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終わりの歌が聴こえる

2021.02.08 公開 ツイート

#1 天才ギタリストの「伝説の死」は、殺人だったのか? 本城雅人

コカイン所持で逮捕された男の暴露によって、19年前の事故を、殺人事件として再捜査することになった。当時人気絶頂のさなか、ホテルの部屋で死体となって発見されたギタリスト鈴村竜之介。時を経てその被疑者に浮上したのは、鈴村と同じバンドの元メンバーで、今はソロとしてブレイク中の木宮保だった。事故死か、殺人か、それとも——? 当時の関係者を回り、執念の捜査を進める二人の刑事たち。音、絆、女、薬……あの日、あの部屋で、何があったのか。やがて狂騒の真実が白日の下にさらされる。

「小説を書いて12年、描きたかった物語がやっと完成しました。これなら読者は楽しんでくれる、そう確信した私の自信作です。」——本城雅人

濃密な人間ドラマと哀切を極める結末。2月10日発売の傑作ミステリ『終わりの歌が聴こえる』から一部を試し読みとしてお届けします。

『終わりの歌が聴こえる』本城雅人

Song 1 ヴィスタビーチ・リゾート

    1

右手にピックを持っているつもりで、ズボンの外側の縫い目を弾く。

「伴(ばん)さん、なんか楽しそうですね」

背後から後輩刑事に話しかけられ、伴奏(かなで)は慌てて右手をズボンから離した。たまに無意識で、ズボンの縫い目を弦のつもりでエアギターしてしまう。さすがに左手でコードを握ることはないが、頭の中では歪ひずんだギターの和音が鳴っている。そんなことをするのは待機番だからであって、捜査中はけっしてやらないが。

伴はふと思い出し、スマホで時間を確認した。午前十一時五十五分。

「いけね、遅れるところだった」席から立ち上がり、「声をかけてくれて助かったよ、サンキュー」と後輩の肩に手を置いてから、刑事部屋を出た。

約束の時間を失念したのは、今朝、四歳の娘が見ていたアニメのBGMが、エリック・クラプトンの『いとしのレイラ』の有名なギターリフと似ていて、耳から離れなかったこともある。だがギターにでも意識を集中しないことには気が収まらなかった。

──伴、一カ月ほど、別捜査をやってくれ。

昨日、捜査一課の北村管理官に呼ばれ、沖縄県警の要請で、沖縄から来た刑事の調べを手伝うよう命じられた。そのため土曜日のこの日も、伴は警視庁捜査一課の大部屋に出勤してきたのだった。

上司からの命令なので従ったが、内心はどうして自分が他県の刑事の案内係などをしなくてはならないのかと不服だった。二週間前に通り魔殺人を解決した殺人犯捜査七係は、今は待機番だが、殺人犯係がこの先一カ月も暇でいるとは考えられない。いずれどこかで殺しが起きて捜査本部が立つだろう。その時、仲間より遅れて帳場に入ったところで、伴だけ捜査から出遅れてしまう。

気が進まないまま応接室のドアをノックして開けると、雨で髪を濡らした男が、ソファーで丁寧に折り畳み傘を畳んでいた。よく日焼けした顔に、目がくりくりした学生のような若者だった。今後の捜査準備で来るのなら、ある程度、階級が上のベテランが来るものだと決めつけていただけに、伴は拍子抜けした。

立ち上がった相手が名刺を出して挨拶した。

渡真利猛(とまりたけし)。沖縄特有の珍しい苗字だ。それより意外なのは階級だった。警部補とある。巡査部長の伴より一つ上だ。

「警部補さんでしたか、これは大変失礼しました」

伴は両手で名刺を受け取って頭を下げた。

「警部補といっても昇任したばかりですので」

「失礼ですが、渡真利警部補はお幾つですか」

「三十です」

見た目よりも年齢はいっていた。それでも伴より九歳も年下だ。

「あまりにお若いので三級職かと思いました」

三級職とは昔の名称で、キャリアのことである。

「私はそんなに優秀ではありませんよ」

それでも三十歳で警部補昇任は結構早い。さっそく渡真利から捜査協力の概要を聞いた。

(写真:iStock.com/kazuma seki)

「つまり渡真利警部補は十九年も前に起きた事件の再捜査を、上司に願い出たということですか」

殺人事件の時効が撤廃されたからといって、普段なら、そんな昔の事件では今さら掘り起こしは無理だと冷めた気分で聞いていただろう。ところがこの日の伴は、途中から動悸が収まらなくなった。渡真利が話した事件が、伴が若い頃に夢中になって聴いた四人組のロックバンド、メアリーに関係するものだったからだ。

バンドを組んでギターを弾き、大学卒業後はアルバイトをしながらプロデビューを目指した伴は、メアリーのギタリスト鈴村竜之介(すずむらりゅうのすけ)の高度なギターテクニックに憧れた。だが同時に、ベースを弾きながらボーカルを取る、木宮保(きみやたもつ)の渋い歌声にも聞き惚れた。

そのメアリーは十九年前の二〇〇二年六月十八日、事実上解散している。沖縄のリゾートホテルで鈴村竜之介が泥酔し、部屋の浴槽で溺死したからだ。

事件性を疑う報道もあったが、事故死で決着した。警察は発表しなかったが、鈴村竜之介はドラッグを使用していて、それが死因だったと週刊誌などに出ていた。その記事を読んだ伴は、心酔していたミュージシャンに裏切られたショックで、しばらく食事も喉を通らなかった。

ところが事故死で片付いていたものが、十九年経った今頃になって、殺人事件として俎上に載せられた。渡真利によると、被疑者に挙がっているのはボーカルの木宮保だというのだ。

鈴村の死後、しばらく表舞台から姿を消していた木宮保だが、いつしかソロになっていて、三年前のシングル『カラー&フレグランス』のスマッシュヒットを機に、再びメインストリームに躍り出た。今や「元メアリーのボーカル」などと昔の肩書きを持ち出さなくとも、誰もが知るトップアーティストの一人である。

「ですが渡真利さん、その従業員の証言だけで、木宮保による殺人と決めつけるのはいかがなものですか。その従業員は別容疑の被疑者なわけですし、そもそもリゾートホテルに、誰にも見られない脱出ルートなんて存在するんですか」

メモを取りながら聞いていた伴は、滔々と説明する渡真利に疑問点をぶつけた。

鈴村の事故死が急に蒸し返されたのは、一週間前、那覇市内のビジネスホテルで働く男がコカイン所持で逮捕されたことがきっかけだった。その男は十九年前、鈴村が死亡したヴィスタビーチ・リゾートに勤務していて、木宮から「まずいことが起きた。鈴村が死んだ。至急、部屋に来てくれ。それから例の脱出ルートを教えてくれ」と電話がかかってきたと話したそうだ。言われた通りにその従業員が部屋に行くと、すでに木宮は去ったあとで、浴槽の中で鈴村が溺れ死んでいた。

「それがその男、比嘉高雄(ひがたかお)が言うには、脱出ルートと呼ばれる地下通路は実在していたようです。ホテルは市街地から離れた丘の上に建っていますし、当時は周辺が今ほど開発されてなく、他のホテルやショップもなかったので、館内で宿泊客にさえ見られなければ、逃走も可能だったそうです」

「そのルートを教えた従業員が、木宮保に代わって第一発見者になったということですよね。当然、警察から詳しく事情を訊かれて、疑われもしたでしょうし、そんな危険を冒してまで木宮保の身代わりになりますかね」

「比嘉はメアリーが宿泊した際の専属の世話係で、木宮から借金もしていました。指示に従った代わりに、借金は帳消しになり、百万円の報酬も貰ったと話しています」

「これまで黙っていたことを、なぜ今頃になって暴露することに?」

「おそらく今回のコカイン所持での逮捕に関係していると思います。初犯ですが、押収量が三十グラムあり、売人だった疑いがありますので」

営利目的だと初犯でも執行猶予はつかない。

「大量購入の動機について、本人の供述は?」

「足がつかないよう一度にまとめて買ったと言うだけで、購入先もアメリカ人と言ったきり、黙秘しています」

「なるほど、十九年前の事件を暴露することで、司法取引に持ち込めるのではないかと考えたわけですね。日本の警察が麻薬捜査で応じるはずがないのに」

「はい、その通りです」

「その証言を沖縄県警は信じたのですか。それこそ、その比嘉って男が、実刑逃れのために嘘をついてるんじゃないですか」

「我々も証言を交換条件にするつもりなんてありません。ただ調べていると他にも気になることが複数出てきました」

「気になることとは?」

「そのホテルで一番広い五〇一号室が専用ルームと呼ばれるくらい、鈴村は年間百日ほどその部屋に宿泊していました。そして年に一、二回、メンバーもホテルに集まっていました。ちょうど鈴村が亡くなった時もそうだったようです。鈴村はなぜそのホテルに泊まっていたと思いますか?」

「渡真利警部補は、薬物を常用していたからだと言いたいのでは」

「年上の警視庁の方に警部補なんて言われるとこそばゆいので、渡真利と呼んでください」

「それでは渡真利さんにします」

渡真利は軽く頷くと先を続けた。

(写真:iStock.com/JohnDWilliams)

「伴さんのおっしゃる通りです。比嘉も、鈴村がコカインを使うための部屋だったと供述しています。実際、死亡時に、その部屋からコカインが出ましたし」

「それがどう木宮保の容疑に関わってきます? 今のところ木宮保から電話があって脱出ルートを訊かれたと薬物被疑者が話しているだけですよね」

「私の同期の薬物捜査員が聞いたところ、比嘉は五〇一号室に行くだけでなく、部屋に残されていたベースを、木宮の五〇四号室に戻すようにも頼まれています」

「木宮保が鈴村竜之介の部屋でベースを弾いてたってことですか? そんなことありえますかね?」

「ないですか?」

「メアリーは九九年に最後のアルバムを出してから鈴村竜之介が亡くなる二〇〇二年までの三年間、活動らしい活動はしていません。それは木宮保と鈴村竜之介の不仲が原因だと言われています」

伴がファンになった九五年頃から度々解散の危機や、木宮か鈴村のどちらかが脱退してソロになるなどの噂が絶えなかった。そんな険悪な関係だった二人がオフの時間に、しかもホテルの部屋で楽器を共に弾いて過ごすなど、彼らをよく知るファンであれば到底考えられない。

「比嘉は、ベースは救急車を呼んでいる間に木宮の部屋に戻したと言い張っています。私と同期の捜査員は、嘘ならなにもそんな話を持ち出さないだろうと話しています」

「では木宮保のベースは鈴村竜之介の部屋にあったとしましょう。さっき、気になることが複数出てきたと言ってましたよね。他には?」

「当時、警察はメンバーのアリバイも調べ、木宮は近くのダイナーで午後三時から飲んでいたことになっていました。ですが私が調べたところ、アリバイは嘘でした。ダイナーの店主が言うには、木宮は沖縄に来るたびに店に寄ってくれる上客だったので、頼まれた通りの虚偽の証言をしたそうです」

「渡真利さんがアリバイを崩したのですか」

さすがに驚きは隠せなかった。ただし、ダイナーにいなかっただけで、他人に知られたくない場所にいたのかもしれない。あるいは鈴村と前の晩に激しい言い争いでもしていて、疑われたくなかったとか。渡真利がじっと顔を向けている。まだなにかありそうだと、「他には?」と質問を重ねた。

「はい、今回のことで当時の捜査記録を探して目を通しました。読んでいてこれは再捜査が必要だと確信しました」

「読んで気になった点でも?」

「死亡時、鈴村の血中アルコール濃度はかなり高かったんですが、コカインは吸っていなかったんです」

「えっ、コカイン使用が死因ではなかったのですか。でもさっき部屋からコカインが出てきたって……」

「所持はしてましたが、体内からは検出されていません。少なくとも鈴村は、亡くなる前の数日間は吸っていなかったことになります」

伴は頭が混乱した。

「待ってください。だったらどうして沖縄県警は事故死だと発表したのですか」

「湯船の中での死亡者数は年間一万数千人にのぼり、交通事故の死者数をはるかに上回ります。それに鈴村の遺体からは、溢血点や爪の間の皮膚片など、争った形跡が見られなかったようです」

「それらを根拠に事故だと結論づけたんじゃないですか」

「だけど風呂で溺死するのは大概は高齢者の心臓発作です。相当酔っぱらっていたとはいえ、そう簡単に三十八歳の鈴村が溺れないと思うんです」

「鈴村竜之介は意図的に溺死させられた可能性がある。だから渡真利さんは殺人事件として捜査すべきだと進言したということですか」

「はい、監察医に聞いたら、押さえつけられて大量の水を誤嚥すれば、一分もあれば窒息死すると言っていました」

遺体に争った形跡はなかったと聞いたばかりだ。しかしなぜ渡真利がそう主張するのか改めて考えると、背筋に冷たいものが走った。バンドメンバーだった木宮保なら、不意をつくように酔った鈴村を水に沈め、そのまま溺死させることも可能だと言いたいのだろう。

「それでしたら警察は鈴村の体内から薬物が出てこなかった段階で、徹底的に捜査すべきでしたね」

伴が渡真利の立場でも、次々と当時の証言が覆された上に、捜査記録に齟齬が露見すれば、上司に再捜査を申し出ていたかもしれない。

「はい、その杜撰な捜査のおかげで、一カ月という条件で出張許可が出ました。こう言ってしまうと自分の警察本部を批判することになりますが、木宮が今、売れてるから許可が出たということもあります」

「それは当然ですよ。警察の予算は国民の税金から出ているわけですから」

話題性があるから捜査をする──罪の大小だけでなく、逮捕時にどれだけ注目されるかも捜査着手や捜査員増員の指針になる。本来、罪はすべての人間に平等に償わせるべきだが、一般市民より有名人、それもメディアが飛びつくスターを逮捕する方が、国民の関心が警察へと向くし、ひいては社会に警鐘を鳴らすことにも繋がる。

(写真:iStock.com/Brothers_Art)

「でも少し謎が解けてきました」伴が言うと渡真利が首を傾げた。「僕が呼ばれた理由です。実は僕は大学を卒業してから二十四歳までバンドをやってたんです。鳴かず飛ばずで解散しましたけど」

「CDとかも出されてたんですか」

「さすがにそこまでは……」

伴は苦笑して言葉を濁したが、本当はメンバーでお金を出し合って、一枚だけ自主制作したことがある。だが二年で諦め、たまたま自動車免許の更新に行った警察署で、警察官募集のポスターを見て願書を出した。当時のメンバーも全員、今は音楽からは足を洗っている。

「では音楽にはかなり詳しいんでしょうね」

渡真利が頬を緩ませた。

「もしかして誰かから聞きましたか」

普段からズボンの縫い目でエアギターする癖があるくらいだから、伴が音楽好きであることくらい、観察力のある刑事は全員気づいているだろう。

「いえ、なんか音楽が好きそうな人の名前だなと、名刺を見た時に思いました」

「ああ、そっちですか」

思わず口をすぼめた。渡真利は伴の氏名を「ばんそう」と読んだのだろう。音楽好きの両親から、「歌い手を引き立てるような、人を支える人になってほしい」とつけられた名前は、子供の頃よくからかわれた。バンドをやっている時も伴の名前を知る他のグループからくすくすと笑い声が漏れ聞こえた。そのたびに伴は「俺がやっているのは演奏であって、伴奏じゃねえよ」と不満に思い、「かなで」と洒落た名前を付けた親に腹を立てたものだ。

だがこんなことで表情に出すのは大人げないと、今度は伴が感じた疑問を話した。

「渡真利さんは沖縄の人のイントネーションは出ないですね」

沖縄の人間はもっと独特の抑揚があってゆっくり話すイメージがあるが、喋り方は東京の人間と変わらない。

「私は中学から東京の一貫校で寮生活だったんです。本当は警視庁に入りたかったのですが、父がくも膜下出血で倒れまして、母と妹だけでは介護が心配なので、沖縄県警に入りました」

警視庁ではなくて警察庁のキャリア志望だったのではないか。学歴が申し分ないから沖縄県警でも出世が早いのだろう。

「大学の時は駒場に住んでいたので土地勘もあります。木宮は今、私が住んでいたアパートから徒歩で行ける三軒茶屋に一人で住んでいます。木宮本人の姿はまだ見ていませんが、宅配業者がインターホンを押したあとに荷物をドア前に置き、しばらくしたらドアが開きましたから在宅しているはずです」

「もうそこまで調べたんですか」

頭脳明晰なだけでなく行動力もあるようだ。

「本音を吐きますと、昨日までは、警視庁のお手を煩わせてガセだったらどうしようと気を揉もんでいたのですが、でも安心しました」

「安心したって、なにかありましたっけ?」

「今日、行われるはずだった木宮のコンサートが、急遽中止になったんです」

「横浜シーアリーナのライブですか」

もちろんライブがあることは知っていたし、ツアー発表時は、思い出の横浜で二十二年振りに木宮の生声を聴きたいと思った。だが所轄から警視庁に上がってからは休みが取りづらく、さらに家庭の事情もあって諦めた。

「中止は、台風が理由では?」

「そうなんですけど、主催者は、振替公演はしないと発表しました。どうしてやらないんだって、ファンがネットでざわついています」

「体でも悪いんですかね?」

「自分に捜査の手が及んでいることに気づき、それで中止したのではないでしょうか。ここまで慎重に捜査してきましたが、比嘉の逮捕は地元紙に出てしまいましたし、ダイナーのオーナーから伝わったセンも否めません」

渡真利は突然のライブの中止で、木宮の関与の疑いが増したと考えたようだ。そう決めつけるのは早計な気がするが、ライブの中止は不可解だった。台風の速度は思いのほか速くなり、すでに南関東は通過している。始発から一部止まっていた交通機関も先ほど動き始めた。

十九年前の事件とあって、これから隠滅される物的証拠はないと思うが、木宮が警戒しているのであれば、一刻も早い調べが必要だ。だからこそ北村管理官は沖縄県警の要請に応じ、七係の大矢係長は音楽好きの伴を適任だと選んだのだろう。

(写真:iStock.com/kanzilyou)

知らず知らずのうちに耳の中に彼らのヒット曲が流れ、ライブで観た演奏シーンが甦っていた。メアリーの曲は静かに始まるものが多かった。ギターの味本和弥(あじもとかずや)がアンニュイさが漂う重厚なバッキングを弾き、ドラムの辻定彦(つじさだひこ)はタイトなビートを刻む。鈴村竜之介のリードギターで曲に彩りを与え、木宮保がベースでボトムを支えながらエッジボイスで歌いだす。四人のバランスは見事に取れていた。

ところがその完璧なバランスが時として崩れていくのが、他のバンドと絶対的に異なる彼らの特徴だった。突き刺すようなギターソロで感性のまま掻き乱していく鈴村に対し、木宮も音程が当たらなくとも構わず、魂を震わせて歌い続けた。そういったバンドは音がバラバラになって聞こえるが、彼らはスリリングで新しいグルーヴを生み出していた。

ファンの間で伝説とされる一九九九年のラストライブで、伴は幸運にも目撃者の一人になることができた。メンバーそれぞれがステージ上でやりたいことを表現しながら、それでもライブ全体を一つの作品としてまとめ上げていく姿を目の当たりにして、自分も将来、彼らのようなロックバンドを組みたいと憧れた。

だが憧れだけでプロになれるほど甘い世界ではなく、仲間うちでバンドを組んだものの、喧嘩別れに近い形で解散、紆余曲折を経て殺人犯係の刑事になった。そんな自分が、鈴村竜之介の事故死を再捜査するとは、どれだけ不思議な巡り合わせなのか。しかも容疑者は木宮保だなんて。

さりとていくら関係が悪化していたとはいえ、バンド内で殺しなど起きるだろうか。

渡真利の説明は信じられないことばかりで、今後、どこからどう捜査すれば解明できるのか、伴には皆目見当がつかなかった。

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終わりの歌が聴こえる

彼らに残っていたのは、もはや後悔だけだった。

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本城雅人

1965年、神奈川県生まれ。2009年『ノーバディノウズ』が松本清張賞候補となり作家デビュー。17年『ミッドナイト・ジャーナル』で吉川英治文学新人賞を受賞。18年『傍流の記者』が直木賞候補になり話題となった。近著に『あかり野牧場』『オールドタイムズ』。

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