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発達障害と呼ばないで

2019.09.21 公開 ツイート

発達障害と誤診されがちな「愛着障害」って何? 岡田尊司

ADHD、学習障害、アスペルガー症候群、自閉症……。近年、「発達障害」と診断される人が急増しています。一体、どうしてなのでしょうか? 精神科医・岡田尊司先生の『発達障害と呼ばないで』は、その意外な秘密に迫った一冊。発達障害は「生まれつきの脳機能の障害」という、これまでの常識がガラッと変わることでしょう。そんな本書から、一部を抜粋してお届けします。

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乳幼児期の環境が子どもの将来を決める

愛着は母親との関係だけでなく、それを鋳型としてすべての対人関係の土台となる。なんと一歳半のときの愛着パターンは、大人になってからも七割の人で、同じ傾向が認められるのである。

(写真:iStock.com/Sasiistock)

しかし、愛着が重要なのは、それが対人関係の原基になるからだけではない。もっと幅広い影響を、生涯にわたってもたらすからである。というのも、愛着を土台に、その後の情緒的、認知的、行動的、社会的発達が進んでいくからであり、その土台の部分が不安定だと、発達にも影響が出ることになる。愛着障害が発達障害と見誤られてしまうのも、一つにはそこに原因がある。

安定した愛着を後ろ盾として、子どもはさまざまなことを学び、吸収し、自らを育んでいく。こうした愛着の働きを、発達心理学者メアリー・エインスワースは、「安全基地(safe base)」という言い方で表現した。

いざというときには、一〇〇%安心して頼ることができる存在との絆によって守られ支えられているからこそ、子どもは外界に目を向け、新たなことを体験したり、挑戦することができる。そうした外に向かう行動を、ボウルビィは「探索行動」と呼んだ。

幼い子どもが母親のもとを離れて、石ころや葉っぱを触りに行くのも、もう少し大きくなって、同じ年頃の子どもとかかわりをもとうとしたり、絵本を眺めたりするのも探索行動である。愛着という安全基地をベースキャンプにして、子どもは探索行動を行う。

愛着がしっかりしていると、子どもは探索行動に積極的になり、新しい知識や体験を増やしていきやすい。つまり、愛着は情緒や社会性の面だけでなく知的発達さえもバックアップしている

実際、母親との愛着が不安定な場合には、知能も低い傾向がみられ、親のIQと子どものIQを比べた場合も、子どもの方がIQが低い傾向がみられる。経験的に言っても、養育環境に恵まれていれば、もっと伸びたであろうというケースにしばしば出合う。

さらに、愛着は心理的な現象にとどまらず、生理的な現象でもあり、生理的な反応にさえ影響する。たとえば、ストレスに敏感な体質になったり、将来、うつや不安障害になったり、高血圧や過敏性大腸症候群になったりするリスクにも、愛着が安定したものとして育まれたかどうかが影響する。

生みの親から離れて施設で育てられた子どもたちは、十分な栄養が与えられている場合でも、成長や発達の著しい遅れを示し、二十世紀の中葉においてさえも、およそ三人に一人が幼いうちに亡くなった。それは、生命を守る生理的機能自体が弱くなり、ストレスや感染に対して抵抗力をもてなかったからである。

さまざまな事情により親からの愛情や関心が不足する中で育った子どもは、安定した愛着を育むことができず、不安定な愛着はその後の発達全般から、さらには、その後の生き方や病気のリスク、老化の速度や寿命にまで影響が及ぶことがわかっている。その意味で、愛着は、「第二の遺伝子」と言っても決して過言ではない。

大人の3割に「愛着障害」の傾向がある?

子どもの発達にとっても、精神的安定や身体的健康にとっても、愛着が安全基地として機能することはとても重要だと言えるだろう。それゆえ、その安全基地が、本来の機能を果たすどころか、子どもにとってむしろ危険な場所となってしまうと、どれほど深刻な影響が生じるかは想像に難くない。

(写真:iStock.com/itakayuki)

虐待やネグレクトのケースでは、まさにそうしたことが起きている。子どもは、対人関係の面や発達の面で障害を抱えやすくなるだけでなく、心身の健康も脅かされやすくなる。しかも、その影響は、虐待やネグレクトを受けていた時期だけでなく、生涯にわたって続くのである。

しかも、不安定な愛着の問題は、決して施設で育ったような子どもだけの問題でなく、普通の家庭で育った子どもにも、かなりの割合で認められることがわかってきている。およそ三分の一の子どもが不安定型の愛着パターンを示し、混乱型の割合も一割を超えるのである。

虐待と気づかずに普通の家庭でも起きやすい問題は、過度の支配と否定的な言葉による虐待である。良かれと思って、子どもの主体性を押しのけて親がすべてを差配し、子どもに親が最善と考えることを強いてしまうと、子どもには強制収容所を体験したような効果が現れ、結果的に虐待になってしまう。

また、親が何の気なく使う否定的な言葉も、子どもの自己肯定感を打ち砕き、否定的で被害的な認知を刷り込み、安心感を損なうことになる。これもまたイジメと変わらない効果をもつ。そうした親の“癖”は、親自身の愛着スタイルと関係しており、過去の否定的体験に根ざしていることが多い。不幸の連鎖を断ち切るためにも、まずその“癖”を自覚して、止めることである。

成人し、中年となった段階でも、およそ三割の大人が、不安定型愛着スタイルを示す。つまり、幼い頃の不安定な愛着を、ほとんどの人が大人になっても引きずり続けているということである。

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発達障害と呼ばないで

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岡田尊司

1960年、香川県生まれ。精神科医、医学博士。東京大学哲学科中退。京都大学医学部卒。同大学院高次脳科学講座神経生物学教室、脳病態生理学講座精神医 学教室にて研究に従事。現在、京都医療少年院勤務、山形大学客員教授。パーソナリティ障害治療の最前線に立ち、臨床医として若者の心の危機に向かい合う。 

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