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世界でいちばん質素な大統領夫人が教えてくれたこと

2016.08.29 更新 ツイート

「ものごとは、明るく輝く面だけでなく、暗い側面も見なきゃいけない」~ムヒカ前大統領夫人ルシアさんの言葉~ 有川真由美

 幸せに生きるために必要なことは、きっとそれほど多くない。
 「どうしても、これが欲しい」「どうしても、これがしたい」と思うことは、自然にそれへの“愛”があふれてくるものだ。それなのに、多くの人は、愛のないものを手に入れるために、必死に生きているのではないか……。

 「貧しい人とは、少ししかもっていない人のことではなく、際限なく欲しがり、いくらあっても満足しない人のことだ」。
 2012年リオ会議でのスピーチで一躍、世界的な注目を集めたウルグアイ前大統領ホセ・ムヒカさん。その妻として約30年、ともに歩み続けているルシアさんに本当の幸せについて聞きに行った。

ルシアさんが暮らす国ウルグアイってどんな国?

 南米のアルゼンチンとブラジルに挟まれた、相対的にはちいさな国ウルグアイは、かつて栄華を極めた国だった。

 たいへん勝手で失礼ながら、私は、ウルグアイのことを、経済的には、どちらかというと開発途上国のひとつなのだろうと思っていた。「世界一貧しい大統領」と呼ばれたムヒカ前大統領の素朴なイメージからくる先入観もあったのかもしれない。人びとは経済的には貧しくても、牧歌的で精神的には豊かな暮らしを送っている……そんなグローバリゼーションから掛け離れたイメージがあった。

 行ってみて、まぁおどろいた。ウルグアイの首都、モンテビデオの旧市街はたいへん見栄えのするヨーロッパ風の歴史的な建築物がずらりとある。今回、ムヒカさんの妻であるルシア・トポランスキー上院議員にインタビューした国会議事堂は、独立100周年を記念して1925年に建てられた豪華なものだ。
 とくに内部は、イタリアから取り寄せたステンドグラスと、国内産の大理石をふんだんに使った、うつくしく贅沢な造り。どれだけお金を使ったんだろうと圧倒されるほど。
 


ウルグアイは日本よりも先進国!?

 そう、ウルグアイは、めざましい経済発展を遂げた国だった。ヨーロッパ各国からの移民が殺到して、畜産業などで栄え、「世界の台所」と呼ばれていた。アメリカドルよりも、ウルグアイの通貨が強い時期もあったという。

 世界一を目指して造られたサッカースタジアム「エスタディオ・センテナリオ」では、1930年、FIFAワールドカップの第1回が開かれ、ウルグアイ代表が優勝した場所である。言語や文化のちがう移民たちはひとつになり、大いに盛り上がったはずだ。
 


 ウルグアイは、民主主義も発展していた。かつて社会福祉国家として、国民に手厚い福祉政策が行われて、「南米のスイス」とも呼ばれた。
 しかも、女性のための法律も整備されていた。ルシアさんは、インタビューでこんなことを言っていた。

 「20世紀の初頭、女性にメリットを与えた大統領がいたの。女性に参政権、離婚をする権利、妊娠中の休みも与えた。勉強する機会もね。そのときに、すでに気がついていたんですよ、女性は自由にならなければならないと。でも、家族は、女性が働いたり、勉強したりするのを好まなかった。当時、移民してきたスペイン人は、“女性は家に”という文化をもっていましたからね。だから、政府は女性のための学校をつくったんです。ウルグアイの政治は非常に進んでいたんですよね。また政府が変わって、軍事政権があって、退化してしまいましたけれど……」

 ウルグアイで婦人参政権が認められたのは、1927年のことだ。ちなみに、日本は1946年、スペンインは1932年である。

 ムヒカさん、ルシアさんが来日したとき、ムヒカさんが東京のビル群を眺めて「ウルグアイの先を行っている日本の姿を参考にしたい」といようなことを言っていたが、先を行っていたのはウルグアイのほうだと、私は思う。
 景気が頂点に達して、その後、傾いていく国が、どんな状態になっていくのか、どんな手を打つ必要があるのかを教えてくれているのではないか。もちろん、国の文化や歴史はちがうけれど……。
 

貧困をなくすことには、希望もあるがマイナスの側面もある

 ムヒカさんが大統領時代に行った政策で、もっとも力を注いだのは「貧困をなくすこと」だった。経済が衰退すれば、経済格差が生まれ、貧困問題が浮き彫りになってくるのは、必然なのだ。
 貧困層向け住宅政策「プランフントス」は、貧困家庭の人びとが自らの手で週20時間以上、住宅の建築を手伝うことで自分の家をもつことができる、というものだ。

 モンテビデオで知り合ったシングルマザーのロシータ(50歳)さんは、ムヒカさんの熱狂的なファンで、プランフントスで1年半ほど働き、念願の家を手に入れた。ロシータさんの家を見に行くと、しっかりとした二階建てのアパートメントで、明るい赤や黄色に塗られた壁が特徴的だった。

 ロシータさんは、家庭の経済的な事情で15歳から繊維工場で働き、義務教育である中学校を卒業できなかった。学歴がなかったために、就ける仕事は、家政婦か工場の工員ばかり。現在も1時間150ペソ(約530円)で清掃の仕事をしている。最初にレールから外れてしまうと、貧困のループから抜けることができないのだ。
 それがプランフントスで家を手に入れたあと、ある変化が起こったという。

「私、家が完成して時間ができたので、勉強をしたくなって、夜間中学に通って卒業したの。これからペディキュアや手足のケアを教えてくれる政府がやっている無料の夜間職業学校に通う予定。きっとこれからは体力的にも、経済的にもラクになるはずよ」
 やっと、この状態から抜け出せるの……と、ロシータさんは、ほんとうにうれしそうに話してくれた。
 ただ、プランフントスの住み心地を訊くと、少し顔が曇って、
「知らない人ばかりが集まっているから、地域を好きになれないの。息子は学校でいじめにあうしね」
 プランフントスは、人びとに希望を与えてくれるものであるが、貧困層が集まって暮らすことでマイナスの側面も当然、出てくるのだろう。

 ムヒカ政権の行った政策には、同性結婚、妊娠中絶の合法化もある。これらは、キリスト教社会にとっては、たいへんな英断で、中絶合法法案は国民健康保険の適用を認めている。つまり、ムヒカさん、ルシアさんの属する政治組織、拡大戦線党の政策は、「どんな人も自由に生きること」を目指したものだった。また、密売組織の根絶を目的とした大麻の合法化や、自然再生エネルギーへの大転換も、世界的におどろかれた政策である。
 

Copyright Juan Pedro


ルシアさんが日本人と知り合って学んだこと

 父親が鉄道関係のエンジニアであったルシアさんは、子どものころ、いわゆるお嬢様学校に通っていて、クラスメートに日本人の女の子がいたという。

「大使の娘さんでアナさんと呼んでいた。スペイン語が上手になって、折鶴のつくり方を教えてくれたの。だから、私も折鶴を折れるんですよ。大使館で日本料理を食べたこともあるわ。魚を食べて、野菜の茹で方もちがっていて……すばらしい経験だった。アナさんと、私の祖母の家にバケーションに行ったこともあるのよ。一緒に馬に乗って、湖で水浴びして、楽しかったわ」

 ルシアさんは、父親がポーランド系、母親がスペイン系、7人兄弟のいちばん下の双子の姉妹で、大きな家には、祖父母や従兄弟など、つねに12~14人がいて大家族で暮らしていた。
「たくさんの人に支えられてきた子ども時代だった。いまは家族も家もちいさくなってしまったでしょ。子どもたちは孤独よね。よかったのか、悪かったのか……」
「日本も同じです」と私が言うと、ルシアさんは「世界がそうよねぇ」と寂しそうな顔でつぶやいた。

 ルシアさんは、中学二年生のとき、貧しい地域で料理を手伝うなど、教会の奉仕活動をするようになった。
「そのときに気づいたのは、自分たちの家と同じように、世界が素敵なものばかりではないということ。私、そのとき、父に言ったんですよ。こんな豊かな国で、ほかの人たちの食べ物がないなんて、ありえないでしょう?って……」

 それは、ルシアさんのほんとうに純粋な疑問であり、怒りだったのかもしれない。
 ルシアさんは、その体験がキーポイントになり、学生の権利を求める学生運動、そして、貧富の差をなくすことを目指したゲリラ組織トゥパマロスの活動に入っていく。


 現在のウルグアイは、軍事政権やゲリラ闘争の痕跡は見えないほど穏やかだ。最初に訪ねた2月はちょうど夏のバケーションシーズン。大河ラプラタ川には富裕層たちが所有するヨットが並び、リゾート地にはたくさんの観光客が押し寄せて長い休暇をゆっくり楽しんでいた。ウルグアイの人びとは素朴ながらもラテン的な明るさがあり、政治的関心も高いように見えた。


Copyright Juan Pedro

 

 しかし、近年では若年貧困層を中心に犯罪が増えているという。たしかに貧困層の地域に行くと、「一人で歩いたら危ないだろうな」と、ぞくりとするような空気がある。
 

暗い側面を見ることは悲観的ではない

「ものごとは、明るく輝く面だけでなく、暗い側面も見なきゃいけない」
 ルシアさんは、インタビューのなかでそう言っていて、私はその言葉を何度も何度も思い出した。ウルグアイにいるときも、日本に帰ってからも。明るい面だけを見ていたら、それはそれで個人の幸せは保たれるのではないかという気持ちも、これまでどこかにはあった。

 しかし、あるとき、あぁ、そうなのだ、とふと気づいた。きっとその言葉は「悲観的に考える」ということではなく、「問題から目をそらさないで解決しようとすること」、「自分さえよければいい」でなく、「ほかの人のことも考えること」が大切だとおしえてくれている。状況をよくしていこうとするなら、暗い側面も含めて真実をまっすぐに見ようとする勇気が必要なのだ。
 私たちは、問題があることを問題だと考えて、いま起きている問題、これから起こりそうな問題に、つい目をつぶってしまう傾向があるのかもしれない。これまでやってきたことに対して変だと思っていても、異議をとなえないで、事なかれ主義になってしまうこともある。でも、問題があるのはあたりまえのことで、重要なのはそれをどう解決するか……。これこそ、私も含めて、かつてない現代社会を生きる日本人がいま、もっとも学ぶべきことのひとつなのかもしれないと思っている。
 

関連書籍

有川真由美『質素であることは、自由であること 世界でいちばん質素なムヒカ前大統領夫人が教えてくれたこと』

お金がなくても、誰でも幸せになれる! 給料の9割を寄付する。資産は中古の車1台のみ。 ムヒカ氏との質素な生活の末に辿り着いた 人生に最小限必要で、最高に価値あるものとは? 「世界でいちばん貧しい大統領」として有名になったウルグアイ前大統領ムヒカ氏。 彼と長年付き添っている妻のルシア・トポランスキーに女性エッセイスト・有川真由美がインタビュー。 ムヒカ氏とのなれ初めから、物を持たずに幸せになるということ、お金との向き合い方など誰でも 幸せになるヒントが盛りだくさん。持たない暮らしの幸福論。

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世界でいちばん質素な大統領夫人が教えてくれたこと

「貧しい人とは、少ししかもっていない人のことではなく、際限なく欲しがり、いくらあっても満足しない人のことだ」。
2012年リオ会議でのスピーチで一躍、世界的な注目を集めたウルグアイ前大統領ホセ・ムヒカさん。

あまり日本では知られていないが、その妻として約30年、ともに歩み続けているルシアさんもまたウルグアイで絶大な人気を誇る政治家である。
偉大なパートナーを持ちながら、自身の信念も貫き行動し続けるルシアさんの生き方・働き方は、日本女性の参考になるのではないか。

「日本の社会は、どうしてこうも女性が働きづらいのか」「働けば働くほど、幸せから遠ざかっているのではないか」と、悩む日本女性へ向けて、多数の著作を持つ作家有川真由美氏が、ルシアさんに「本当の幸せ」について聞きにいった。

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有川真由美

鹿児島県姶良市出身。台湾国立高雄第一科技大学大学院応用日本語学科修士課程修了。化粧品会社事務、塾講師、科学館コンパニオン、衣料品店店長、着物着付け講師、ブライダルコーディネーター、フリーカメラマン、新聞社、編集者などその数50の職業経験を生かして、自分らしく生きる方法を模索し、発表している。また、世界約40か国を旅し、旅エッセイやドキュメンタリーも手がける。著書に『遠回りがいちばん遠くまで行ける』『上機嫌で生きる』(小社)他多数。

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