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京都「草喰なかひがし」店主の『おいしいとはどういうことか』

2019.09.25 公開 ツイート

第3回

食べているのはすべて他の生き物の命 中東久雄

理想の食事は、舌より、まず体が喜ぶ——。

『おいしいとはどういうことか』中東久雄(幻冬舎新書)

喉が渇いたときに飲む水は心底おいしいけれど、渇きがおさまった後に同じ水を飲んでも、もうおいしいとは感じない。体が必要としていないからだ。すなわち「おいしい」とは本来、体という自然によりそい喜ばせてあげたときに生まれる感覚のこと。

しかし、ただおいしいだけでなく、この「体が喜ぶ料理」を作るのが案外難しいと著者は言う。
どうしたらそんな料理が作れるのか。そもそも料理とは何か――?

京都で最も予約がとれない日本料理店「草喰なかひがし」店主・中東久雄さんが、野山を馳せ巡りながら得た“食”にまつわる究極の哲学。

*   *   *

食べることは殺すこと

魚にしても、最近は水洗いまでしてから厨房に届くことが多いそうです。八百屋さんも野菜を綺麗に洗ってから、料理屋に納品するといいます。

土付きの野菜を仕入れたり、自分の畑で栽培した野菜を使っているレストランもあるでしょう。けれどそれは少数派で、たとえばホテルのレストランに勤めているある料理人の方は、もう何年も土ひとつついていない野菜しか見たことがないと言っていました。

昔はウズラなどは羽つきのまま売っていたものです。料理するにはまず羽をむしらなければいけない。今の人ならなんと言うでしょう。最近はそのウズラさえ見かけなくなりましたが。

たとえば鰻にしてもあらかじめ開いた状態で届けられます。鱧はもだってそうです。料理人は、鱧の骨切りをするだけです。

私たち料理人でさえ、昨今では生きているものの命を奪うという瞬間を、ほとんど経験しないで済むようになってしまった。それでは命をいただいているという感覚がどうしても薄れてしまう。

私の店では、鯉は池に泳いでいるのを獲ってきて料理します。

捌く前に、まず鯉を殺さないといけない。毎日のことですが、やはり慣れるということはないです。そのたびに、胸に思うことはあります。せめて鯉の頭を出刃の背でガツンと叩き一撃で気絶させるときに、声には出しませんが、おいしく食べるからなという思いを込めます。

偽善やと言われるかもしれません。殺される鯉の身になれば、おいしく食べられようが食べられまいが同じやと。

けれど、自分たちが他の生き物の命をもらって生きているということの重みを、そういう風に自分の生身の体で感じながら料理するのは、最低限の礼儀だと思うのです。どんな生き物であろうと、なんらかの形で他者の命の犠牲の上に自らの命を保っています。それが食べること、ひいては生きるということであり、それはどうにもできない生き物の宿命です。生き物の業ごうといってもいいかもしれない。

食べることは、身も蓋もない言い方をすれば、殺すことなんです。

ほんの数十年前までは、そんなことは誰もが実感として知っている、言うなれば常識のようなものでした。さっきまで生きていた命を自分の手で絶つときのあの感覚は、料理をする者なら誰もが日常的に経験していることでした。

だから誰もがごく自然に、食に対して感謝の念を持って生きていました。日本では食事をする前に「いただきます」と言います。そこで手を合わせる方も多いでしょう。キリスト教圏の人たちは、食事の前に祈りを捧げるそうです。食への感謝の気持ちは、万国共通で普遍的です。

その根っ子には、他者の命をいただいているという感覚があったと思うのです。もちろんそれ以前に、食物を手に入れることが今に比べて格段に大変だったという事情もあったのでしょうけれど。

そういう感覚がどんどん薄れているのが現代です。

食材が他の生き物の命だという事実は今も昔も変わりませんが、料理をする現場でさえも、その命からどんどん遠く離れつつある。

食材の生産量が増大し、昔に比べれば飢える人が遥はるかに減ったのは、もちろん良いことだと思います。けれどその結果として食の分業化が進み、料理をすることが、極端にいえば、工業製品を組み立てることのような、なにか機械的な作業になってしまった。

肉も魚も血を抜かれ、小綺麗に捌かれ、発泡スチロールとラップにくるまれて、陳列ケースに並んでいます。今や料理をするとは、レシピに従って、その中から必要なものを選び、切って加熱して調味料を加える作業でしかなくなってしまった。命をいただいているという感覚など、その中のどの工程にも含まれる余地はありません。

現代の食の問題の根本は、要するにそういうところから生まれているのだと思います。

大量の食品廃棄が問題になっていることはご存じだと思います。けれど冷蔵庫で消費期限切れになったお肉のパックをゴミ箱に捨てるときに、損をしたと思う人は多いでしょうけれど、牛や豚に申し訳ない気持ちになることは少ないんじゃないでしょうか。

私の店で働いている若者が、「現代の人間はただ生ゴミを生産する生き物だ」と言ったことがありますが、その通りかもしれません。それは人間が、この地球の害虫でしかないということでしょう。そんな生き方を、いつまでも続けられるはずはありません。それ以前に、そもそもそんな生き方をして幸せでしょうか。

食べるということは、命を奪うこと。

言葉にすると残酷なようですが、残酷なことをしなければ生きていけないという厳粛な事実を腹の底でしっかり覚悟して生きるために、今日も私は鯉の頭を叩くのです。

大根の毛根と、母親の乳房

鯉に限らず、人参も大根も本質は同じです。

私の店をスタジオがわりにして、NHKの料理の番組を春夏秋冬の4回にわたって放送していただいたことがあります。毎回、季節の料理を作るところを映すのですが、番組を見ていたお客さんから「中東さん、殺せつ生しようなことしはるんですなあ」と言われました。

その回は、鶏と赤葱のスキヤキを作りました。鶏を殺して毛をむしるところから、私の鶏料理は始まるのですが、お客さんはそのシーンのことを仰ったのでした。私はこうお答えしました。

「ああそうですかねえ。でも鶏に限らず、大根や人参を引くときだってみんなそうなんですよ。大根を畑からぐーっと引いたら、細かい毛根がぶわーっと出てきて、なんかあの、まるで赤子を母親の乳房からむりやり引き離すような気持ちになるんです」

これは冗談ではなく、本心でそう思います。

動いてる動物を殺すのは誰もが殺生やとわかりますけど、大根や人参にも命があるということを、まったく認識していらっしゃらない。そのお客さんに限らず、今の人はたいていそうだと思います。これも食べることが、畑から遠く離れてしまった弊害です。

私たちが食べているものは、動物植物を問わず、みんな命があるわけです。牛も鶏も豚も、人参も大根もジャガイモだって、みんな命はひとつですから。その命は大切にしないといけない。

理屈ではなく、畑に通っていると自然にそう思うようになります。

そしたら食べられるものは、みんな食べ尽くす。それが命への礼儀やと思います。

ところが、そういう命のひとつひとつが、箱に入れて並べられて、そこに秀バン、優バンとかランクづけされて、規格に合わへんものは廃棄されているわけです。

スーパーのジャガイモは、10個一袋に詰められて、どの袋を取ってもみんな同じ大きさになっている。そんなこと、自然の状態ではあり得ないわけです。小さいジャガイモもあれば、大きいジャガイモもいろいろあるわけです。

それが選別されて袋詰めされて、そのまま流通して。規格より小さかったり、大きかったりしたらこれは不揃いやということで、規格外ということになって捨てられているわけです。こんな小さなジャガイモだって、揚げて炊いたらおいしいのに、小さなジャガイモはなかなか売ってない。農家の側からすれば売れないから、捨てるしかないということになる。いくらかは家族が食べたり、安売りで売ったりしたとしてもです。

大根だって、たいがい葉っぱを切り落とされています。葉は運ぶのに邪魔だし、すぐに鮮度が落ちて黄色くなるからです。

あの葉っぱがおいしいのに!

大根買って、葉を食べようと思っても、その葉がついていない。栄養豊富でおいしい葉っぱが切り落とされ、規格品のように形と大きさの揃った優等生の大根だけが、まるでスマホかなにかのようにスーパーの棚にずらりと並んでいる。大おお袈げ裟さなようですけれど、その光景は現代の象徴のような気がしてなりません。

食品廃棄の問題にしても、そういうところから考え直さなければいけないのだと思います。私ら料理人ももちろん含めて、「ええ野菜」「ええ食材」をありがたがる風潮が、その裏でどれだけ「命」を捨てることにつながっているか。

そこに想像力を働かせないと、日本の食糧自給率だってなかなか上がらないと思うのです。その大いなる無駄のつけを、大切な一次産業である農業や畜産業、漁業にたずさわる方々が背負わされているわけです。

農業や漁業が後継者不足で衰退していると聞きますが、その責任の一端は私たち消費者にもあるんだと思います。

ただ、これは余談になりますが、消費者の意識が変わるのを待つだけではなくて、生産者の側がもっと積極的な働きかけをしてもいいと思います。

今までは流通の効率のために排除されていた、そういう「規格外」のものを売るためのシステムを作ることはできると思うのです。

身近な例ですが、こういうことがありました。

京都の大原に野菜の直売所があります。皆さんもよくご存じの、あの三千院のある大原です。この20年というもの、そこの朝市に私は毎朝顔を出しています。知り合いの畑を回るだけでなく、近所の農家の方々が朝市に出品する丹精込めた野菜たちを見て回るのも、店で使う食材の仕入れに欠かせない仕事です。

ここ数年のことですが、春になるとその朝市に、白菜の花や、大根の花、ブロッコリーの花に、芥子菜の花、葱の花などなど、いろんな野菜の花が並ぶようになりました。

野菜に花が咲くのはあたりまえですが、町から来るお客さんはあまり見たことがないらしく、珍しいことも手伝ってか売れ行きは悪くないようです。葱坊主はお馴染みかもしれませんが、あれも放っておくと花を咲かせるのです。

観賞用ではありません。どの花も食べることができます。

面白いことに、白菜の花は白菜の、大根の花は大根のほのかな香りと味がします。皿の隅に置けば、料理の飾りにもなりますし、一口囓れば野菜の香りが広がり、花の季節になったことを教えてくれます。

葱坊主も、葱の部分はもう硬くなってますから、花を千切って、アジがおいしくなる季節ですから、叩きにしたアジにその花を散らします。鰹の叩きに散らしてもいい。可愛らしい葱の花が、アジや鰹の叩きを視覚的に引き立てるだけでなく、口の中ではしっかり葱の味がして、これは旨いものです。

野菜を育てる農家の方にとって、そういう花たちは、言葉は悪いですが、畑の余計者でした。種取りをする場合は別ですが、そうでなければ農家にとってはなんの役にも立ちません。花を咲かせる時期になると、キャベツでもブロッコリーでも白菜でも大根でもなんでもだいたい同じですが、野菜たちは花を咲かせるための茎を一本すっと伸ばします。この茎はしっかりしてとても硬いものです。

この状態を、薹が立つと言います。人間の喩えにも使いますよね。あまりいい喩えではありませんが。野菜の場合は、その薹の先に花をつけるわけですが、そうなると野菜としての生命は終わります。次の世代に命を伝えるために、栄養は種と実に送られるようになり、葉は萎れて硬くなるし、地下の大根も食べられたものではなくなります。

だから薹が立った野菜は次の耕作が始まるまで畑で朽ちるに任せていたのですが、その捨てていた花が多少なりとも現金収入を生むようになったわけです。

僅かではあっても、そういう小さな積み重ねも大切だと思うのです。

大原の朝市のような、野菜の直売所は全国に少しずつ増えているそうです。野菜を育てる農家と、消費者が触れ合うようなそういう場所では、ただ商品としての野菜だけを売るのではなしに、命を売り買いしているんやという意識を持ち、一所懸命作ったんですという農家の思いまで持って帰ってもらうことが、やりようによってはできる。

野菜はただの商品ではなく、命そのものなのだという意識が世の中に広がれば、日本の農業の未来にもなにか役に立つことがあるんじゃないか。

少し余談が長くなりましたけれど、私自身もそういう思いで、日々の料理を作らせていただいています。

(次回は9月30日に更新予定です)

関連書籍

中東久雄『おいしいとはどういうことか』

喉が渇いたときに飲む水は心底おいしいけれど、渇きがおさまった後に同じ水を飲んでも、もうおいしいとは感じない。体が必要としていないから。すなわち「おいしい」とは本来、体という自然によりそい喜ばせてあげたときに生まれる感覚のこと。しかし、ただおいしいだけでなく、この「体が喜ぶ料理」を作るのが案外難しいと著者は言う。どうしたらそんな料理が作れるのか、そもそも料理とは何か――。京都で最も予約が取りにくい日本料理店「草喰なかひがし」店主が、野山を馳せ巡りながら得た“食”にまつわる究極の哲学。

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京都「草喰なかひがし」店主の『おいしいとはどういうことか』

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中東久雄

 

1952年、京都府生まれ。日本料理店「草喰なかひがし」店主。

摘み草料理で知られる花背の料理旅館「美山荘」で生まれ育ち、少年期から家業の手伝いに勤しむ。高校卒業後、本格的に料理の道に入り美山荘に27年間勤務。

97年に独立して銀閣寺のほとりに現在の店を開店し、今日に至る。

2012年に農林水産省料理人顕彰制度「料理マスターズ」でブロンズ賞、17年に同シルバー賞、16年に京都和食文化賞を受賞。

大原の地野菜の魅力を多くの料理人に発信し、地場の農業振興にも貢献している。

 

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