声優・斉藤壮馬さんが、「口」をテーマにノスタルジックに綴る本連載。1回目は「人生最期に食べたいもの」についてです。編集担当Oは、大好物のノルウェー産のサーモンの切り身と生牡蠣をたらふく食べたいと思っていますが、斉藤さんのイチオシはタイトルにもある「唐揚げ」だそうです。どんな思い出なのか、ぜひお楽しみください!
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人生最期に食べたいものはなんですか?
そんな問いに思いを巡らせたことのある方も多いだろう。もちろんぼくも何度もある。昔はそのときどきによって、梅茶漬けだとか中トロの握りだとか、答えがころころ変わっていたが、ここ5年くらいは同じ答えに辿りついている。
母さんの唐揚げ。
やっぱりこれが一番である。
といっても、我が家特有のオリジナルレシピがあるわけではない。市販の粉を使った、ごくごくふつうの唐揚げだ。その唐揚げ粉は今でも簡単に手に入るし、実際何度も使ったことがある。味はまるっきり同じで、別段特筆すべきところはない。ないのだが、どういうわけか、なにかが違う。
これが思い出補正というやつか。思い返せば子供のころ、「今日の夜、なに食べたい?」と訊かれたら、いつも「唐揚げ」と答えていた記憶がある。ばかりか、
「運動会のお弁当に入れたいものは?」
「誕生日のディナーは?」
そう訊かれても、決まって答えは「唐揚げ」。
なぜそんなに唐揚げに惹かれているのか、自分でもよくわからない。いつどんなきっかけで好きになったのかもまるで覚えていない。覚えていることがあるとすれば、小学3年生の誕生日、例によって唐揚げをオーダーし、しこたま食べた夜のことだ。
その日、他のメニューはいらないので唐揚げだけをとにかく大量に作ってくれとお願いしたぼくに、母は「ええで」と頷き、実際にとんでもない量の唐揚げを作ってくれた。最高の誕生日プレゼントだとうきうきで貪り、パーティーがはねたあと、風呂に入ろうと脱衣所で全裸になったときのこと。
斉藤少年は驚愕した。全身に蕁麻疹のような赤いぼつぼつができていたのだ。
なんだこれは。どうなっていやがる。おれの身体はいかれちまったのか?
当時すでにアニメの主人公ごっこを密やかに愉しむような早期の中二病を発症していたぼくは、驚きながらも冷静なモノローグを脳内で呟いた。いや、それは嘘だ。ぜんぜん冷静ではなかったし、なんならちょっと泣いていた。
そして訳がわからなくなったぼくはこう考えた。
神さま。
おれはこんなに唐揚げのことを愛しているのに、この臓腑はそのすべてを受け止めきれないのですか。歯ごたえのよい衣を身にまとい、さあ食べてくださいと微笑む唐揚げたちを愛しきることができないというのですか。これが愛の不可能性なのですか、神さま!
今思うとなんともいじらしいエピソードだが、当時のぼくは必死だった。パニックだった。そのころまだ「愛」というものについて深く考えたことのなかった斉藤少年が、初めてその概念について心の底から真剣に向き合った瞬間だった。
半狂乱になりながら、服も着ないでダイニングに戻り、両親に叫んだ。
「父さん! 母さん! 見て! 愛が! おれの愛が唐揚げに届かないよ! おれはこんなに唐揚げを愛してるのに!」
涙目で訴えるぼくを見据えながら、母はただ一言、シンプルに言い放った。
「食べすぎたんちゃう」
好きなものでも過度に摂取すると身体が耐えきれないのだと知った4月の夜だった。
いったいなにを書いているのかという話だが、思い出してしまったのだから仕方がない。ともかく、食べすぎて蕁麻疹が出るくらい唐揚げが、特に母の作ってくれる唐揚げが好きだったということだ。
ちなみに母の唐揚げは、もも肉でも胸肉でもなく手羽中を使うのが常だった。というか、実家の鶏肉でそれらが使われていた記憶があまりない。唐揚げはもちろん、鍋でもなんでも絶対に手羽中。手羽元でも手羽先でもなく手羽中。理由を訊いたことはないが、母さん、なんでいつも手羽中だったの?
でもそんな、なんの変哲もない市販の粉を使った手羽中の唐揚げがぼくは大好きだった。人生の大事な局面で、何度食べてきたかわからない。なんなら揚げたてより、お弁当に入っているちょっと冷めてしなしなになったあの状態のものがいっとう好きだった。ちなみに今は行きつけのバーでハイボールを飲みながらこの原稿を書いているが、ちょっと酔いが回ってきて、無性にあの唐揚げで一杯やりたくなっている。なんの話だ。
大学進学とともに上京して、もうだいぶ経つ。東京から山梨はわりと近くて、いつでも行けると思っていて、だからこそあまり頻繁に実家に帰らない日々を過ごしている。
最後に母の唐揚げを食べたのはいつだったろう。
たまに帰省すると、母はいつもたくさんの料理でもてなしてくれる。最近はほぼメニューが決まっていて、ビール、3種類くらいの具材のおにぎり、お好み焼き、おでん、それともも肉とトマト、玉ねぎにベシャメルソースとチーズをたっぷりかけてオーブンで焼いたやつだ。最後のメニューには名前がないらしく、「オーブンのやつ」「トマトのやつ」と母は呼んでいる。
いや、もも肉使ってるやん。
まあそれはともかく、次に実家に帰るときには、年甲斐もなく母におねだりして、あの唐揚げを作ってもらいたいと思っている。というか、一緒に作ればいいか。
母さん、いつもおいしいごはんをありがとう。とりあえず手羽中を買って帰るので、また連絡します。
日々是口福

声優の斉藤壮馬さんが「口」をテーマに書き下ろす連載エッセイです。声優は、声とことばを扱うお仕事。他方で、斉藤さんは幼少期から美味しいものが大好きだったそうです。本連載では、口からアウトプットされるもの、口からインプットされるもの……さらには、そこに乗る記憶や記録について、ざっくばらんに書き綴っていきます。










