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実録ノンフィクション漫談 全国なにコラ珍百景

2016.04.21 公開 ツイート

福岡県・福岡市

ホームレスに弟子入りした話 コラアゲンはいごうまん

 肌寒い季節になると、福岡の地が恋しくなります。気候が暖かいから、ではありません。福岡には、僕が尊敬する不器用な達人がいるのです。

 繁華街の町角で薄い雑誌を掲げながら立っている人を、みなさん一度は見たことがあると思います。

 雑誌の名前は、ビッグイシュー(THE BIG ISSUE)。記事の内容は、振り幅が物凄くて……海外セレブやハリウッドスターのインタビューに始まり、国内の著名人、音楽ネタ、料理のレシピまで掲載。果ては、アメリカ大統領を表紙にした号もあるのです。

 その中で、ビッグイシューを象徴している記事が、ホームレスによる人生相談です。ご存じの方も多いと思いますが、ビッグイシューは、もともとホームレスの仕事を作り、自立を支援すると言うコンセプトの元で、イギリスの企業が始めた支援事業なのです。。

 つまり販売している人は全員ホームレス。値段は、一冊350円ですが、取材当時は一冊300円で売られていました。30ページ前後の冊子としては少し高額なような気もしますが、実はこの雑誌は一冊売れると140円が出版社へ、残りの160円が販売したホームレスの人達の取り分になるのです。

 福岡でのライブを控えた僕へのミッションが、このビッグイシューの販売員になってほしい、というものでした。

 しかし販売員になるにはホームレスであることが必須条件のはず……。

 深夜バスで福岡に到着すると、出迎えてくれたライブの女性スタッフさんが、僕の姿を頭の先からつま先まで舐めまわすように眺めて言いました。

「うん、コラアゲンさんだったら、採用されるかもね、ワハハハハ……」

 不本意ながらも、さっそく福岡天神の街へ繰り出しました。

 すると、いきなり西鉄グランドホテルの前で、ビッグイシューを手に持った、60歳前後のオジさんに出くわしました。ビッグイシューの販売をしているということは、この人もホームレスのはずですが、恰好は僕より小ざっぱりしています。

 とりあえず、このオジさんに話を聞いてみようと、軽い気持ちで声を掛けました。しかしこれが運命の出会いとなるのです――。

「すみません、僕、ビッグイシューの販売員をやりたいのですが、どうしたらなれますか?」

 すると、おじさんは僕を一瞥して言いました。

「失礼なんだけどさぁ~。兄ちゃん――お家あるんじゃないの?

 いや、別に失礼な質問じゃないですけど……。

「一応、東京で四畳半のアパートに住んでますが」

「フン、話にならんな!」

「なんでですか?」

「当たり前じゃないか! ビッグイシューはね、俺たちみたいなホームレスじゃないと売っちゃいけないんだよ。家のある奴はダメなんだ。東京のアパートって、どれだけブルジョアなんだ、お前」

「いや、アパートの家賃は2万円、風呂なし・共同トイレです。収入だって、芸人を20年以上やってますが、給料3万、4万がいいとこなんです。はっきり言わせてもらいますが、皆さんとそんなに生活は変わらないと思います!」

 ブルジョアと言われてつい興奮した僕は、往来の真ん中で声を荒げてしまいました。するとおじさん、なだめるように、こう言うのです。

「そうか、兄ちゃんの話は聞いてやりたいけどなあ……。ワシも生活かかってるんだ、今仕事中だから、そういう話は勘弁してくれんか?」

 僕は、相手の迷惑も考えず、自分の都合で仕事の邪魔をしていたことに気付きました。

 だいたい、どんな本かもよく知らずに、いきなり、販売員になりたいと言うのも失礼だ。話を聞いてもらうのなら、まずは礼儀として、一冊買うべきだと思いました。

 300円を手に「一冊下さい」と申し出ると、いくらか機嫌を直してくれたようで、おじさんはビッグイシューを一冊差し出してくれました。

「大変なんだろ……140円でいいよ」

 140円は自分の取り分を引いた出版社にバックする雑誌の原価です。これでは、オジさんの懐には1円も入らない。どちらが支援を受けているのか分かりません。

「原価で良いよ、原価で。東京で2万のアパートって――苦しいんだろ、そんな奴から取れないよ」

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コラアゲンはいごうまん

1969年9月29日、京都府生まれ。演出家から出される様々なテーマ〈宗教/宇宙/インド/刺青/家庭教師etc…〉に、たった一人で挑み、調査し、体験した出会いやエピソードをベタな大阪漫談スタイルで講話する、ノンフィクションスタンドアップコメディアン。実話だから説得力のある体験談の壮絶さで、観客に爆笑と感動を与える。毎年行っている全国行脚ライブ「僕の細道」ツアーでは、限られた時間で必死にその土地を取材し、ライブで語り、各地で好評を得ている。

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