大学受験シーズンも終わり、春からの新生活に胸を躍らせる方も多い季節です。ふたりの女子大学生の連帯を描いた、真下みことさん『春はまた来る』は、ぜひこれから大学生になる方や、その親世代の方に読んでいただき、来る大学生活を健やかに過ごしていただきたいという願いも込められた一冊です。試し読みをお届けします。
* * *
(承前)
四月の終わり、紗奈はバイト前の三十分だけこちらに顔を出し、すぐにバイトに向かった。有名なチェーン店のカフェでバイトをしているらしい。
席を立ち、出ていくとき、紗奈は順子の肩をぽんと叩いた。
「またね」
そう小さい声で言って、紗奈はにこっと笑った。
「うん、また」
順子は遠慮がちにそう返すと、紗奈はそれを満足そうに見て、それからみんなにバイバイ、と声をかけていた。
最初のうちはしどろもどろという様子だった男子たちもすっかり紗奈に慣れたのか、じゃあねと手を振ったりしていて、順子はそれがなぜかおかしかった。
紗奈がいなくなって十分ほど経った頃、その日左隣に座っていた村井くんが急に順子に話しかけてきた。
「ねえ牧瀬さん」
「ん?」
アルゴリズムの授業の課題の話だろうか。そう思いながらお茶を啜ると、
「正直、どう? 紗奈」
と村井くんは言ってきた。
「え? どうって」
質問の意味がわからず、そのまま聞かれたことを繰り返すと、村井くんが、だよな、と言って苦笑いを浮かべた。そして彼は別の男子と話をしていた宮田くんを呼んだ。宮田くんは順子と村井くんの後ろあたりにやってきた。
「どうした?」
「いや、紗奈の話」
「ああ……」
宮田くんは困ったような顔をして、そういうことかと小さな声で言った。村井くんが渋い表情で話し始める。
「紗奈がW大に興味あるっていうから、一度だけのつもりで連れて来たら、思いの外ここを気に入っちゃったみたいで。なんかめっちゃ来るし、牧瀬さんにもよく絡んでるだろ」
「ああ、うん」
話の流れがわからず、順子はただ頷いていた。すると村井くんが、意を決したように言った。
「紗奈が来るの、正直迷惑だったりする?」
「え?」
「ほらあいつ化粧やら髪やら、課題に関係ないことばかり喋って、牧瀬さんの邪魔ばっかりしてるだろ? 俺たちもいつもみたいには話せないっていうか」
村井くんの言葉の意味がわからず、首を軽く傾かしげると、宮田くんが爽やかに言った。
「牧瀬さんが嫌だったら、もう来ないでほしいって頼めるよってこと」
「え?」
何がどうしてそうなるのか、順子にはさっぱりわからなかった。迷惑どころかむしろ、最近は紗奈が来るのを楽しみにしていたくらいなのに。
「ずっと思ってたんだけどさ」
村井くんが再び話を始める。
「紗奈と牧瀬さんって、女子として、タイプが全く違うじゃん。俺は高校も共学だったからわかるけどさ、タイプが違う女子同士ってやっぱり絶対仲良くなれないんだよ。男は、そうでもないけどさ」
すると、その話を聞いていたらしい他の男子たちも、思い思いのことを言い始めた。
「牧瀬さんみたいなタイプの子が、紗奈みたいな女に悪い影響受けたら嫌だなって、俺もずっと思ってた」
「わかる。髪とか染めないでね、牧瀬さん」
「やっぱ女子大の女は女子大にずっといるべきなんだよ」
「偏差値が違うからね、そもそも」
「そう、話が合わないのは当たり前」
「牧瀬さんも気にしなくていいよ」
「事故に遭ったようなもんだから」
みんな、順子が紗奈のことを嫌っているという前提で話している。なぜそうなるのか、順子には全くわからない。話が一瞬途切れた時を狙って、順子はいつもよりも少し、大きい声を出した。
「私、紗奈のこと、全然嫌いじゃないよ」
みんなの目が、本当に? と疑うように順子を見ている。本当だよ、と小さい声で付け加えてから、順子は何も言えなくなった。
その様子を見ていた宮田くんが、そっか、と小さい声で言った。
「村井、お前のはやとちりだったかもしれないぞ」
「え、そうなの?」
村井くんは心底驚いたように目を丸くし、宮田くんと順子を交互に見た。
「牧瀬さんは別に紗奈が苦手とか、嫌いとかじゃないんだよね?」
宮田くんにそう聞かれて、順子は押し黙ったまま静かに頷いた。
確かに最初は別世界の人だと思っていたし、メイクや服が派手で苦手だったが、話してみて、それは順子の誤解だったとわかってきた。順子自身を知ろうとしてくれたし、距離を取ろうとする順子にいつも声をかけてくれていた。
けれどそれを彼らに話したところで、何も伝わらないのかもしれない。順子はそう思った。勉強仲間の男子をそんなふうに思ったのは、このときが初めてだった。

「紗奈に、もう来るなって伝えなくても大丈夫なんだよね?」
宮田くんが順子に優しく聞いた。
「うん、また会いたいし」
順子もようやく言葉が出てきたので、そう言ってぎこちなく笑った。
「なんだ、よかったー」
宮田くんがほっとしたように大きな声を出したので、順子はどうしたの、と笑ってしまう。
「いや村井がさ、もしかしたら牧瀬さんは紗奈が苦手で、それがきっかけでうちの勉強会から抜けるんじゃないかとか言うから」
「おいお前それは言わない約束だろ」
二人がそうやって笑いながら言い合っているのを見て、順子の心に浮かんだ違和感は、しゅるしゅると萎んで心の奥底に沈んでいった。
その日は順子の誕生日だった。特に言う必要があると思わなかったから、順子は誰にも言わなかった。そうして順子は、二十歳になった。












