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楽しかったね、ありがとう

2019.07.01 公開 ツイート

試し読み2 モンタ 19歳・オス(ビーグル)

おもしろかったことを思い出して笑いたい 石黒由紀子

長生きして逝った犬や猫と飼い主が過ごした日々と、訪れる別れを綴ったエッセイ『楽しかったね、ありがとう』刊行を記念して、試し読みをお届けします。最後には、豆柴センパイと捨て猫コウハイのミニ対談つき。

*   *   *

「そういえば、私の古くからの友人が飼っていた犬がすごく長生きしたんですよ。ビーグルだったかなぁ……」

一緒に行ったライブの帰り、ごはんを食べているときに作家の山田マチさんが言った。私が「長生きしたペットの飼い主さんの取材を続けている」と話したときのこと。「ちょっと聞いてみますね」とその場でLINEで確認してくれて、「あ、19歳の大往生だったそうですよ」。なんと耳寄りな情報。「ぜひ紹介してください」とお願いしたら、さっそく、連絡先を教えてくれた。山田さんの古くからの友人とは愛知出身の漫画家でイラストレーターの福島モンタさん。そのご長寿愛犬の名前をペンネームとしている。

福島さんとお会いしたのは11月1日、犬の日。モンタさんが探してくれた、昭和感満載のおっとりした喫茶店でお話を伺った。現在は結婚し、夫婦と猫2匹の生活。モンタの思い出を引きずって、犬を飼うのはつらいとか、そんな理由で猫と暮らしているのだろうか。聞いてみると、「いえ、そんなことじゃないんです。僕、モンタを迎える前からもともと猫好きなんです。すみません、いい話じゃなくて」。

「引きずるとか、ないですね」最近も福島さんの姉が愛犬を亡くして、ずいぶんと落ち込んでいるとのこと。姉の子どもたち、甥っ子から福島さんに連絡がくるほどだ。ペットロスも気持ちは理解できる。でも「悲しみを引きずって後ろ向きになっているのは、生ききって亡くなったペットに失礼なのではないかと思うんです」。

モンタは19年生きて、すっごく笑えることや楽しかったこと、いい思い出がいっぱいあるのに、「死んでしまった」ということだけをクローズアップして、飼い主が悲しんでばかりいるのは、モンタの本意ではないはずだ。彼らは「そういうの、ちょっと迷惑だ」くらいに感じているのではないか、と。
もちろん、モンタが亡くなったのは最大に悲しい出来事で、寂しいし、泣いた。でも絶望的な気持ちではない。「ありがとう! お疲れ! 楽しかったね!」と受け止め、一緒に暮らしておもしろかったことを思い出して笑いたい。愛犬の死を自分の生に染み込ませて生きている。今いる猫のフジとアビは、モンタが亡くなる1年くらい前に迎えたので、モンタ亡きあと、やんちゃざかりな猫たちに気を紛らわせてもらって、助かった部分はおおいにあるけれど。

もともとモンタは、姉が「半額セールだったから」とペットショップで衝動買いしてきた犬。福島さんが16歳のときだった。ビーグル犬。たしかにあの頃はビーグル犬に見えた。でもたぶん、他の何かがミックスされている、と思う。色と模様はビーグルだけど、成長とともに、しっぽが太く大きくなって、体格もがっちり。バランスも少しだけ、変。

「晩年は人間のような顔になってきて“ビーグルとおじさんのミックス”って言ってました」

写真を見せてもらったら、本当にそんな雰囲気。

姉の犬なはずなのに、福島さんが散歩をする役目になり、やがて世話全般も任されるようになった。末っ子の定めというか、面倒な役目はすべて上から降りてくる。福島家には父はいなく、のちに姉は結婚して家を出た。それから母の再婚が決まり、兄もひとり暮らしをすることに。その結果、実家に福島さん、モンタ、モンタを迎える前からいた飼い猫のてんきが残された。高校を卒業し、大学生になる頃から福島さんと暮らす家族は、犬と猫になった。

家の隣にはアイリッシュセッターのブリーダーが住んでいた。ブリーダーは気のいいおじさんで、犬を見ると放っておけないらしく、庭につないでいることも多かったモンタのことも何かと気にかけてくれ、朝の散歩を担当してくれた。

おじさんは、犬を従える昔ながらのタイプ。ある日、おじさんに引かれてモンタが散歩をしているところを見たら、やけに誇らしげに、堂々と歩いているので驚いた。いつもは猪突猛進、急に走り出しては飼い主を疲労困憊させる、悪い例の見本のような散歩しかしないのに。

おじさんは、「モンちゃんは、立派な猟犬になる資質がある」と言い出して、陰で秘密の特訓もしていたようだ。無駄吠えをさせないようにと、無駄吠え防止用の、リモコンで電気が流れる首輪を貸してくれたり、獲物への食いつき方を教えようとしたり……。何かにつけて関わろうとするので、モンタとしては「飼い主って、どっち?」という状態だったと思う。

大学生になっても、その後社会人になってからも、遊びやバイトに行く前にいったん帰宅し、2匹の世話をし、モンタを散歩させてから再び出かけることが常。生活のベースに犬や猫がいたので、そうすることがあたりまえ。苦痛を感じたことはなかった。

ご長寿犬(猫)の飼い主からは、本当に身体が丈夫で「病気ひとつしたことがなかった」と聞くことがあるが、モンタはそうでもなかった。いつもは明るくて元気、単純でおもしろくてかわいい犬だったけれど、肺炎にかかったりヘルニアになったり、よく病院のお世話にもなった。

ヘルニアのときは、散歩中に急に倒れ込んで歩けなくなり、10日ほど入院。やっと回復し退院となった病院の帰り道、走る車からモンタはまさかのダイブをした。歩道にいたおじさんが「なんか落ったどー!」と叫んでくれて、危ういところでモンタを救助し、そのまま病院へUターン。

「モンタを後部座席に乗せていて、少しだけ窓を開けていたのですが、まさかダイブするなんてねー。想像もしていませんでした。入院仲間に気に入ったメスでもいたんでしょうかね」
さらに10日間の再入院となった。

いろいろ思い出すと、おもしろくて希有なことばかり。もし、いつかモンタに会って話すことができたら、隣のブリーダーのおじさんの話をたくさんして笑い合いたい。そして「あのとき、走る車から飛び出したのはなんで?」と聞いてみたい。

大学1年の頃からはお笑い芸人として活動をしていた福島さん。当時組んでいたお笑いグループのメンバーが次々と上京をするときに「自分はやっぱり絵の道で食べていきたい」とお笑いの道を断念。大学中退後、地元・名古屋の雑貨メーカーに就職し、雑貨をデザインしながら、東京の大手出版社に漫画の持ち込みをしていたが、出版社で担当してくれる編集者がついたことと、猫のてんきが亡くなったのを機に上京を決めた。

「連載も何も決まっていないのに出て来ちゃいました」

モンタはともに暮らす唯一の家族。もちろん一緒に東京へ。モンタをどこかに預けるとか、そんなことは選択肢にすらなかった。車に荷物とモンタを乗せて、はるばる上京。上京といっても、犬が飼え、サイフと折り合う家賃……、ということで、落ちついたのは埼玉。モンタが11歳のときだった。

モンタはおっちょこちょいな性格もあってか、怪我もした。18歳のときには散歩中、側溝のコンクリートのフタに空いていた穴へ、脚を入れてしまった。なんとか抜いたが、入院をするほどの大怪我に。無事に快復し退院したが、それがきっかけとなり、やがて寝たきりになった。怪我をするまでは、それなりの衰えはあるものの、食欲も散歩も若い頃と変わりないペースで暮らしていたのだから、たいしたものだ。

モンタが亡くなったのは福島さんの結婚式から1週間後のこと。モンタなりに、「あいつもこれで大丈夫だな」と見届けたタイミングだったのだと思う。妻とは、2年間の同棲を経ての結婚。モンタとも一緒に暮らし、モンタは「この子がいれば、安心」とバトンを彼女に渡して逝ったに違いない。

「ということは、僕のことが心配で、気がかりでつい長生きしてしまったのかなぁ……」

19年間、モンタに支えてもらった日々だった。はじめはごはんを食べさせ散歩をして、あれこれ世話をした。完全な上下関係というか、兄弟というよりは親子。自分がモンタを育てたという思いがあったが、立場に少し変化があったのは上京を決めた頃か。引っ越しの車中では、対等の相棒になっていた。期待と不安、心細さをお互いに分け合った。そして徐々に、モンタを優先し、モンタに合わせるような暮らし方となった。

福島さんがペンネームを「福島モンタ」にしたのは、もちろん愛犬モンタにあやかって。モンタのように元気で楽しく、長く仕事が続けられるように。はじめは「まったく同じというのもアレかな」と「福島もん太」としていたけれど、モンタが亡くなったときに、名前を受け継ごうと「福島モンタ」と改名した。

このあと、あるWEBサイトの忘年会に出席したときのこと。大きな会場での盛大なパーティで占いコーナーがあった。なにげなく観てもらったところ、占い師にほめられた。
「この名前、すばらしいです!」
天運も人気運もあり、何ごとも成就する「画数のいいお手本」のような名前だそうだ。どうやら、モンタは死んでからも支えてくれているらしい。まぁ、自分が付けた名前ではあるけれど。(おしまい)

 

センパイ(以下、セ)「これ、担当編集の菊地さんがすごく好きなおはなしだそうです」
コウハイ(以下、コ)「ボクも好きよ! モンタさんいいこと言うよね“悲しみを引きずるのは、生ききって亡くなったペットに失礼”って。楽しいこともいっぱいあって、しあわせだったのに、悲しいお別れのことばかりを思い出すのって、もったいないよニャ! 」
「同感! モンタ先輩は飼い主のモンタさんが結婚したところも見届けて19歳まで生きて、生ききって“未練なし!”って感じで、天国まで駆け上って行ったのだと思うわ。晩年は、飼い主モンタさんのおとうさんのような気持ちでいたのかも」
「そうだと思うニャ~。でさ、現在は犬ではなくて2匹の猫と暮らしているんだよ、モンタさん」
「どっちのモンタ? あぁ、人間のほうのモンタさんね。人間の、漫画家でイラストレーターの福島モンタさんは、猫と暮らしてる。その猫たちは犬のモンタ先輩とも暮らしていたことがあるそうよ。猫たちもモンタ先輩のことを思い出したりするのかしら」
「知ってる? 福島モンタさんの絵本。『もしもだるまにであったら』(あかね書房)。ゆっちゃんにモンタさんを紹介してくれた山田マチさんが文を書いているのよ。ここにも犬のモンタさん登場するのかニャ???」
「出てこないと思うわ。そういえば、取材のときも、モンタさんはモンタ先輩のはなしをイラストにして持って来てくれたんだって。“それも絵本になったら楽しいのに”って、ゆっちゃんが言ってました」
「いつか見てみたいニャ」

「福島モンタ」って、姓名判断ではとてもいい名前なんだそうニャ。センパイとコウハイはどうなのかちら……?

 

関連書籍

石黒由紀子『楽しかったね、ありがとう』

紙パンツを拒絶して、あっけなく逝った22歳の気高い雑種猫・ジャム。19年間支えてくれ、結婚式の1週間後にお別れしたビーグル犬・モンタ。15歳から鍼治療をし、19歳のクリスマスに天国にいった雑種猫・リリ。――愛すべき存在を介護し、見送ったあと心に残った想いとは。15歳の犬から25歳の猫まで、20人の飼い主を取材し綴る、それぞれの物語。

石黒由紀子『犬のしっぽ、猫のひげ 豆柴センパイと捨て猫コウハイ』

食いしん坊でおっとりした豆柴女子・センパイが5歳になった頃、やんちゃで不思議ちゃんな弟猫・コウハイがやってきた。コウハイの緊急手術、突然やってきた老猫を看取ったこと、センパイのダイエット、2匹だけでの2泊3日のお留守番、震災への備え......。2匹と2人の、まったり、時にドタバタな愛おしい日々を綴るエッセイ。

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楽しかったね、ありがとう

「寂しいけれど、悲しくはない」「綱渡りのような日々も愛おしい」「あえてさよならは言わずに」「お疲れさま、ありがとう」「先に行って、散歩しながら待ってて」

15歳の犬から25歳の猫まで、長生きして逝った動物たちと飼い主の日々。見送ったあとに、飼い主たちの心に残った想い。自らも14歳の柴犬・センパイと9歳の保護猫・コウハイと暮らす著者が綴る、犬と猫と人の、すばらしい物語。

犬や猫は人間の何倍もの速さで「生」を駆け抜けていきます。私たちにとって変わりばえのしない今日であっても、動物たちと過ごせる瞬間がいかに貴重で、今を精一杯いつくしむことがどれだけ大切か……。(はじめにより)

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石黒由紀子

エッセイスト。栃木県生まれ。日々の暮らしの中にある小さなしあわせを綴るほか、女性誌や愛犬誌、webに、犬猫グッズ、本のリコメンドを執筆。楽しみは、散歩、旅、おいしいお酒とごはん、音楽。著書に『GOOD DOG BOOK ~ゆるゆる犬暮らし』(文藝春秋)、『なにせ好きなものですから』(学研)、『さんぽ、しあわせ。』(マイナビ)など。『豆柴センパイと捨て猫コウハイ』、『犬猫姉弟センパイとコウハイ』(ともに小社刊)は、幅広い支持を受け、ロングテールで人気。

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