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じっと手を見る

2020.04.12 公開 ポスト

『じっと手を見る』(窪美澄)を読んで

死という出口に向かって生き続けることの難しさ。でも、だから他者が愛しい(文月悠光)【再掲】

介護の仕事と、富士山と、ショッピングモールしかない小さな町で恋をした――。
窪美澄さん『じっと手を見る』が4月8日文庫で発売となりました。解説は朝井リョウさんです。
単行本発売時にご寄稿いただいた書評をあらためてご紹介いたします。

*    *   *

星座のような関係を誰かと結べたらいいのに

出先で入ったショッピングセンター。ひなびた雰囲気のフードコートの前を通りかかり、私は一瞬立ち止まる。色あせた焼きそばやソフトクリームの写真パネル、雑然と並べられた白い椅子。初めて来た場所のはずなのに、「懐かしい」と声を上げてしまう。

子どもの頃、母親に連れられてよく訪ねた場所が、郊外の大型ショッピングセンターだった。どの店舗も大抵似たような造りだった。地獄のように暗い巨大駐車場に降り立ち、自動ドアをくぐれば、軽快なBGMが耳を打つ。服も食べものもマンガも、学校で使うノートや鉛筆も、お祭りで着る浴衣も、私の欲しいものはみんなそこで売られていた。否、そこに並んでいるものしか選べない気がしていた。

いつ来ても同じ味、同じ質の商品を提供してくれて、互いに関心を払わずに済む場所。窪美澄さんの連作長編小説『じっと手を見る』にも、そんな郊外のショッピングモールやフードコートが多く登場する。全七章で構成される物語は、日奈と海斗を中心に、章ごとに語り手が移り変わる。

富士山を望む町で、介護士として働く日奈と海斗。育ての親である祖父を亡くして以来、日奈は介護士として働く目的も失い、虚無感に襲われていた。そんなときに出会ったのは、東京に住む七歳年上の既婚者・宮澤。〈ずぶずぶとはまっていく悪い薬のように〉彼と離れられなくなっていく。一方、海斗は、日奈への思いを断ち切れないまま、職場の後輩の畑中と付き合いはじめる。

庭の草刈りを口実に、日奈の家を訪ねてくる宮澤。彼もまた日奈の存在によって、倦怠にまみれた日常を脱し、蘇生を試みる。時間を見つけては日奈の家に行き、決まって草を刈り、日奈と寝る日々。互いの渇いた心に水を撒き、花を咲かせるようなその営みが、うつくしい筆致で描かれる。

だが数年後、宮澤を取り巻く環境は一変していた。東京で職を失い、地方でコピー機の営業の仕事をはじめる。生まれ育った町を飛び出し、宮澤の住むアパートに転がり込んだ日奈も、二人の間にかつての熱狂がないことを実感していた。

彼らの淡々とした暮らしは、ある問いかけを私の胸に突きつけた。経過した時間や環境の変化によって、人はたやすく変わってしまう。出会った頃の熱狂を失っても、その人を愛せるだろうか。寄り添い続けることができるだろうか、と。

祖父と暮らした庭付きのボロ家、宮澤と住んだアパート、一人暮らしのワンルーム――どの町に移り住んでも、日奈の日常は同じだ。老人たちの家を訪問し、休日はショッピングモールのフードコートで息をつく。〈あの町とこの町の差が私にはわからなくなる〉。モールの均一化された空間は、彼女に一瞬の安らぎをくれた。

生々しい情動から遠ざかったとしても、手を伸ばし合うことはできるのかもしれない。そのように希望を感じたのが、海斗と、畑中の息子・裕紀の関係だ。母親に疎まれ、学校でもいじめを受けている様子の裕紀。海斗は彼の手をとり、手のひらにある三本の線をペンでなぞって語りかける。

「この前、プラネタリウムで見ただろ。昔の人は星と星をつなげて星座の形にして方角を知った、って。これは、裕紀の星座。裕紀の手のひらにこれがあるから、絶対に裕紀は迷わない」

人は、よるべない自分の身を持て余す。他者の間を漂いながら、出会いと別離を繰り返す。「本当にこれでいいのか」という疑いを打ち消せないまま生きている。けれど、そんな逡巡と裏腹に、手のひらに刻まれた線はくっきりとのびやかで、迷いがない。

私たちの住む世界はあまりに小さいので、人間関係も蔦のようにひとりでに絡み合ってしまう。けれど、そこに支柱を立てるのは他ならぬ自分自身だ。その星に向かって歩いていけば絶対に〈迷わない〉、星座のような関係を誰かと結べたら――。そんな焦がれるような、甘えにも似た気持ちが自分の中にも確かにある。

懐かしいフードコートの前を通り過ぎながら、小さく予感した。自分の人生のすべて、生き方に納得なんてしていない。どうしてこうなるのか、とうんざりするばかりで、気を抜けばすぐ惰性に飲まれてしまう。何度刈り取っても、絡め取られる。死という出口に向かって、ただ生き続ける。それだけのことが、こんなにも難しく、途方もなく滑稽だ。でも、そのことを受け入れた分、他者が愛おしくなる。

最後のページを読了して、深く息をついた。はげしい熱情も、身体の若さも永遠ではない。過去の燃えがらのように、日奈の元には荒れた庭だけが残された。漂い歩いてきた彼女が、そこに再び留まることを決めたとき、私は限りない安堵を覚えた。

私たちは、ゼロから生き直すことはできない。情けない過去、逃げ切れない自分の嫌な部分――そんな荒れ果てた地から、ひっそりと再生を試みるのだ。はびこる緑をもう刈り取ることはしない。ひとりでに茂り、枯れるに任せておけばいい。そんな芯の強いたくましさをこの胸に育てていきたい。

文月悠光(詩人)
http://fuzukiyumi.com/

窪美澄『じっと手を見る』

富士山を望む町で暮らす介護士の日奈と海斗はかつての恋人同士。ある時から、ショッピングモールだけが息抜きの日奈のもとに、東京の男性デザイナーが定期的に通い始める。 町の外へ思いが募る日奈。一方、海斗は職場の後輩と関係を深めながら、両親の生活を支えるため町に縛りつけられる。自分の弱さ、人生の苦さ、すべてが愛しくなる傑作小説。

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