

現在Titleは当面19時までの短縮営業、土日は臨時休業にしている(原稿執筆時、4月9日からは臨時休業中)。とはいえ仕事すべてがなくなるわけではないので、休みにした日でも、自転車で店には行くことになる。
不要不急の外出は控えるようにとのお達しが出ているはずだが、家や店のまわりを見る限りでは、とてもそのような切迫した空気は感じられない。公園には変わらず人がいて、お昼時に行列ができるうどん屋さんには、その日も変わらず人の列ができていた。これが庶民感情というものか。その図太さにちょっと笑ってしまったが、店は休みにしてよかったと思った。
店にいるあいだは、シャッターは半分開けているが、そうすると中を覗きこむ人がいる。今日は休みですか、図書券を買いにきたんだけど……(もう「図書カード」になってます。おばあちゃん)。今日休みなのを知らなくて……〇〇を買いにきたんだけどあるかな。そのほか本を納品に来た友人、ヤマトのおじさん、何名かの人が扉をノックしては入ってきた。そのつもりではなかったけれど、その日も手元には少しだけ売り上げが残った。
WEBに届いていた注文を作り、いくつかのメールに返事をして、帰る前にその日来ていた本を棚に並べた。無心に手を動かすうちに、自分の身体のなかに何かが収まってくる感覚がある。毎日やっていることなのだけど、その日はそれがなつかしく、すべて終わったころには充実感に満たされた。ここがわたしの店で、仕事場なんだ。
外に出ると、ちょうど日が暮れかかっていた。このようなことがなければよい夕暮れ。日があるうちに帰ると、なんだか悪いことをしているような気になってしまう。
公園にいたたくさんの人は、もう誰もいなくなっていた。今年の桜はいつのまにか咲き、人知れず散ってしまった。一生に出合ううちには、そういうことだってあるのだろう。
今回のおすすめ本
自分がこの歳のころ何を見ていたのだろうと思い返したが、何も思い出せなかった。いま大阿久さんには色んなことが見えていて、それを素直に書くことができる。それはすごいことだ。芯のある、よい文章。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます
連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2025年8月9日(土)~ 2025年8月26日(火)Title2階ギャラリー
岡野大嗣と佐内正史の写真歌集『あなたに犬がそばにいた夏』(ナナロク社刊)の刊行記念展。佐内正史の手焼き写真5点の展示販売、岡野大嗣の短歌と書き下ろし作品などなど、本書に描かれる夏の日が会場にひろがります。短歌×写真のTシャツ「TANKA TANG」ほか刊行記念グッズの販売もございます。ぜひ足をお運びください。
【店主・辻山による連載<日本の「地の塩」を巡る旅>が単行本になりました】
スタジオジブリの小冊子『熱風』(毎月10日頃発売)にて連載していた「日本の「地の塩」をめぐる旅」が待望の書籍化。 辻山良雄が日本各地の少し偏屈、でも愛すべき本屋を訪ね、生き方や仕事に対する考え方を訊いた、発見いっぱいの旅の記録。生きかたに仕事に迷える人、必読です。
『しぶとい十人の本屋 生きる手ごたえのある仕事をする』
著:辻山良雄 装丁:寄藤文平+垣内晴 出版社:朝日出版社
発売日:2024年6月4日 四六判ソフトカバー/360ページ
版元サイト /Titleサイト
◯【寄稿】
店は残っていた 辻山良雄
webちくま「本は本屋にある リレーエッセイ」(2025年6月6日更新)
◯【お知らせ】
〈いま〉を〈いま〉のまま生きる /〈わたし〉になるための読書(6)
「MySCUE(マイスキュー)」 辻山良雄
今回は〈いま〉をキーワードにした2冊。〈意志〉の不確実性や〈利他〉の成り立ちに分け入る本、そして〈ケア〉についての概念を揺るがす挑戦的かつ寛容な本をご紹介します。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。
偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
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本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。