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宇宙でラーメンは食べられるか

2026.04.05 公開 ポスト

「宇宙版終活」は何をする? 野口聡一が語る、ISSを去る準備と地球への帰還のリアル野口聡一(元・JAXA宇宙飛行士)

無重力の宇宙で、ラーメンは食べられるのか。お風呂やトイレはどうするのか。狭い空間で、どうやって心と人間関係を保つのか――。夢とロマンに満ちた宇宙での暮らしには、地上とはまったく異なる現実があります。

そんな〝宇宙生活のリアル〟を教えてくれるのが、3度の宇宙飛行を経験し、ギネス記録も持つ宇宙飛行士・野口聡一さんの著書『宇宙でラーメンは食べられるか 宇宙暮らしのロマンと現実』です。宇宙で実際に暮らしてみて初めてわかる驚きや工夫、そして人間らしい悩みや楽しみについて、本書から一部をご紹介します。

*   *   *

宇宙版終活は「立つ鳥跡を濁さず」が鉄則

すべての物事には必ず「はじまり」と「終わり」があります。「『いま』がずっとつづけばいいのに」と思っても、いつかは「さよなら」を告げねばなりません。

……なんだか恋バナみたいな冒頭になってしまいました。大丈夫です、宇宙の暮らしの話です。無重力状態にすっかり慣れ、重力のある生活に戻れるのか不安になってきたころ、ISS滞在は終盤を迎えます。

地球への帰還予定日のおよそ2週間前からは、宇宙版「終活」に取りかかります。

宇宙版「終活」とは、具体的には、個室(クルークォーター)の大そうじ、私物のパッキング、実験の引き継ぎ資料作成などです。この2週間で粛々と帰還準備という名の終活を通じて、宇宙とさよならする気持ちの整理もつけていきます。

そして、ISSを去る際の絶対原則は「立つ鳥跡を濁さず」。自分の痕跡を徹底的に消し、まるでいなかったような状態にしなければなりません。ただ、宇宙飛行士だって人間です。ずっと恋い焦がれていた宇宙にきた、その証しを残したいという気持ちはもちろんあります。

「I was here!」(私はここにいたぞ!)

ふだんは人目に触れない場所にこっそり書きたくなります。

「MADE BY SOICHI NOGUCHI」(野口がつくりました)

自分がカスタマイズした実験器具にサインを入れて、後輩宇宙飛行士たちに功績をアピールしたくなります。

でも、もちろん、やりません。ISSは公共の場です。誰も彼もが痕跡を残していたら、船内は非常に落ち着かない空間になってしまいます。ちなみに、サインや落書きなどが残っていた場合、後輩宇宙飛行士たちによって容赦なく消されます。落書きを消すという負担を、後輩たちにかけたくはありません。

落書きはNG、サインはOK

なお、「私的」な落書きはNGですが、「公的」なサインならOKです。宇宙飛行士は帰還前にISSのどこか1か所にミッションロゴステッカーを貼り、そのまわりに記念のサインを記すのが慣例となっています。さらに、JAXAの宇宙飛行士は、「きぼう」日本実験棟にもサインができます。これはJAXAの宇宙飛行士限定の特典です。

私はISSに3度滞在しているので、私のサインはISS内に3か所(こちらは英語表記)、「きぼう」に2か所(こちらは漢字表記)、残っています。「きぼう」が3か所ではなく2か所なのは、2005年の初のISS滞在時には、「きぼう」は完成していなかったからです。

ちなみに、ISSに残る歴代の宇宙飛行士たちのサインは「ISS Simulator」というゲームで見ることができます。

「ISS Simulator」は、ISS内の実際の環境をデジタル上に再現したシミュレーションゲームで、制作にはJAXAが協力しています。ユーチューブの「ゲームさんぽ」というチャンネルがこのゲームを取り上げた際、私が解説役を務めました。そのとき、サインも再現されていることを知ったのです。私のサインももちろんありました。「ISS Simulator」はパソコン向けに無料で配信されていますので、興味がある人はやってみてください。

宇宙版終活の本質は「次の人のため」

さきほどお伝えした話とちょっと矛盾するようですが、原状回復するのと同じくらい大事なのが、生活環境の整備に全力を尽くすことです。終活の真っ只中だったとしても、たとえ明日帰るとしても、自分たちにとって環境がよくなることであれば、これからここで暮らす人たちのためにも、きちんとやるという姿勢がすごく大切です。仮に空調設備の調子が悪ければ、自分はもう明日地球に帰るとわかっていても、その日じゅうに残業してでも修理しちゃいましょう。たとえ自分はもう使うことがないとしても、次にやってくる新人たちはきっとあなたのおかげで快適な生活のスタートを切ることができるでしょう。

意外に忘れがちなのは、使用していたパソコン、タブレットから自分の「痕跡」を抹消すること。以前、お伝えしたようにISSには私物のパソコンや携帯は持ち込めないというルールがあるので、デジタル機器はすべて共用備品になります。ですから、交代の宇宙飛行士に引き継ぐ前にファイルを削除して完全にフォーマット(初期化)する必要があるのです。最近は地上でも「デジタル遺品」といって故人の残したメールやファイルの管理をどうするかが問題になっていますが、ISSでは一定期間ごとにこの「デジタル遺品」の処理を行っているということになります。もちろん必要なファイルや自分が作成した文書、デジタル写真は事前にバックアップして地上に伝送しておけば、地球に帰還したあとにNASAから返還してもらえます。

さて、公的なサイン以外のすべての痕跡を消し、個室を原状回復したら、終活は無事完了。ISS出立までの数日間、帰還するクルーの多くは個室ではなく、通路などで寝起きします。せっかくきれいにした個室を汚したくないからです。ISSの通路に寝泊まりする、いわば「野宿」状態のクルーが現れると、帰還組も居残り組も、別れの日が迫っているのを実感して少々センチメンタルになります。

ISSを離れてついに地球へ! 帰還当日は激動の1日

いよいよ帰還当日です。数日間の野宿を終え、帰還カプセルにすべての荷物を運びこんだら、ISSでの最後の食事をすませます。その後、帰還用の下着をつけて(もちろんおむつも)船内与圧服に着替えます。

居残り組とはここでお別れです。地上での再会を約束して宇宙船へ乗り込み、ISSと帰還カプセルをつなげていたハッチを閉じます。宇宙での生活もとうとう終わり。名残惜しさと、地球にいる家族や友人たちにようやく会えるうれしさとで心はいっぱいです。

といっても、すぐに出発できるわけではありません。ハッチを閉じたあとも、地上と交信しながら、宇宙船内の気圧やシステムをチェックしなければならないからです。所要時間はおよそ2時間。すべて問題がないと判断されたら、宇宙船はISSからゆっくりと分離し、高度を少しずつ下げます。

打ち上げ時には、船内与圧服から船内服にいったん着替えましたが、帰還時は宇宙船に滞在する時間が短いため、与圧服のままです。分離から約3時間後、エンジンを逆噴射して軌道から離脱し、地球への降下を開始。なんと1時間弱で地上に到着します。つまりISSのハッチを閉じてから地上到着まで約6時間ほどということになりますね。もちろん、緊急避難や医療上の事情がある場合はもっと短い時間で帰還することも可能です。

なお、宇宙船に乗っていると、徐々に地球の重力を感じるようになります。空中に浮かんでいたほこりがさーっと床に落ちていくのです。ついに、地球に〝帰還〟するんだという実感がわく瞬間でもあります。クルードラゴン宇宙船のデジタル計器パネルには重力計が表示されているので、刻々と変わる重力がリアルタイムでわかりますが、「なんだかすごーく指が重いなー、もう地上かな」と思って重力計を見たら、まだわずか0・1G(地上のたった10分の1の重力!)だったりします。半年間無重力で過ごしたからだには、文字どおり「ヘヴィー」な体験です……。

滑走路、地面、海 3つの帰還方法

地上への帰還方法は、宇宙船によって異なります。2005年、スペースシャトルで帰還した際には滑走路に着陸しました。飛行機が着陸するのと同じような感覚だったのを覚えています。スペースシャトルが停止すると、NASAのスタッフが出迎えてくれました。

2010年、ソユーズ宇宙船で帰還したときはカザフスタンの大草原に着地。パラシュート1個だけで降下、いちおう気休め程度の逆噴射ジェットがついてはいるのですが、地面に激突するときはなかなかの衝撃を感じます。人によっては「地面との衝突事故だ」なんて表現するくらい。半年間の無重力生活で弱ったからだにはこたえます。このときは、救援隊が四輪駆動の大型探索車に乗って駆けつけてくれました。

2021年、クルードラゴン宇宙船で帰還した際はメキシコ湾に着水し、回収船がクレーンで引き上げてくれました。こちらはパラシュート4個、水面に着水するので衝撃はほとんど感じませんでした。フロリダ沖の着水だったので、回収船のまわりにはイルカの群れが泳いでいたそうです。

滑走路、地面、海水面。このように、3種類の宇宙船で三つの異なる帰還方法を体験した最初の宇宙飛行士は私でした。これが評価されて2021年のギネス公認記録になっています。何事であれ、「人類で初」になるのはうれしいことです。

帰還してもすぐには休めない! ハッチが開いた瞬間から始まる別の任務

無事に着陸、あるいは着水してハッチが開いたらもう安心でのんびりできる~と思ったら大間違い。むしろハッチが開いてから怒とうのスケジュールがはじまります。「地球に戻ってきた!」という感慨にふけるひまは、残念ながらほとんどありません。

まずは、カプセルから出る前に簡易的な医学検査が行われます。緊急を要する健康上の問題がないかを確認するためです。問題がなければ、スタッフに抱えられて、あるいはストレッチャーなどに乗せられて宇宙船の外へ。場合によっては報道陣に囲まれて無数のシャッター音を浴びます。このときの言葉がそのまま「帰還後の第一声」として全世界に報道される可能性もあるので、気の利いた言葉を用意しておきましょう!

次に、専用機などで宇宙基地や隔離施設へと移動。基地や施設に到着するころには、起床から10時間近くが経過しています。正直、疲労困ぱいです。すぐにでもベッドで休みたいところですが、スタッフがそれを許してくれません。地球に帰ってきたばかりの宇宙飛行士は、いわば宇宙人です。「宇宙飛行士が地球人に戻ってしまう前に、健康状態をできるだけ詳細に調べておきたい」「記憶がフレッシュなうちに、できるだけ聞き取りをしたい」と待ちかまえているのです。ですので休む間もなく医学検査や聞き取り調査がはじまります。これらに協力するのも宇宙飛行士の役目の一つ。眠気と戦いながら対応します。

宇宙飛行士ほどではないでしょうが、宇宙での暮らしが一般化しても、帰還後にはさまざまな手続きが待っているはずです。無重力状態から重力がある世界への移行は人体にとって大きな負担ですから、健康診断の受診や安静などが推奨される可能性があります。ですから、宇宙から帰還した翌日はバッファとして最低1日空けておくことをおすすめします。

関連書籍

野口聡一『宇宙でラーメンは食べられるか 宇宙暮らしのロマンと現実』

汁が多い食べもの、熱いものはご法度の無重力環境でラーメンが食べたい! ――野望をかなえるために多くのお金と時間をかけて開発した「宇宙食ラーメン」のお味は? すべてのものが浮いてしまう空間でのお風呂やトイレは? 電話ボックス大の個室での快適な過ごし方とは? 閉ざされた空間で、メンタルを保ち、人間関係を円滑にする秘訣とは? ギネス公認世界記録を持つ唯一の日本人宇宙飛行士が語る、実際に住んでみた宇宙暮らしの体当たりレポート。

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野口聡一 元・JAXA宇宙飛行士

1965年神奈川県生まれ、博士(学術)。
3階の宇宙飛行に成功し、世界で初めて3種類の方法で宇宙から帰還した宇宙飛行士としてギネス世界記録認定。
合同会社未来圏代表、(株)国際社会経済研究所理事兼CTO、IHIアカデミー長、カップヌードルミュージアム名誉館長、立命館大学学長特別補佐、東京大学先端科学技術研究センター特任教授、世界経済フォーラム上級フェロー。米国宇宙財団理事。

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