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芥川賞はなぜ村上春樹に与えられなかったか

2019.12.23 公開 ツイート

村上春樹『一九七三年のピンボール』を芥川賞選考委員はどう読んだか 市川真人

ノーベル文学賞の候補として、毎年のように名前が挙がる村上春樹さん。まさに日本を代表する小説家ですが、じつは「芥川賞」を受賞していないことをご存じでしょうか? 一体なぜなのか、その謎に迫ったのが、文芸評論家・市川真人さんの『芥川賞はなぜ村上春樹に与えられなかったか』です。選考会で何があったのか? そもそも「芥川賞」とは何なのか? スリリングな本書の一部を抜粋してご紹介します。

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「デビュー二作目」の評価は?

こうやって抜粋してみるだけでも、一部を除いて黙殺されていた『風の歌を聴け』に比べて、それぞれにかなり多くの言葉が費やされ、一定の評価が与えられているのがわかります

(写真:iStock.com/yuelan)

選考委員の顔ぶれは同じで、『風の歌を聴け』でも肯定的な評価をしていた丸谷才一・吉行淳之介のふたりは変わらず肯定(吉行は今回は授賞にも反対せず)、バタくささを批判していた瀧井のじいちゃん(この一年で八十六歳になりました)は「筋のない/手も足も出ない」ことに不満を表明。前回酷評した遠藤周作は、今回は「最後まで残」るだろうと予想しています。

前回の選評での黙殺組のうち、中村光夫と井上靖は、作品には満足せぬものの村上春樹という作家には肯定や期待を表明。丹羽文雄・開高健・安岡章太郎の三名は、あいかわらず無視を決め込んでいましたが、ある意味で、いちばん変化が大きいのが大江健三郎。前回はあきらかに意図的に省略していた「村上春樹」という名前を、積極的評価とともに書き記しています。

『風の歌を聴け』の時点でも、否定だけではないニュアンスが奇妙さのなかにありましたが、この年に行われた、二十世紀後半を代表する作家のひとり中上健次との対談「多様化する現代文学──一九八〇年代にむけて」で大江さんは、こんなことを言っていました。

根っこを洗い出すということについていえば、自分の人間の個としての根っこを洗い出すということもあるし、ぼくたちが所属している共同体、それはおおいににせの共同体でもあるが、その自分たちが属しているものの根っこを洗い出すということの、その二つがあって、それらはもとより小説において統一できるはずのものですね」

大江健三郎の変化のわけ

「小説の目的」のひとつに、「自分自身」とその「所属する共同体」という、ふたつのものの「根源を求めること」があって、とりわけ後者についてはそれが「おおいににせ」であっても/あるからこそ、その過去を洗い出す必要がある……そういう彼の考え方は、村上春樹が『風の歌を聴け』でとった態度とよく似ています。

(写真:iStock.com/Shin)

村上龍や田中康夫のように外部の対象としてアメリカを描くのではなく、みずからキッチュでフェイクなポップアート的なアメリカをやってみることで、「アメリカなしにはやっていけない」戦後日本と、「限定し、承認するアメリカ」なしではいられない(自分も含めた)日本人の両方をあぶり出そうとすること──それこそまさに、「根っこを洗い出す」行為。

そう考えれば二作目の『一九七三年のピンボール』で、村上春樹が視点をもうちょっと日本寄りにして、“アメリカなしではやっていけない、去勢された父”を主人公に、彼がピンボールに恋してしまう物語を組み立てたことにも一理ありそうです。瀧井孝作が図らずも選評に書いた「手も足も出ないで只帰る」姿は、まさに村上春樹の意図どおり、この物語の主人公(とその延長線上の日本人)を象徴しているのです。

だからこそ大江健三郎も、『一九七三年のピンボール』を前に、もはやただの「模倣」であるとは言いません。彼はそれを書いた村上春樹を、「他から受けたものをこれだけ自分の道具として使いこなせるということは、それはもう明らかな才能というほかにない」と賞賛するのでした。それはおそらく彼自身が、代表作『万延元年のフットボール』のポップアート的模倣を、『一九七三年のピンボール』に読みとったことにもよるはずです。

しかし。理解者がいくらか増えはしたものの、日本と彼自身とそして多くの日本人が“去勢された父”であると暗に言い放つ『一九七三年のピンボール』は、やはり歓迎されませんでした。村上龍の『限りなく透明に近いブルー』に対して選考委員たちが与えた評価と、『一九七三年のピンボール』への評価とは、同じメンバーなのにあまりにブレて見えます。

「とらまえどころのない」「作品が中途半端な評価しかできない」「技巧的な出来栄えから見れば、他の候補作の大部分に劣る」「何が言いたいのかサッパリわからない」と言いながら、永井龍男と瀧井孝作以外は積極的な反対をしようとしなかった『限りなく透明に近いブルー』と、「ずいぶん上手になつた」「明らかな才能というほかにない」「長い枚数を退屈せずに読んだ」「才能はある人らしいが惜しい」「予想通り(……)最後まで残った」と書かれながらまるで授賞の空気の感じられない『一九七三年のピンボール』。

そのブレの感触は、受賞作のなかったその回の選考で彼らが珍しく「佳作」とした、丸元淑生『羽ばたき』を読むと、いっそう強まるばかりです。

関連書籍

市川真人『芥川賞はなぜ村上春樹に与えられなかったか』

『1Q84』にもその名が登場する日本でもっとも有名な新人文学賞・芥川賞が、今や世界的作家となった村上春樹に授賞しなかったのはなぜなのか。一九七九年『風の歌を聴け』、八〇年『一九七三年のピンボール』で候補になったものの、その評価は「外国翻訳小説の読み過ぎ」など散々な有様。群像新人文学賞を春樹に与えた吉行淳之介も、芥川賞では「もう一作読まないと、心細い」と弱腰の姿勢を見せている。いったい選考会で何があったのか。そもそも芥川賞とは何なのか。気鋭の文芸評論家が描き出す日本の文学の内実と未来。

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芥川賞はなぜ村上春樹に与えられなかったか

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市川真人

1971年、東京都生まれ。早稲田大学第一文学部文芸専修卒業後、百貨店勤務を経て、近畿大学大学院文芸学研究科日本文学専攻創作・批評コース修了。現職として、雑誌「早稲田文学」プランナー/ディレクター、早稲田大学文化構想学部ほか兼任講師、TBS系情報番組「王様のブランチ」ブック・コメンテーターなど。

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