五年に渡って連載した『聡乃学習』の単行本が刊行された、女優の小林聡美さん。句会にまつわる小説『桜木杏、俳句はじめてみました』の文庫が12月5日に刊行される、俳人の堀本裕樹さん。
「俳句」を通じて知り合ったお二人に、俳句の楽しさ、面白さ、難しさや、ご自分にとって文章を書くということの意味、小林さん憧れの田舎暮らしと、堀本さんの海辺の暮らしのことなど、自由に語り合っていただきました。
(記事の最後に、『桜木杏、俳句はじめてみました』の刊行記念イベントのご案内があります)
* * *
―まずはお二人の共通の話題である、俳句のお話からうかがいましょうか。先日、堀本さんが指導する「たんぽぽ句会」の100回記念の会に、ゲストとして小林さんが招かれていましたね。とても盛り上がった会でした。
小林聡美(以下、小林) そのときのたんぽぽ句会で、堀本さんが私の句を特選(特別に良かった句)に選んでくださったのですが、あれ、ホントに私の句だと知らなかったんですか?
堀本裕樹(以下、堀本) もちろんです。句会では無記名で俳句だけを提出するので、「小林さんの句だから選ぶ」ということはありません。なにより選句をすることで、その人自身が問われますから、僕は良い句しか選びたくないんですよ。句会に出されたたくさんの句から、自分が良いと思う句を選ぶということは、ちょっと大げさですけれど、自分の美意識や教養が同時に問われると思っています。だから「小林さんがゲストに来てくれたから特選にしよう」というわけにはいかないんです。
小林 そうなんですね。
堀本 気を遣って選んでしまうと、僕が選ぶときの美意識がぶれることになるので、そこは曲げられないところなんです。本当に真剣に選んで小林さんが特選でした。先日の句会は、おかげさまで100回記念にふさわしく盛り上がりました。
―小林さんは、初めて句会のゲストとして招かれたんですよね。
小林 そうそう、本当に初めてだったんですよ。友人たちとやっている句会歴はまあまあ長いですけれど、他流試合の機会もなくて。
堀本 今回、お出しになったエッセイ集、『聡乃学習 サトスナワチワザヲナラウ』の中にも、俳句のことが出てきますね。月に1回、8人のレギュラーメンバーで句会を開いていて、毎回ゲストを呼ぶという形。句会はどんなきっかけで始めようと思ったんですか。
小林 もともと落語が好きで、大好きな柳家小三治さんが「東京やなぎ句会」という句会をされていて、その様子をまとめた本も出ているんですね。会の実況が書かれているんですが、自由に遊んでいる感じが楽しそうで。それで「こんなふうに遊んでいいんだ」と思って。
その頃は、ちょうど落語など日本的なものに関心がある時期だったので、「俳句も面白いんじゃないかな」と、興味がありそうな人に声をかけたら、意外に集まっちゃった。でも先生もいないですし、「それぞれが勉強をして、研鑽を重ねて遊びましょう」って感じなんです。
堀本 小林さんが中心になって、開いているんですよね。今年、僕もゲストで呼んでいただきましたが、楽しかったです。みなさんの和気藹々とした雰囲気もいいですし、あと持ち寄った景品を交換しあったり、自分が「天」(一番)に選んだ句を色紙に書いて相手に渡したり、そういう遊びが楽しかったですね。
小林 他の人から天に選ばれると、貰った色紙がどんどん増えて。玄関に飾っているんですが、厚みが出てくるんです。「そろそろ整理しなくちゃ」と思うのも、ちょっと嬉しかったりします。
堀本 天の色紙もけっこう溜まってきましたか。
小林 はい。それもそのはずで、計算したら今年で8年目、来年の2月で100回になるんです。
堀本 ほとんど、たんぽぽ句会と変わらないじゃないですか。100回記念を祝して何かやらないんですか。
小林 みんなでご飯を食べて、「記念品を作ろうか」って話しています。
堀本 先日のたんぽぽ句会は緊張しましたか?
小林 緊張しましたけど、俳句って、「皆の前で恥をかいてなんぼ」じゃないですか。恥をかくことには私の仕事の関係上でも慣れていますから(笑)。
堀本 おそらく女優の仕事も同じ部分があると思うのですが、恥をかく覚悟というのは、本当に大事なんですよ。たまに「私は全然、駄目なのでお恥ずかしい」という人がいますが、謙遜の気持ちを持つのはいいとして、俳句は恥をかいていかないと上達しないんです。
小林 堀本さんの小説、『桜木杏、俳句はじめてみました』の主人公、杏ちゃんも、最初は「私もうやだ」「恥ずかしい」と言っていたのに、だんだん成長していく様子が描かれていますよね。
堀本 間違ったり、恥をかいたりして初めて覚えるし、それで身についていくということはありますよね。
小林 漢字の読み方にしても、特殊なものがあるじゃないですか。「星月夜」はずっと「ほしづきよ」だと思っていたら、「ほしづくよ、って読むんですよ」と言われたり。いい歳になって、知らない漢字の読み方を知ることがあったりして。
堀本 ありますよね。でも間違いを訂正されて覚えたことは忘れませんから、それはとても大事なんじゃないですか。
小林 それから書けないかもしれないけど、読める漢字は増えますね。蟷螂とか蜻蛉とか。そういえばあるとき、「玉蜀黍」という漢字を誰も読めなくて、「なんて読むんだろう」と、打ち合わせが滞ったことがあって。ふと「これ、トウモロコシじゃないですか?」と言ったら、一瞬で株があがったことがあります。
堀本 それは俳句の効用ですね。
小林 だからと言って書けるわけじゃないんですけどね。
堀本 季語にはけっこう難解漢字がありますから、知っているだけである種の雑学にもなるし、ちょっとしたときに役に立つという。
小林 ただ先は長いですね。俳句を始めてみて、知れば知るほど、奥が深くて面白いと同時に難しい。ゴールがありませんね。
堀本 だからこそ、小林さんも僕も、それぞれの句会で100回も続けてこられたんじゃないでしょうか。生きている限り、この先さらに100回でも200回でも重ねていける。ゴールのない遊びだから、俳句はいいなと思うんですよ。
小林 句の評価も、人によって違うところが面白いですね。たぶん堀本さんでも、作られた句が、いつも必ずいい点とは限らないでしょう。だからこそ、「胡座をかかず」というか、日々研鑽して精進を怠らないようにしようと、続けていくモチベーションになりますよね。
堀本 そうですね。俳句や句会って「大人の遊び」なんです。もちろん若い人もたくさんやっていますけど、大人がやるには最適な、懐の深い遊びだなと思うんですよ。僕は指導者の立場で句会に出ることが多いわけですが、俳句を出しても1点も入らないこともあります。そこがまた平等で、大人な感じがするんです。
小林 自分の句が選ばれなくても腐らず、選ばれた人に「良かったね、すごいね、この俳句はいいね」と言えるような大人になるというね。
堀本 それが大事なところですね。
小林 句会は人を成長させるんですね。じゃあ長く俳句を続けている方たちは人格者ということになるんでしょうか。
堀本 すごく素直な人が、続くんだと思います。俳句だけでなく、何でもそうだと思いますが、ひたむきで素直な人が伸びていきます。
小林 わかる気がします。
堀本 もちろん自分の信念や考え方があっていいんですが、知らないことは虚心になって真剣に学ぶ。小林さんの『聡乃学習』でも、素直に物事に触れて、学んでいこうとするじゃないですか。特に知らないことについて「素直であること」は大事だな、と思いますね。
小林 そうですね。先入観とかあまりないかも。
堀本 本の中でも、思いついたら「そうだ、大山に行こう」と一人でパッと出かけてますね。とても面白かったです。
小林 あの日は休みで、あまりにも天気が良かったんですよ。それで落語の「大山詣り」にも出てくるし、神奈川県の伊勢原市にあるから、距離的にもちょうどいいかと思ったんですよね。
堀本 でも連休中だったから、滅茶苦茶混んでいた。大山は僕も俳句の吟行で何度か行ったことがありますが、良いところで大好きなんですよ。
小林 平日ですか。
堀本 平日です。
小林 空いてました?
堀本 空いてました。
小林 良かったですね。本にも書いたとおり、私が行ったときは大変な混雑で何もできずに帰ってきました。
堀本 ぜひ、吟行で行ってみてください。
小林 吟行も楽しいですよね。この本(『桜木杏~』)の中に出てくる「三島の吟行」は、実際に行ったんですか?
堀本 そうです。そのときに吟行に行ったメンバーが作った句を、小説の中でも使わせていただいています。
小林 巻末に提供した方の句が載っていますよね。またうまい具合に物語に合っていて。物語を考えて、それに合う俳句を選んだんですか?
堀本 いえ、なんとなく設定だけは考えていたんですが、あとはメンバーの俳句を参考に、物語を書いていきました。
小林 小説に出てくる俳句と物語の組み合わせがキャラクターともどもピッタリ合っていて、すごくうまいな、と読みながら思いました。
堀本 なんとかうまくいきましたね。
小林 句会の入門書としても本当にわかりやすいし、小説のキャラクターが作った俳句として考えても、全然違和感がなかったです。
堀本 最初は俳句入門書を書くつもりだったんですよ。でもすでにたくさん出ているし、同じような入門書を出しても仕方ないな、と考えたときに、「物語仕立てにして、その中で俳句のいろはを先生やキャラクターに語らせたら、句会の進め方や楽しさも伝わるかな」と。
―堀本さんは今、「小説幻冬」で「海辺の俳人」という連載エッセイをなさっています。堀本さんは俳人で小林さんは女優、本業ではない「エッセイを書くこと」については、いかがですか。
堀本 俳句を始める前は小説家になりたかったんです。小説は散文、俳句は韻文ですから、自分の散文を鍛えるために大学2年生のときに俳句サークルに入りました。
小林 大学2年って、20歳ですか?
堀本 19のときですね。文章を書きたいという気持ちは自然にありました。いつも頭のどこかに「これ、エッセイのたねになるかな」という考えは持っています。小林さんはどうですか?
小林 私もエッセイの連載がある時期は、何を書いたらいいのか悩みますが、見つからないときはもう何も考えずに書き出します。今考えているのは、俳句のことのほうが多いかも。
堀本 それは嬉しいですね。
小林 ほんとに、本業よりも俳句のほうに気持ちが……。
堀本 小林さんの中でエッセイを書く楽しみはありますか?
小林 楽しみは「終わること」ですね。書き終わること。
堀本 書き終わったときは、解放感がありますね。
小林 私は自分のことを人に話したりするのが苦手なんですが、エッセイには自分が何を思っているのかを書かなきゃいけない。最初はそれがすごく苦痛でした。本当に大変だと思ってやっていたんですが、あるとき「どうせ誰も読まない」って思って書けば気が楽だということに気づいて。ずっとその気持ちで書いています。
堀本 といっても、みなさん興味津々で読んでいると思いますけどね。
小林 そうなんですかね。たださっきの「恥をさらす」話じゃないですけど、だんだん鍛えられて、「もう別にいいや」となってきました。最初は、自分をさらけ出すことにヒリヒリしていましたけど。
堀本 女優としての小林聡美さんがどういうことに興味を持って日常を過ごしているのかについては、おそらく皆さんが興味を持っているでしょう。そして本の中で一番出てきたのが、田舎暮らしのこと。
小林 田舎暮らしと、あとは健康ね。
堀本 どういう場所に憧れがあるんですか? 僕は海に憧れて3年前から、海辺の暮らしを始めたんですが。
小林 私が住みたいのは山ですね。ただイメージが具体的になっていないのが、自分の弱いところだと思います。それから年齢も50代になってくると、「病院はあるか」とか、自然災害とか、心配事も増えてきて。
堀本 でも小林さんには、いつか田舎暮らしを実現していただきたいなあ。田舎暮らしのビジョンを固めると、場所や物件も見つかったりすると思います。
小林 私の場合、もうビジョンの段階じゃないですよね。だってあと何年元気でいられるか、って問題ですよね。
堀本 いやあ、まだまだ大丈夫ですよ。
小林 私の大好きな絵本作家のターシャ・テューダーは57歳で田舎暮らしを始めたので、それを考えるとまだ3年ある。
堀本 本にも書いていますね。ぜひとも田舎に引っ越されて、ターシャの庭ならぬ「聡美の庭」を作っていただいて。
小林 ネギとか大根とか。
堀本 そうすると田舎暮らしのエッセイが書けるじゃないですか。
小林 書けるのかな。
堀本 たぶんいろんな方が読みたいと思いますよ。僕も読みたいですし。
小林 あっ、もしかしたらいい俳句が作れるかもしれません。
「小説幻冬」2019年12月号より 構成・矢内裕子 写真・高橋浩
* * *
*堀本裕樹さんと一緒に句会気分を味わってみませんか? 1月24日19時から、『桜木杏、俳句はじめてみました』の刊行記念イベント[堀本裕樹の「作らない句会」]を開催します。詳細はこちら幻冬舎大学のページをご覧ください。