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アドラーの教育論

2026.05.29 公開 ポスト

子どもが勉強しないとき、親はどうする? アドラー心理学に学ぶ「自立した子」の育て方岸見一郎

「宿題をしない」「受験が近いのに焦っていない」「親として何をすべきなのか」――そんな子育ての悩みを抱えてはいないでしょうか?

子どもが自立へ向かうために必要なのは、子どもを一人の人間として尊重し、「叱らない」「ほめない」「比べない」こと。アドラー心理学の教育思想をもとに、親や教師が子どもとどう関わればよいのかをやさしく解説した、岸見一郎氏の最新作『アドラーの教育論 対等と自立』。本書の一部を再編集してご紹介します。

*   *   *

自立と責任を教える

アドラーが「教科を教えるのではなく、教科で教える」という時、何を教えるのか。まず、「自立」です。

子どもは生まれてからかなり長い時間、大人の援助がなければ生きていくことができませんが、大人は子どもが一日も早く自立できるように援助しなければなりません。一体いつになれば子どもが自立できるのかという見極めは簡単ではありませんが、アドラーは次のようにいっています。

「人生の一番最初の日から彼〔女〕らの年齢が許す限り自立するように訓練されるべきである」(Adler Speaks)

しかし、親がいつまでも子どもを子どもとしか見られず、本来自分でするべきこと、できることも自分でしないことを許していれば、子どもはいつまでも自立しようとしないでしょう。

何もできないと思い込み、自分で何もしなければ、親が代わりに子どもが本当はできることまで肩代わりしたり、何をするかを指示したりすると、子どもは自分の行動に責任を持たなくていいからです。

小学生だったある日、友人から電話がかかってきました。「これから遊びにこないか」と誘われたのです。私が住んでいた家は子どもの足では学校まで三十分ほどかかる校区のはずれにあったので、一度家に帰れば、次の日登校するまでは外に出ないことが多かったのですが、友達から電話がかかってきた時に、ふと行ってみたいと思いました。

その時、近くにいた母にこれから遊びにいっていいかとたずねました。母はいいました。「そんなことは自分で決めていいのだよ」と。私は自分で決めてはいけないと思っていたので、自分で決めてもいいと親にいわれ驚いたことを覚えています。

勉強をするかしないかも親が何もいわなければ、子どもは最初はしないかもしれませんが、勉強しなければその責任は自分に降りかかってくることをすぐに学ぶことになります。親がうるさく勉強するようにといえば、子どもは勉強するかもしれませんが、子どもはいつまでも自立しません。親にいわれたら勉強しても、親が見張っていなければ勉強しなくなるのです。

朝、保育園に行く前、夜も夕食後、親が横について勉強させていた子どもを知っています。学校の成績はよかったのですが、親が席を立つと勉強をやめ、見張られないと勉強できなくなりました。勉強しなさいといわれたら勉強するのではなく、勉強をするのもしないのも自分で決められなければ自立しているとはいえません。

 アドラーは「れいぞく」する子どもについて、次のようにいっています。

「もしも誰かが子どもに必要なことをするようにしているためにいつもいれば、それを成し遂げることができる。〔しかし、〕一人にされるとためらい失敗する。このような子どもは、隷属にはよく準備されているだろうが、自由が取られるとどうしていいかわからないのである」(『人生の意味の心理学』)

 指示されたことしかしない子どもは、創意工夫をして失敗した時に生じる責任を引き受けることを回避しようとしているのです。自立できるためには責任を取ることを学ばなければなりません。

勉強するのは他者に貢献するためだと教える

次に、他者に「貢献」することを教えなければなりません。たしかに、誰もが子どもの時だけでなく大人になってからも、他者から助けられて生きています。しかし同時に、自分も他者に何ができるかを考えられるようにならなければいけないのです。

アドラーは次のようにいっています。

「人生は全体へと貢献することを意味する。人生の意味は貢献、他者への関心、協力である」(『人生の意味の心理学』)

勉強についていえば、勉強することで成功することしか考えていないような人は、自分にしか関心がないのです。他者が何に関心を持ち、他者が何を必要としているかを見極めることができる人だけが他者に貢献することができます。ただ成功するためではなく、他者に貢献するために勉強しなければならないのです。

貢献という言葉には抵抗感がある人がいるかもしれません。他者のことを考えることは少しも自分の得にならないのではないか。他者貢献は自己犠牲ではないか、と。

これについては、アドラーは自分が与えるものを持っていなければならないと、次のようにいっています。

「人が本当に他者に関心を持ちたいと思い、公共の目的のために働きたいと思うのであれば、まず自分自身の世話ができなければならない。与えるということが何か意味を持っているのであれば、自分自身が何か与えるものを持っていなければならないのである」(前掲書)

与えるためには、まず自分が与えるものを持っていなければなりません。そのためには、一生懸命勉強しなければなりません。

問題は、そうやって身につけた知識を何のために使うのかということです。幼い頃から自分のことだけを考えて生きることを許されると、勉強をするのは他者に貢献するためだとは思いもよらないでしょう。他者に貢献できると思えればこそ、時に勉強が苦しくてつらくなっても耐えることができるのです。

自分には価値があることを教える

第三に、子どもに教えなければならないのは、自分に価値があることです。なぜ自分に価値があると教えなければならないか。アドラーは次のようにいっています。

「自分に価値があると思える時にだけ、勇気を持てる」(Adler Speaks)

勉強についていえば、価値があるというのは、有能であるという意味です。そう思えればこそ、勉強に取り組む勇気を持つことができます。なぜ勉強するのに勇気がいるのかといえば、結果が出て評価されるからです。仕事も同じです。いつもよい結果を出せるのであれば勇気はいりませんが、そうでなければ結果が出ることを恐れることになります。結果が出ることを恐れる子どもには、自分に能力があることを教えなければなりません。自分に能力があると思えなければ、勉強しようとしなくなるからです。

アドラーは、「誰でも何でも成し遂げることができる」といっています(『個人心理学講義』)。これに対しては、才能の違いや遺伝を持ち出して、何でも成し遂げることなどできないという批判がされてきました。

しかし、アドラーの主眼は、自分はできないという思い込みが生涯にわたる固定観念になることにけいしようを鳴らすことにあります。

当然、最初からよい結果を出せるわけではないので努力しなければなりませんが、最初から「できない」と思い込んで努力しなければ、よい結果を出すことはできません。

対人関係についていえば、自分に価値があると思えるというのは、自分が好きであるとか、自分を受け入れることができるという意味です。

カウンセリングにきた人に「自分のことが好きですか」とたずねると、「あまり好きではない」という答えが返ってくることがあります。中には「大嫌い」と答える人もいます。自分が好きかと問われて、「大好き」と答える人はカウンセリングにはこないでしょう。

自分が好きではない人は、そのことがいやなのではありません。自分に価値があると思う、つまり、自分が好きになってはいけないのです。自分が好きになり、自信を持てば対人関係の中に入っていかなければならなくなるからです。人と関われば何らかの摩擦が生じ、傷つくことを避けることはできません。だからこそ、アドラーは「あらゆる悩みは対人関係の悩みである」(前掲書)といっているのです。人と関わって傷つくことを恐れる子どもは対人関係の中に入っていこうとしません。

しかし、生きる喜びや幸福も対人関係の中でしか得ることはできません。幸福になるためには、対人関係に入っていく勇気を持ち、そのためには自分に価値があると思えなければならないのです。

アドラーは、先に引用した「自分に価値があると思える時にだけ、勇気を持てる」(Adler Speaks)という言葉に続けて、次のようにいっています。

「私に価値があると思えるのは、私の行動が共同体にとって有益である時だけである」(前掲書)

学校で勉強をしている子どもたちの場合、ここでいわれる行動は勉強のことです。ただ勉強ができるだけでは十分ではありません。「共同体にとって有益である」ということの意味はこれから見ますが、ここでは他者に役に立つという意味だと理解してください。勉強で他者に貢献できなければなりません。貢献感を持てた時に、自分に価値があると思え、自分に価値があると思えた時に勇気を持つことができるのです。

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アドラーの教えを実生活に生かしたい方は、『アドラーの教育論 対等と自立』をお読みください。

関連書籍

岸見一郎『アドラーの教育論 対等と自立』

「叱らない」「褒めない」「比べない」 ――真に子どもの能力を引き出す、アドラーの教育思想とは 子どもとの関係を見つめ直し、対人関係の悩みを解きほぐす一冊

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アドラーの教育論

「叱らない」「ほめない」「比べない」――それは、子どもを放っておくことではない。子どもを一人の人間として尊重し、自立へ向かう力を信じるための、アドラー心理学にもとづく教育のあり方だ。親がよかれと思ってやっている、「叱る」「ほめる」「先回りして手を出す」、こういった「教育」は、時に子どもの決断力や責任感を奪ってしまう。大切なのは、子どもを支配するのではなく、対等な関係の中で見守り、勇気づけること。本書では、アドラーの教育思想をもとに、子どもの自立を支える親や教師の関わり方をわかりやすく解説。競争、承認欲求、劣等感、受験、失敗、課題の分離、見守る勇気――。子育てや教育の現場で直面する問題を通して、子どもとの関係を見つめ直し、親自身の肩の荷も軽くなる一冊。子育て中の親はもちろん、教育関係者、親子関係や対人関係に悩むすべての人に向けた、実用性と教養性を兼ね備えたアドラーの教育論。

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岸見一郎

1956年、京都府生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋古代哲学史専攻)。著書に『アドラー心理学入門』(KKベストセラーズ)、『幸福の哲学』(講談社)、『人生を変える勇気 踏み出せない時のアドラー心理学』(中央公論新社)、『老いた親を愛せますか?それでも介護はやってくる』『子どもをのばすアドラーの言葉 子育ての勇気』『成功ではなく、幸福について語ろう』(幻冬舎)訳書にプラトン『ティマイオス/クリティアス』(白澤社)などがある。共著『嫌われる勇気』(ダイヤモンド社)はベストセラーに。

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