなことはない。私は断言できる。それは実際にこんなおじいちゃんを知っ ているからだ。 彼は、「天涯孤独」だからこそ自分の人生の終わりを自分の意志どおりに全うすることができた。

*   *   *

続きはぜひ『うらやましい孤独死――自分はどう死ぬ? 家族をどう看取る?』(三五館シンシャ)でお読みください。また本書の刊行を記念し、3月3日19時から、著書『「健康」から生活をまもる』(生活の医療社)や朝日新聞アピタルの連載「ちょっと不健康でいこう」が話題のドクター・大脇幸志郎さんとのトークイベントをオンラインで開催します。詳細・お申込みは幻冬舎大学のお知らせからどうぞ。

 

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森田洋之 医師・医療経済ジャーナリスト

1971年横浜生まれ。医師、南日本ヘルスリサーチラボ代表。鹿児島医療介護塾まちづくり部長、日本内科学会認定内科医、プライマリ・ケア指導医、元鹿児島県参与(地方創生担当)。一橋大学経済学部卒業後、宮崎医科大学医学部入学。宮崎県内で研修を修了し、2009年より北海道夕張市立診療所に勤務。同診療所所長を経て、鹿児島県で研究・執筆・診療を中心に活動。専門は在宅医療・地域医療・医療政策など。2020年、鹿児島県南九州市に、ひらやまのクリニックを開業。医療と介護の新たな連携スタイルを構築している。著書に『日本の医療の不都合な真実』(幻冬舎新書)、『破綻からの奇蹟』(南日本ヘルスリサーチラボ)、『医療経済の嘘』(ポプラ新書)がある。

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