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いつか終わる恋愛の、人生への影響について

2026.07.08 公開 ポスト

「うまくいかなかった恋愛に意味はある?」30代後半・独身女性二人が正直な気持ちを交換する往復書簡鈴木綾/ひらりさ(文筆家)

30代後半、ともに独身。ロンドンと東京の会社員兼文筆家の鈴木綾さんとひらりささんによる往復書簡『いつか終わる恋愛の、人生への影響について』が7月8日発売になりました。他者と自分を愛する可能性を探った1年間の記録です。発売を記念して、一通目の鈴木綾さんの手紙をご紹介します。
また、7月15日(水)には、おふたりのトークイベント「他人も自分も愛する方法」(本屋B&Bチケットページ)が開催されます。ぜひご参加ください。

恋人はいないし、いまは探そうとも思わない(2025年1月 鈴木綾)

ひらりささんへ

あけましておめでとう! 2024年は予想もしていなかったことがたくさん起きた年だったなーとすごく思う。トランプが再選された。体操の「女王」シモーネ・バイルズがオリンピックで復活した。私は6年もロンドンに住んでいる。そして、私たちは、往復書簡を始めることになった!

私たちが知り合ったのは、そんなに前じゃない。たった3年前のことだ。私が2022年に出したエッセイ集『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』にひらりさが帯の推薦文を書いてくれて、留学から帰国する直前にロンドンで会うことができた。

もっと早く会っていたらたくさん遊べたのに、と悔しく思っているけど、ひらりさが東京に戻ったことで、二つの国や文化圏の間の架け橋になって、読書会とか、面白いイベントができるようになったのかもしれない。私たちは、まるで国際文学コラボレーターみたいだね。

私が母国を離れてから13年経つ。海外に住む醍醐味の一つは、本来なら会うはずじゃなかった人と知り合って、「こんなに通じ合うんだ!」と思う瞬間。私は6年間日本に住み、そのときは外資系金融に近い業界で働いて、そのあとヨーロッパでMBAを取得してロンドンに移住した。ひらりさと会うはずじゃなかったこの世界で、私たちは読書とフェミニズムと日本がきっかけで知り合った。せっかくの縁だから、一緒に恋愛や女性の葛藤について考えて、これからの活動に生かすことができたらいいと思ってる。

正直に告白すると、私は、「ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた」状態から抜け出せていない(笑)。そんな中、去年のクリスマスにインフルエンザにかかって、家でダウンしてしまい、せっかくのクリスマスを一人で過ごしてしまった。

クリスマス当日、寒風が窓の隙間から忍び込む部屋で、食欲も気力も失い、ただ布団の中で時間が過ぎるのを待っていた。私は、派手にクリスマスを祝う家庭で育ったので、長い海外生活で母国の祝日への思い入れが薄れていく中でも、クリスマスだけは特別な存在であり続けている。日本人にとってのお正月と同じような感覚かもしれない。

窓から冬枯れを見ながら、ふと日本にいた頃に過ごしたクリスマスの記憶が蘇ってきた。当時付き合っていた日本人の男性が「日本の恋人同士のクリスマスを体験してみたい」と言い出した。ご存じの通り、日本のクリスマスは家族ではなく、恋人と過ごす日として定着していたが、当時の私はぼんやりとしか「日本の恋人同士のクリスマス」をイメージできていなかった。

彼はクリスマスイブに高級ホテルと高級レストランを予約してくれて、私の大好きなキャラクターグッズをたくさんプレゼントしてくれた。クリスマスケーキはもちろん食べた。こういう過ごし方も悪くないな、と思ったけど、豪華な食事のあと、豪華な部屋でセックスして、やっぱり違うと思った。イエス・キリスト様の誕生日にそんなに真剣に付き合っていなかった人とセックスする。私は別に信心深い人間ではないけど、すごく申し訳ない気持ちになった。こんな淫いん靡びなことをキリスト様の誕生日にしていいのか?

その違和感は単なる宗教的な罪悪感ではなく、関係自体への違和感だった。その人をそこまで大事に思っていない証拠だった。それからそんなに経っていないうちに自然と距離を置くようになった。

(写真:Unsplash/Anita Austvika)

両親が離婚し、弟たちにも恋人ができ、そして私は海外に住んでいるので、昔みたいに家族みんなで祝日を過ごすことは困難になっている。それに残念ながら、クリスマスをともにゆっくり家で過ごす、あるいはホテルで肌を重ねて過ごせるような人はまだ見つかっていない。

でも、本を書いたときと違うのは、積極的に探すのをやめたこと。自分の中で彼氏を見つけることの優先順位が落ちた、というかもはや優先順位から消えた。いま、自分の中で大きいのは仕事をすることと執筆活動。去年1月に会社を辞めてフリーランスのマーケティングコンサルをやりながら英語で小説を書くことに専念することにした。周りの女性の友達は子供を産んでいるけど、私は本を生むことに全てを注いでいる。

ひらりさは日本に戻ったあと、彼氏ができたけど、彼にあまり仕事のことを話していないと言っていたよね。子供を産むか産まないか、仕事の話をするかしないか──。「恋愛関係はこうあるべき」というプレイブックに囚われなくてもいい。

それでも、独身であることに苦しんでいる、本当に苦しんでいる女性が周りにたくさんいる。この女性たちは別の選択をする自由があるのに、昔ながらの「形」に誘惑される。

ある友人の姿が鮮明に思い浮かぶ。趣味に没頭し、人々を魅了する社交性を持ち、キャリアも順調な彼女が、長期的なパートナーができていないことで頭がいっぱいになる。パートナーがいないことで、他の幸福は意味がないと感じている。まるで自分の心に穴が空いているよう。恋人がいない限り、この穴は埋められない。

私が常々考えているのは、社会が私たちに刷り込んだ固定観念によって、本当の願いが見えなくなってしまっているのではないかということだ。その「固定観念=レンズ」を外したら、彼女が望んでいるのは本当に恋人なのか、それとも全然違うものなのか。私たちの生きる時代は、おそらく人類史上初めて、個人の本当の願いと社会の期待が一致しないままでいられる時代なのかもしれない。生存のために社会の規範に従う必要がなくなったいま、その「ズレ」がより鮮明になってきている。

ひらりさといままで開催してきた読書会の中で、最初に読んだ『21世紀の恋愛』が特に印象に残っている。恋愛がこれほど難しいこと、現代の男性と女性の間で大きなズレが存在していることを理解するうえで、非常に参考になった。

作者であるスウェーデンの漫画家、リーヴ・ストロームクヴィストが説明する通り、現代では男性の「領域」に女性がどんどん進入してきた。家庭、職場、娯楽の場でさえ女性は存在感を増している。政治家や有名俳優などを会員として擁した、1831年にまでその歴史を遡るロンドンの著名な会員制クラブの一つ、ギャリック・クラブは去年、女性も入会できるように決めた。男女平等からはまだ遠いが、女性が最も入りにくいとされてきた「空間」に入れるようになっている。男性は無意識にでも自分たちの領域が侵食される「脅威」を感じている。自分の「男性らしさ」を見せるために別の基準を探し求めている。好きなときに女性とセックスできる、パートナーに困らない、いくらでもやれる、ということだ。

一方で、女性は歴史上最も教育され、お金を持っている。そうなれば自分に相応しいと考える男性の条件はどんどん厳しくなる。ハイパガミー(上昇婚)──自分より高い社会的地位を持っている人と付き合いたがり、結婚したがる傾向は変わらない。女性の社会進出が進んだことで、自分より社会的地位の高い男性は減ってきた。

この根深いすれ違いは、単なる個人の孤独という問題を超えて、社会全体に暗い影を落としている。欧米では、女性は女性で相応しいと思える男性がいない。他方、男性のほうは女性に相手にされず、言ってみれば取り残される男性が増える。そんな男性たちの中から生まれてくるのがインセル。つまり、不本意にセックスから遠ざけられている男性たち。

『21世紀の恋愛』の次に読書会で取り上げた『セックスする権利』(アミア・スリニヴァサン)に、2014年に女性に断られて彼女ができないことに怒って複数人を殺害したエリオット・ロジャーがインセルのコミュニティで英雄視されている事例があった。女性に対する暴力の増加。これは孤独の問題を超えて大きな社会問題になっている。

去年、イギリスで一つの調査結果が大きな波紋を呼んだ。それは、世界的な規模で、若い世代の男性が伝統的な性役割を支持するなど保守化する傾向にある一方で、女性は移民を受け入れることに賛成するなど、より進歩的(progressive)になっている、というもの。この傾向は先進国と西洋だけではなく、中国やチュニジアのような国でも同じ現象が見られている。フィナンシャル・タイムズによると、私が住んでいるイギリスでは、18歳から29歳の進歩的な女性の比率は同年代の男性より25ポイント高い。

この背景には『21世紀の恋愛』が解説すること以外にも、経済的要因が大きい。実質賃金の増加は90年代から鈍化している。国際労働機関(ILO)によると、インフレと経済成長の減速を受けて、2022年に実質の給料の成長が21世紀に入ってから初めてマイナスになった。男性の観点からすると、自分の生きづらさの原因を経済的に解決するより、フェミニズムや社会的不平等・差別の是正を重視する考え方、ウォーキズムを非難したほうが楽。

現実には家事や育児の負担は女性がまだ圧倒的に背負っているし、男女の賃金平等はまだ達成されていない。でも男性はそんなことは認めたくない。

いま、私が一番懸念しているのは、こういう社会的発展が──少なくとも欧米社会では──政治やビジネスのリーダーに歪められ、利用されていること。男女をはじめ、人種、社会階層、宗教、社会の中の様々なコミュニティの間の対立を煽り、促しているリーダーが政財界を牛耳じっている。トランプやイーロン・マスクなど、まるで中学生の悪ガキのような人がこの世界の最も有力な国を支配している。マスクはいまヨーロッパに圧力をかけ、保守派の反移民政党に支援の意向を示している。これ、プーチン大統領がやったら、内政干渉だ、と大問題になるんだけど。

今月(2025年1月)、MetaのCEOマーク・ザッカーバーグは、社内の多様性対応を中止することを発表した同じ日に、多くの企業が「男性精神」を失ってしまったことが残念だという考えをポッドキャスト番組で示した。「男性精神」って何? 闘争心? こんなこと、あり得るのか?

こうした時代錯誤な考え方は、気候変動対策までも阻害している。アメリカの大企業は気候変動対策の公約を次々と破棄し、地球の破壊を加速させている。その影響を受けるのは、いつだって女性、マイノリティ、子供たち──ビリオネア以外の人々だ。

私がクリスマスと同じくらい信じているのは、平等な社会の重要性。私は全ての国民・市民にできるだけ平等に機会を与える社会、そして弱いものを守る社会に住みたい。しかし、トランプやマスクやザッカーバーグが築こうとしているワールドは、勝つものと負けるものがはっきりしている社会。自分たちに有利な社会を作るために、彼らには都合のいいスケープゴートが必要。

アメリカでは、トランプの支持者は既存の「authority(権威)」をその標的にしようとしている。官僚、マスコミ、大学の先生、専門性を持っている人を攻撃し、信用を落とそうとしている。啓蒙時代以来、社会の基盤になったロジックやサイエンスを尊重する姿勢が崩壊しつつある。それがなくなってしまうと、何が残るのか?

男女間の乖離、社会の分断が深まるこんな時代だからこそ、イデオロギーや主義主張を一旦脇に置き、人類共通の未来について、男女が率直に対話を重ねていく必要があるのではないだろうか。だから去年10月に開催した『おいしいごはんが食べられますように』(高瀬隼子)の読書会に男性の参加者もいたのがとても嬉しかった。これからのイベントにももっと参加してほしい! 日本でもこういう傾向は見られているのか、気になる。ひらりささんはどう思っている?

私たちが、より多くの人が豊かになる社会にするために、どんな道具があるの? 文学、執筆だけでいいのか?

この往復書簡を通じて、希望が持てる理由を探したい。

もしかしたら、その一つが恋愛にあるかもしれない。

【イベントのお知らせ】

7月15日(水)19時半~ 
鈴木綾×ひらりさ「他者も自分も愛する方法」『いつか終わる恋愛の、人生への影響について』刊行記念

詳細は、本屋B&Bのチケットページをご覧ください。

7月18日(土)16時~20時
蟹ブックスにておふたりが半日店長を務めます

申し込みは不要です。詳細は、蟹ブックスのXをご覧ください。

7月29日(水)19時半~
稲田豊史×エリー・ウォーノック「本が読まれないのは日本だけ?~読書と文章をめぐる欧米との比較~」

鈴木綾さんは、英語名でのご登壇です。詳細は、幻冬舎カルチャーのページをご覧ください。

関連書籍

鈴木綾/ひらりさ『いつか終わる恋愛の、人生への影響について』

マッチングアプリのずっと前から わたしたちは『商品』だったよね? 30代後半、ともに独身。 ロンドンと東京の会社員兼文筆家が 恋愛を考えるために往復書簡を始めた 「新年早々、失恋で寝込んだわたしが往復書簡を始める意味」(ひらりさ) 「恋愛に失敗なんてあるのかな?」(綾) 「わたしの恋愛には『人からどう見えるか』がいつもつきまとう」(ひらりさ) 「わかりやすい『性的魅力』にいいことはない」(綾) 「わたしの恋愛は、傷つけるほどの距離にならない」(ひらりさ) 「誰も教えてくれなかった愛するときに必要な『地味な仕事』」(綾) 恋愛で受ける傷、対等さへのこだわり、出産への迷い―― 他者と自分を愛する可能性を探った1年間の記録。

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いつか終わる恋愛の、人生への影響について

2026年7月8日発売『いつか終わる恋愛の、人生への影響について』をご紹介します。

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鈴木綾

1988年生まれ。6年間東京で外資企業に勤務し、MBAを取得。ロンドンの投資会社勤務を経て、ロンドンのスタートアップ企業に転職。現在は退職し、英語での小説を執筆中。2017〜2018年までハフポスト・ジャパンに「これでいいの20代」を連載。日常生活の中で感じている幸せ、悩みや違和感について日々エッセイを執筆。日本語で書いているけど、日本人ではない。著書に『ロンドンならすぐに恋人ができると思っていた』(幻冬舎)がある。

ひらりさ 文筆家

1989年、東京生まれの文筆家。「劇団雌猫」メンバーとして、『浪費図鑑―悪友たちのないしょ話―』(小学館)でデビュー。女オタク文化からフェミニズムまで、女性と現代社会にまつわる文章を執筆。個人名義の著書に『沼で溺れてみたけれど』(講談社)、『それでも女をやっていく』(ワニブックス)、『友達じゃないかもしれない』(上坂あゆ美との共著/中央公論新社)、『まだまだ大人になれません』(大和書房)がある。

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