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ツレ&貂々のコドモ大人化プロジェクト

2012.03.01 公開 ポスト

その72

息子、舞台に立つ望月昭/細川貂々

 ここは宝塚。歌劇の町だ。
 だからといって、息子が宝塚歌劇の舞台に立ったという話ではない。宝塚の幼稚園で、生活発表会というものがあって、そこでクラスのみんなに混じって舞台に立ち、ひとことだけのセリフを言って、歌って、踊りも披露したというだけの話だ。
 でも、今やあのようにエリート集団による緻密な舞台を披露する宝塚歌劇団も、およそ百年前は小さな温泉地宝塚の観光客を楽しませる、素朴な少女歌劇団だったと聞く。
 当時の資料などを見ると、最初の演題は「どんぶらこ」というものだそうだ。少女たちが桃太郎やお供の犬、猿、雉や鬼に扮した写真が残っている。「どんぶらこ」は、桃太郎の桃が川上から流れてくる音を模したものだろうか。つまり、いわゆる学芸会のノリだったと考えられる。
 そんな宝塚で、生まれて初めての学芸会、いや生活発表会。
 本人も周りのオトモダチも、ぜんぜんわかってないと思うが、なかなか記念碑的な出来事だったと思う。
 生活発表会の当日は、保護者も参加して鑑賞する。プログラムの最初は、年長クラスの鼓笛隊。宝塚らしく「鉄腕アトム」の主題歌をマーチスタイルで披露。
 それから年少クラスから順に、舞台で寸劇を発表する。
 衣装から察するに、年中クラスや年長クラスは、海賊の格好をしたり、時代劇っぽい格好をしたり、なかなか凝ったものをやったようだが、息子たちのクラスはとりあえず体操服と、しっぽをつけたトレーナー、耳がついた鉢巻の衣装で、さまざまな動物に扮するだけ。息子の配役はキツネ。演目の題は「どうぞのおいす」。
 ほとんどのコが、舞台に立っても緊張もしないが、自分が何をやっているのかはよくわかっていない。両親や見知った顔を見ると手を振ってしまうコもいる。会話してしまうコもいる。会場は爆笑だ。それでも劇は滞りなく進む。
 何人かのコが、同じ動物の一群として舞台に上がる。一人一人セリフを言って、そのグループで踊る。そして退場する。息子は三番目のグループで出てきた。
 ツボに入ったハチミツを取って食べるしぐさをし、「たいへんだ、からっぽになっちゃった」というのが息子のセリフ。日常会話のように「たいへんや、からっぽになってもうた」とは言わず、標準語で話すわけだが、息子は相手に伝えようという意図もなく、ただ用意されたセリフを叫ぶだけ。もっとも、その傾向はほぼ全てのコドモに共通で、他のコが叫ぶのを聞いて、自分の順番が来たから自分のセリフを叫ぶという繰り返しで進んでいる。観客に何かを伝えるという意志は存在しない。
 そして、キツネグループの踊り。何人かは上手に踊ったが、息子はシッポを振り回してただぐるぐる回っている。しかし数人は、ただボーっと立っていただけだから、まあ中庸なところか。
 最後は全員で、叫ぶように歌って、まとまりのない踊りをする。そしておしまい。
 舞台としてはハチャメチャである。でも、この年頃のコドモたちがやるのだったらこんなものか。いや、この年頃にしてはきちんと見せられるものが仕上がったということさえ奇跡のようにも思える。少なくとも、僕らのコドモがこんなことができるようになったというのは、小さなオドロキだった。

 そして、生活発表会は園長先生と担任の先生の挨拶があって、おしまい。あとは園庭に出て、記念写真を撮影する。園庭で写真を撮っている様子を見ていると、年少クラスは整列させるだけでもタイヘン、全員に前を向かせるのも至難の技、飽きさせずにその場にとどまらせるというのも高度なテクニックが必要という集団だ。カメラマンのおっちゃんも慣れたもので、魔法の袋みたいなものを携帯していて、そこから色々なプラスチックのお面を取り出し、裏を見せてキャラクター名を当てさせるということをやりつつ、カメラのシャッターを切っていた。

 幼稚園は行事が多く、保護者が参加する機会も多い。その都度、幼稚園に出向いて園長先生や担任の先生の話を聞く。園長先生も他の先生も、考え方が一貫していてブレがない。そういうところが安心できる。
 園長先生のお考えだと、幼稚園というのはコドモにとって最初に出会う社会だと、出会って、楽しくチャレンジする場所なんだということだ。特に年少クラスは、出会うことが目的なので、さらなる結果はただのオマケ。得意なこと、不得意なこともまだあまり関係ない。だから、生活発表会にしても、各種イベントにしても、初めて参加したという体験と、それに伴う新鮮な気持ちを大切にしている。
 ちなみに、年中クラスになると、自分の目で年少クラスと年長クラス、周囲のオトモダチを見ることができるので、自分だったら何かこうしたいということを考えるようだが、それが目的(年長クラスになると、さらに違った視野でチャレンジを考えていくことになるようだが、そのへんは僕らにはまだ遠い話だ……)。
 年少クラスを残すところ二カ月となった僕たち保護者に向かって、園長先生は、四月に入ってきたときはとても小さくて、保護者の目にもついていけるのかと心配だったでしょう。年中、年長クラスのコたちがとてもお兄さんお姉さんに見えたものだったでしょうと語りかけてくれる。それが今ともなると、幼稚園生をこなし、気がつくとあんなにお兄さんお姉さんに見えた年中クラスに近づいている。みんなとてもよくがんばりました。そしてお父さんお母さんもがんばりました。生活発表会はちょっとしたクライマックスだったのだ。
 僕と息子は、四月から十二月までをスキップしてクライマックスだけ参加してしまったようなので、ちょっと歯がゆくもあるのだが、でも、うちだって昨年四月からの成長を考えると「よく育ったなあ」と感銘を受ける部分もある。
 おそらく園長先生は、僕ら年少クラスの保護者たちも、園児たちと同じ視線で見てくれているように思う。保護者たちは、未経験の状態から、がむしゃらに育児をこなしコドモを育ててきた。そして、いわゆる育児を卒業して、自分のコドモを社会と関わらせることをスタートさせる。コドモを持つ親として、最初は未熟で失敗だらけだったり無力だったりもする。でも、結果は問わない。親としてのさまざまな出来事に出会うことだけが目的なのだから……というような感じだ。なんと、僕ら保護者も園長先生に育ててもらっているようだ。
 考えてみると、毎年毎年同じような小さなコたちと、何もできない親が幼稚園に参加してくるのだろう。僕だったらウンザリしてしまうかもしれない。しかし園長先生も他の先生たちも、新しい出来事に出会う親子の心理に付き合ってくれ、踏み出す勇気を後押しし、新鮮な驚きを分かち合ってくれる。教育者ってこういうプロなんだ、と気づくと自然に頭が下がる。

 さて、生活発表会も無事に終わり、年少クラスの息子は正午にもう帰宅だ。
 初舞台を終えた息子は、なぜか電車に乗って家に帰ると主張し、遠回りになるが阪急電車に乗せて自宅に戻ることにした。すると、ちょうど宝塚歌劇の音楽学校の生徒が三人、同じ電車に乗ってきた。音楽学校には制服もあるが、この日は休日に当たる日なので私服。周囲の人と比べて、目立つほどに身長が高い。髪の毛は黒い。二人はあきらかに男役だが、もう一人はいかにも娘役。明るく元気に会話をしているが、なんとなくまだ自分たちの存在自体がちょっとハズカシイというか、堂々した感じに欠けている。ちょうど音楽学校を卒業し、じきに歌劇団の各組に配属される学年のようだ。
 彼女たちもそうして初舞台を経験し、歌劇団の中で役割を見出し、技量と幸運に恵まれれば「路線」として出世していくのだろう。しかし、「路線」から外れていくケースのほうがはるかに多いとも聞く。
 厳しいところもあるのが人生というものだ。
 しかし、初舞台の晴れがましさは、まだそんな厳しさからは遠い。
 ともかく、今はまだ、新しいことに出会っていくことだけが目的だ。音楽学校の彼女たちも、うちの息子も。小さな初舞台だけど、未来はひたすら明るいものに思える。 

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ツレ&貂々のコドモ大人化プロジェクト

『ツレがうつになりまして。』で人気の漫画家の細川貂々さんとツレの望月昭さんのところに子どもが産まれました。望月さんは、うつ病の療養生活のころとは一転、日々が慌しくなってきたのです。40歳を過ぎて始まった男の子育て業をご覧ください。

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望月昭/細川貂々

望月 昭
1964年生まれ。幼少期をヨーロッパで過ごし、小学校入学時に帰国。セツ・モードセミナーで細川貂々と出会う。 卒業後、外資系IT企業で活躍するも、ある日突然うつになり、闘病生活に入る。2006年12月に寛解。現在は、家事、育児を一手に引き受ける。著書に『こんなツレでごめんなさい。』(文藝春秋)がある。

細川貂々
1969年生まれ。セツ・モードセミナー卒業後、漫画家、イラストレーターとして活動。夫のうつ闘病生活を描いた『ツレがうつになりまして。』がベストセラーに。結婚12年目にして妊娠が発覚。現在は、夫と息子、ペットのイグアナたちと同居中。その他の著書に『その後のツレがうつになりまして。』『イグアナの嫁』(共に小社刊)『どーすんの?私』『びっくり妊娠なんとか出産』(共に小学館)など多数。

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