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結婚、仕事、人間関係……ただ生きてるだけでも悩みは尽きません。「自分の人生、これからどうなっていくんだろう」とぼんやり不安を抱えていませんか?

お坊さんである英月さんの本『お見合い35回にうんざりしてアメリカに家出して僧侶になって帰ってきました。』には、そんな人生の不安を吹き飛ばしてくれるヒントがたくさんあります。

彼女のハチャメチャな人生を知れば、きっと自分の人生も開けて見えてきます。その中身を、本書より一部公開いたします。*前回「お嬢様育ちの私が、パンひとかけ口にできることの有難さを知る

*   *   *

弱肉強食? 当たり前!

お金という名の道具が必要だと、がむしゃらに働いた日々。平日の朝9時から夕方4時までは、語学学校の受付。ラジオのパーソナリティやホテルのフロントは、学校での仕事が終わってからか、週末。レストランでの仕事がある日は、家に帰って仮眠をとり、シャワーを浴びて、午後8時から遅い時は午前2時すぎまで働いていました。

レストランで働くようになっても英語に問題のあった私は、ボスたちが見てすぐわかるように、数字で結果を出そうとしました。自分で自分にノルマを課したのです。ウエイトレスそれぞれの売り上げがわかるシステムだったので、1日に必ず1000ドルを売り上げることにしました。

そのためには、徹底的に商品を知る必要があります。受験生でもないのに単語帳を作り、表に商品名、裏にその説明を書いて覚えました。ワインのサーブがうまくできなかったので、2ドルちょっとの安いワインを大量に買い、自宅でコルクを抜いてグラスに注ぐ練習をしました。

下戸なのに、もったいない。などと、言っている場合ではないのです。クビになったら、元も子もないのです。それでなくてもお店には「ウエイトレス、募集してる?」と、仕事を探しているキレイな女の人が毎日、何人も飛び込みで聞きに来ます。私の代わりではなく、もっといい人たちが列をなして待っているのです。ピンチだ、私!

働いていたレストランはメディアなどに取り上げられ、話題となっていました。おかげで集客力が高く、おまけに客単価も高い。チップ収入に頼るウエイトレスにとって、稼ぎやすいお店です。生活のためにも、この仕事は死守したい。が、オーダーを失敗した分は自腹で払うなど厳しいことも多く、決して働きやすい職場ではありませんでした。それが合法か違法か、そんなことは関係ありません。ボスがそう言えば、そうなのです。

ある週末の忙しい時間に、同僚のウエイトレスがラムチョップを泣きながら食べていました。テキサス州出身という理由で、テキサスと呼ばれていた彼女に「テキサス、どうしたの?」と聞くと、「オーダーを間違ったの……。これ美味しいわよ……」と。

彼女は長く勤めることはできませんでした。自慢に聞こえるかもしれませんが、というか自慢なのですが、私は一度もオーダーを間違えませんでした。なんてったって、生活がかかっています。コッチも必死です。

特に緊張したのは、ワインのオーダーを取る時です。フランス産やイタリア産、もちろんカリフォルニア産のものもありましたが、銘柄の多くはフランス語やイタリア語。これを、どう正しく発音しろと?

そうです。私は復唱して確認するという、ウエイトレスの基本ができないのです。よしんば復唱をしたところで、英語の「チキン」が伝えられない私に、ワインの銘柄が正しく発音できるとは思えません。では、どうしたのか? それは、気合いです。気合いで目と耳を研ぎ澄ますのです。お客さんが注文する時にワインリストに落とした視線と、発せられた銘柄の第一音。それを手掛かりに、狙いを定めるのです。きっと注文されたワインは、これに違いないと。私は静かに微笑んで、速やかにテーブルから去ります。そこでまごまごしていると、復唱せざるを得ない雰囲気になってしまうからです。

必死でした。がむしゃらでした。頼まれもしないのに営業もし、気がつけばオーナーから管理職の肩書が印刷された名刺を渡されるほど、頑張って働きました。オーダーを取るのを失敗したテキサスをしりめに、私は優秀でしょと心の中では鼻高々です。

(イラスト:上路ナオ子)

小賢しい。ほんと、恥ずかしいことです。

けれども、その恥ずかしさに気づきませんでした。なぜなら、私には私の正義があったのです。ネイティブのような英語は話せない、アメリカには家族もいない、お金もない、私は弱者だ!

こんなにたくましくて、どこが弱者どすか? と思いますが、社会的に弱者なのは事実です。そこで、たくましい私は、弱者という看板を正義の剣として振りかざしたのです。

それは悲しいことですが、その悲しさがわからなかったのです。わからないばかりか、当たり前のことだと思っていました。弱者だから人一倍努力して、頑張って、何が悪い? と。

確かに、悪くはありません。弱者が生き抜くために、強くなろうと努力し、頑張ることは、素晴らしいことです。たとえるならそれは「弱肉強食」、渡米当初の私の座右の銘です。強い者、他者より勝った者が幸せになれる。弱者のままでは、幸せになれない。だから、どんな手段を使っても、弱者であるという事実を利用してでも、他者に勝たなければならない。そう信じて疑いませんでした。けれどもそれは、私自身が意図せずとも、結局、他者を打ち負かすことが目的となってしまいます。それだけではありません。自分は正しいとの思いこみに執着し、それを握りしめ、正義の剣として振りかざす。それは悲しいことです。そして、あまりにも空しい。

けれども、必死に、がむしゃらに生きている時には、そんなことには気づきません。私は、他者より勝った存在になるため、精一杯努力しました。自分で自分に売り上げノルマを課すほどに。朝から深夜まで働くほどに。やればできる。私は、やればできる子だ。

「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」!

*   *   *

次回は6月16日公開予定です。

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お見合い35回にうんざりしてアメリカに家出して僧侶になって帰ってきました。

うちの安住の地って、どこにあるん?

親のお見合い攻撃にキレて、なんと海外逃亡。アメリカに骨を埋めるつもりが、仏教に出会ってしまい……。ハードな人生に笑えて泣ける、奮闘エッセイ。

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英月

京都市生まれ。真宗佛光寺派長谷山北ノ院大行寺住職。銀行員になるが35回以上ものお見合いに失敗し、家出をしてアメリカへ。そこでテレビCMに出演し、ラジオのパーソナリティなどを務めた。帰国後に大行寺で始めた「写経の会」「法話会」には、全国から多くの参拝者が集まる。『毎日新聞』にて映画コラムを連載。情報報道番組コメンテーター。著書に『あなたがあなたのままで輝くためのほんの少しの心がけ』(2014年、日経BP)『そのお悩み、親鸞さんが解決してくれます』(2018年、春秋社)、共著に『小さな心から抜け出す お坊さんの11分説法』(2013年、永岡書店)、VS仏教』(2019年、トゥーヴァージンズ)がある。

写真:Noriko Shiota Slusser

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