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息子が人を殺しました

2020.02.19 公開 ツイート

夫の窃盗で人生暗転…アパートから追い出され心中を覚悟 阿部恭子

連日メディアで報道されている、殺人、傷害、詐欺、窃盗といった犯罪。その裏には必ず、「加害者家族」が存在する。平和だった毎日が一転、インターネットで名前や住所がさらされたり、マンションや会社から追い出されたりと、まさに地獄へと突き落とされるのだ。『息子が人を殺しました』は、その実態を赤裸々に描いた一冊。ショッキングな事例をいくつかご紹介しよう。

*   *   *

窃盗でも人生が一変する

相原真由美(30代)は、数カ月前に生まれたばかりの娘と5歳の息子と暮らす専業主婦で、夫は自営業者だった。

(写真:iStock.com/bee32)

ある日、夫が近所の家電量販店から電子機器1台を盗み、窃盗罪で逮捕されたという連絡を受けた。あまりに突然の出来事で信じることができず、警察署に電話をし、連絡をくれた担当警察官の名前を確認した。すると、夫は警察署に勾留されており、逮捕は間違いないことがわかった。

電話を切るやいなや、報道陣が殺到するのではないかと不安が襲ってきた。窓のカーテンを閉め、隙間から外の様子をうかがっていると、テレビ局の車と思われるワゴン車が1台停まり、中から大きなカメラを担いだ男性とスーツを着た男性がアパートに近づいてくるのが見えた。

真由美は急いでテレビを消し、子どもたちをお風呂場に連れていった。玄関のチャイムが鳴ったが、息を殺すようにして、留守を装った。すると、不在だと思ったのか、取材陣の足音は一瞬遠のいた。外を確認すると、テレビ局のものらしきワゴン車はまだ停まっている。

おそるおそる玄関に近づくと、遠くからチャイムを鳴らしている音が聞こえた。どうやら、取材陣は近所に取材を始めたようだった

微かに夫の名前が聞こえた。真由美は、アパートの住人まで巻き込む事態となっていることを知り、関係のない人への取材をやめてもらうべく、外に出ていこうと思った。

しかし、恐怖で足が震え、外に出ることはできなかった。躊躇している間に、いつの間にか外の報道陣らしき車や人影は消えていた。

その日の夕方、真由美のアパート近くに住んでいる大家さんが事情を聞きに訪ねてきた。真由美は、夫の事件によって迷惑をかけてしまったことを深く詫びたが、大家さんは、一刻も早く立ち退いてほしいと言って聞かなかった

昼間に現れた報道陣は、真由美が留守を装っていたことから、アパートの101号室から順番にチャイムを押していき、部屋を特定しようとしていたようだった。大家さんのところには、突然の取材に驚く住人からの苦情が殺到し、対応に追われたという。

さらに、大家さんは、昼間のニュースでこのアパートが犯人の自宅として映ってしまったことから、その後、退去者が出たり、入居者がいなくなることを心配していた。頼る親族もいない真由美は、突然の立ち退き要求に困り果ててしまった。

アパートを追い出され……

翌日、外に出ると、ドアに「犯人の家ココです。」という紙が貼ってあった。郵便受けには、「ふざけんな泥棒」「出ていけ」「死ね」と書かれた紙が投げ込まれていた。真由美は恐ろしくなり、引っ越しを決意した。

(写真:iStock.com/Lordn)

乳飲み子を抱えての家探しは大変だった。どんな条件の悪い物件であっても、今の環境よりは安全だと思い、不動産屋を訪ねたが、専業主婦の真由美が家を借りるのは容易なことではなかった。賃貸契約には保証人が必要だが、引き受けてくれる人などいない。夫はこれから仕事に復帰できるかどうかもわからない。不動産屋を3軒回ったが、すぐに引っ越せるような物件は見つからなかった。

住む家がなくなるかもしれない……。追いつめられた真由美は、子どもたちを連れて心中しようかと考えた。これからいったいどうやって生きていけばよいのかわからなかった。

結局、死ぬことができないまま途方に暮れて自宅に戻ると、夫の弁護人から留守電が入っていた。真由美はすぐに連絡を取ると、夫はすでに店側に被害弁償を済ませており、まもなく釈放される見込みだという。

真由美は、この知らせに安心して涙がこぼれた。一度は自分たち家族を地獄につき落とした夫を許せないと思ったが、結局、頼れる人は夫しかいなかった。その後、真由美と家族は、夫の実家で静かに生活をしている。

連日起きている犯罪の中でもメディアスクラムにさらされる事件は、重大事件や著名人が起こした事件であることが多い。その他の事件は、その時々によって報道のされ方が変わってくる。

しかし、今回のような著名ではない男性による窃盗であっても、報道陣がアパートに押しかけて大家さんを怒らせ、引っ越しを余儀なくされることはあるのだ。

関連書籍

阿部恭子『息子が人を殺しました 加害者家族の真実』

連日のように耳にする殺人事件。当然ながら犯人には家族がいる。本人は逮捕されれば塀の中だが、犯罪者の家族はそうではない。ネットで名前や住所がさらされ、マンションや会社から追い出されるなど、人生は180度変わる。また犯罪者は「どこにでもいそうな、いい人(子)」であることも少なくない。厳しくしつけた子どもが人を殺したり、おしどり夫婦の夫が性犯罪を犯すことも。突然地獄に突き落とされた家族は、その後どのような人生を送るのか? 日本で初めて加害者家族支援のNPO法人を立ち上げた著者が、その実態を赤裸々に語る。

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阿部恭子

NPO法人World Open Heart理事長。東北大学大学院法学研究科博士課程前期修了(法学修士)。二〇〇八年大学院在籍中に、社会的差別と自殺の調査・研究を目的とした任意団体World Open Heartを設立。宮城県仙台市を拠点として、全国で初めて犯罪加害者家族を対象とした各種相談業務や同行支援などの直接的支援と啓発活動を開始、全国の加害者家族からの相談に対応している。著書に『息子が人を殺しました』(幻冬舎新書)、『加害者家族を支援する』(岩波書店)がある。

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