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仕事ができる人は小説を読んでいる。

2019.07.24 更新 ツイート

小説の中の母娘

【家族が苦しい】親と子の幸福は支配のゲームの外にある「ポイズンドーター・ホーリーマザー」[再掲]坂口孝則

家族の苦しさ、親子の確執を描く小説も多くあります。湊かなえさんによる『ポイズンドーター・ホーリーマザー』もそんな一冊です。フィクションだからこそ、余計につきつけられる、母と娘、お互いの無理解。でもその誤魔化しのなさが、欺瞞と建前に満ちた家族観を書き換えてくれるかもしれません。

***

●今回取り上げる本:『ポイズンドーター・ホーリーマザー』(湊かなえ)
 

環境と嫌悪の連鎖

むかし、あるコンサルタントから教えられた。

「人間というのは、最初に販売した商品の単価からは逃れられないんですよ」と。

ビジネスパーソンが独立してなにか商いをはじめるとする。1000円の書籍を販売していたひとが、何百億円のプラントを売ることは考えられない。どうしても、あれだけ忌避していた前仕事が身に染み付いてしまっている。「経験というのはやっかいなものですよ」と。

話は変わるが、私は以前の職場の上司にまいっていた。異常に細かく、そして、広範囲な知識を要求してくる。知りません、といおうならば、なぜ学ばないのだと怒られる。わかりません、といおうならば、なぜ調べないのだとやはり怒られる。私が「考えてみたのですが」というと、「いくつだ」と逆質問された。「三つほど」というと、「三つていどで考えたことになるか」と怒鳴られた。

また話は変わるが、私が幼いころ、父親から「早くしろ」といわれるのがイヤだった。どこに一緒にいっても、「早くしろ」「早く行くぞ」「早く決めろ」。それはどこか、次の目的があるというよりも、早くすることが自己目的化しているように感じられた。

ところで、私は以前の職場を、さまざまな葛藤のなかで辞め、いまだに複雑な感情をいだいている。しかし、やはり私は以前の職場で身にしみた仕事の手法から逃れられずにいる。上司から聞いた叱責は、もはや私の口癖になりつつある。

また、幸か不幸か、子どもに親として接する私は、やはり「早くしろ」「ぱぱっとしろ」と教えている。

これが環境の影響というのはたやすい。

しかし、それにしても、なぜ嫌悪していたものを繰り返すのだろうか。それはもちろん、やってみたら良かった、という実感がある。私は運良く、体育会系に属したことがないため、暴力を連鎖させたことはない。ただ、暴力を受けたスポーツ選手は、指導にまわってから、その暴力を繰り返しがちだといわれる。暴力を受けたときは、唾棄したかったほどなのに、なぜ次の世代に繰り返そうとするのだろうか。

私は、それが嫌悪していたゆえではないかと考えている。自分をふくめていうと、それが嫌悪にあふれているからこそ、他者を支配するには最適な方法だと無意識に理解しているのだ。

嫌悪ゆえの反復――。

毒のような娘と聖なる母

湊かなえさんの『ポイズンドーター・ホーリーマザー』は、母と娘、自分と親友のあいだの、葛藤や憎悪を描いた作品だ。短編集で六つの作品を収録しており、タイトルの「ポイズンドーター」「ホーリーマザー」の二作がとくに面白い。

まずは、「ポイズンドーター」だ。登場人物は、女優の藤吉弓香と、その友人の野上理穂だ。この二人は中学からの親友だ。物語は、野上理穂が地元の同窓会に藤吉弓香を誘うところからはじまる。何気ないメールで、野上理穂は藤吉弓香を帰郷に誘う。しかし、藤吉弓香はなかなか帰郷しようとしない。

それは、藤吉弓香が女優になっているため、過去の人間関係を拒絶したいわけではなかった。むしろ、本人は帰郷して、かつての同級生に会いたい気持ちすらある。しかし、問題は、藤吉弓香の母親で、母親に会いたくないために、帰郷したくなかった。そして、その事情は、野上理穂もじゅうぶんに理解していた。

藤吉弓香は母親に女手一つで育てられた。高校教師だった父親は交通事故死していた。母親は、藤吉弓香にマンガを読むなと強くしつけ、古典を読むように強要した。付き合う友だちを選定し、また付き合い方もつよく規制した。

母子家庭の女子と昼食をとったことがわかると、母親は藤吉弓香にこういった。

<きちんとした親に育てられない子は、どこかしら問題があるのよ。(中略)もしかして、弓香、うちが母子家庭だからって、江川さんの家と同じだと思ってるんじゃないでしょうね。もし、あんたが心の片隅ででもそう思っているのなら、お母さんを侮辱しているのと同じなのよ。>

その後、藤吉弓香はやっと母親の呪縛から説かれることになる。藤吉弓香は大学を卒業後、失意のなか過ごしていたが、たまたま就職した市役所で働く過程で女優にスカウトされた。もちろん母親は大反対したが、<私はお母さんの奴隷じゃない!>といって、女優の夢を叶えることになる。

娘思いの聖なる母

前述の「ポイズンドーター」がどのような結論を迎えるかは、本書に譲りたい。この作品が面白いのは、さらに、次の「ホーリーマザー」で補完される点にある。この後者、「ホーリーマザー」では、まわりから見て、藤吉弓香の母親がいかに娘思いだったかが書かれる。

もちろん欠点のある人間ではあった。しかし、何よりも女ひとりでひとり娘を育てるのはたやすくはない。マンガではなく古典を読むようにしつけたのも、教養を身につけてほしいと願ったからであり、実際に、その娘である藤吉弓香は教養と知識のある女優として認知されるようになった。

友だち付き合いを強制したように見えるが、実は、同級生が母親に意地悪な告げ口をした等の理由があった。藤吉弓香が酷い人間と付き合おうとしていると、大げさにいっていた。そのために母親は、強引であっても、望まない人間関係を娘から剥奪しようとした。
すべては娘のためだった――。

行為はおなじでも、それを受け止める娘と母親では、解釈する意味が異なる。それは、母親がもっと娘に説明すればよかったとか、あるいは、娘が母親に訊けばよかったといった乖離ではなく、もっと根源的な親と子の「理解しがたさ」がそこにはある。

そして、藤吉弓香の母親から見た視点は、藤吉弓香の大親友だった野上理穂が伝えてくれた。ここまでが、結末を除いた、本書のおおまかなあらすじだ。ただ、これだけではネタバレにはならない。本書の醍醐味は、多くのエピソードや、主人公たちの心情描写にあるためだ。

また、おなじく、この物語がどのような結論を迎えるかは、本書に譲りたい。母と娘という関係ではなく、父と息子、あるいは友だちとの関係を考えるにあたっても、読む価値がある。

人間、この浅はかなるもの

湊かなえさんは、『告白』からそうであるように、人間のもっとも封印したい感情をよくご存知だと私は思う。そして物語のなかといえども、主人公が表現する、嫉妬、恨み、葛藤、侮蔑、人間不信、復讐心、後悔……といったものを、まさに自分のそれかのように感じてしまう点が、作品のヒットにつながっているのだとも私は思う。

ところで、『ポイズンドーター・ホーリーマザー』でたいへんに興味深いのが、主人公たちの変わらなさだ。よく使われるプロットでは、主人公が事件に巻き込まれ、その過程のなかでまなび、成長する。しかし、『ポイズンドーター・ホーリーマザー』では主人公たちが成長するどころか、さらに心情をこじらせる。

たとえば、藤吉弓香はやはり母親を無理解者と思う。まわりを、自分に嫉妬しているのだと信じる。母親も、娘が無理解だと絶望する。さらに、野上理穂も真実を語ろうとするが、それはもとからの考えを変えたものではない。

この絶望的な変わらなさ、こそが、読むものに戦慄をあたえる。いや、むしろ、前述のようなハリウッド映画で使われる、主人公の成長譚としてのプロットは、たんなる戯言であると著者が笑っているかのようだ。

成長も向上も期待できない物語――。しかし、実際にはありふれている、この現実を描く点に湊かなえさんの魅力があるのではないか。

人間が、そして、まわりが、これほど無理解で残酷であると認めるのは苦辛である。そもそも信じるべき家族とは、親友とは、という疑問を抱かずにいられない。この心の揺れは、欺瞞と建前に満ちた通常の人間解釈を超えるきっかけがある。しかし同小説の主人公たちは、ただただ絶望のままただよう。

そして、この『ポイズンドーター・ホーリーマザー』では、他人のもっとも醜い部分が、自分に内包されていることが書かれている。これは他人が自分の鏡であるという意味ではない。それが、もっとも自分を支配しようとし、さらに自分も他者を支配したい部分にほかならないからだ。

他人の忌避すべき性質。それは、一周まわって、自分が他者を支配するための性質に転化していく。

この『ポイズンドーター・ホーリーマザー』は、他者の支配ゲームと読むことができる。誰かを思い通りに動かしたいという感情から完全に逃れたひとはすくないから、同作は読者に動悸のような緊張感をあたえる。

実はこのところ、私は周囲を良い方向に導きたいのか、あるいは支配したいだけなのかと考えることがある。おなじく、子どもも、良い方向に導きたいのか、あるいは支配したいだけなのかとも考える。

そして、きっと現代の幸福とは、その支配ゲームから逃れることからはじまるのだ、と逆説的に『ポイズンドーター・ホーリーマザー』は教えてくれる。

それはきっと難しいことかもしれない。しかし、藤吉弓香の母親が恐怖によって支配したように、私も支配ゲームの悲劇の恐怖をかんじることによって、おなじく逆説的に支配ゲームから逃れたいと思うのだ。

あなたは『ポイズンドーター・ホーリーマザー』を読んで、どう思うだろうか。

 

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坂口孝則

調達・購買コンサルタント/未来調達研究所株式会社取締役/講演家。
2001年、大阪大学経済学部卒業後、電機メーカー、自動車メーカーに勤務。原価企画、調達・購買、資材部門に従業。
製造業を中心としたコンサルティングを行う。
著書に『牛丼一杯の儲けは9円』『営業と詐欺のあいだ』『1円家電のカラクリ 0円iPhoneの正体』『仕事の速い人は150字で資料を作り3分でプレゼンする。』(小社刊)などがある。

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