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書くこと読むこと

2025.12.27 公開 ポスト

千葉ともこさん『飲中八仙歌 杜甫と李白』:一抹の誠実さを持って大きな嘘をつくのが小説家かなって。瀧井朝世

「書くこと読むこと」は、ライターの瀧井朝世さんが、今注目の作家さんに、「書くこと=新刊について」と「読むこと=好きな本の印象的なフレーズについて」の二つをおうかがいする連載です。

今回は、新刊『飲中八仙歌 杜甫と李白』を刊行された、千葉ともこさんにお話をおうかがいしました。

(小説幻冬2026年1月号より転載)

 

*   *   *

千葉ともこ:2020年に『震雷の人』で第27回松本清張賞を受賞しデビュー。同作と続く『戴天』、『火輪の翼』はどれも安史の乱が題材の中華エンタメ。

〈国破れて山河在り〉ではじまる「春望」で知られる唐の詩人、杜甫には酒豪八人を詠った「飲中八仙歌」という詩もある。その八人と杜甫の関わりを連作形式で描くのが、千葉ともこさんの新作『飲中八仙歌 杜甫と李白』だ。

「軸は杜甫の成長譚です。酒豪たちの個性や生き方が、杜甫の人生とリンクしていくような形を意識しました」

八人の中には詩仙、李白もいる。中国を代表する大詩人二人には、交流があったのだ。

「杜甫や李白は中学の授業で習いますが、具体的に何をやった人か知らない人は多いだろうと思って。ちゃんと調べて書けば、楽しんでいただけると考えました」

杜甫にとって李白は憧れの対象。

「たぶんクリエイターとして、杜甫は理論タイプで李白は感性タイプなんです。自分も杜甫と同じ理屈派なので、彼が李白に惹かれた気持ちが分かります(笑)」

杜甫が李白について熱烈な詩を創作するのに対し、李白の詩に杜甫は出てこない。が、実はそこにはある理由が──。

「そこは私の創作です。専門家の研究結果でも李白にとって杜甫は大した存在ではなかったと書かれているんです(笑)。小説でそうではない世界を書きたかった」

他の酒豪七人も、個性が強烈。ただし彼らに関しては、

「史実として分からない部分が多くて。特に蘇晋という人物は杜甫と実際に出会ったことはなさそうだったので、二人の繋がりは創作しました。でも書いてみたら、本当にこういう繋がりがあったのではないかと、自分の中でストンと落ちるものがありました」

ちなみに千葉さんの松本清張賞受賞のデビュー作『震雷の人』を含む三部作も唐のほぼ同じ時代が舞台で、節度使が起こした安史の乱の混乱を、さまざまな時期、角度から描き出している。つまり、同時代に生きた杜甫や李白らも、政治の腐敗から起きた国の混乱と向き合わざるをえなかった。

「杜甫や李白たち当時の詩人は、詩を芸術というより、世直しのための道具だと見ていたんです。特に杜甫の詩は社会詩と呼ばれ、作品からは当時の社会的な問題や庶民の生活が読み取れます。今回、杜甫を書くからには、彼が書いた美味しそうな食べ物から庶民たちの苦しみまで、ちゃんと描写したいと表現にこだわり、頑張りました。頑張りすぎて何度もすべって、結局削りましたが(笑)」

また、幅広い層に読んでもらうため、さまざまな工夫を試みた。

「『春望』を習う中学二年生や、中国の歴史をまったく知らない人でも次のページをめくりたくなるような展開を意識しました。中学生の息子に読ませて反応を見たり、教育現場の方に読んでいただいたりして、やはり大事なのは一度にどれくらいの情報量を出すかということだと気づいて。その加減はかなり勉強しました。それと、中学生が読めないような漢字にはルビを入れたり、漢字を見れば意味が分かる表現でも、朗読で楽しむ方のために、音だけでも意味が分かるような表現を心がけました」

本作が非常に読みやすいのは、そんな努力があったから。阿倍仲麻呂や志能備が登場したり、アクションあり、騙し合いあり、意外な出会いや再会ありで、エンタメ性もたっぷり。

「創作性が強い小説なので、中途半端な嘘はよくないと思って。嘘は大きくバンとついて、逆に細部は正しい知識に基づいたものにしました。長く読まれる小説にしたかったので、監修してくださった中国史専門の会田大輔先生にしつこく質問して(笑)、当時の風習等について分かっている情報も、最新のものを書きました」

だが、デビュー当時は、「史実と間違ったことを書いてしまわないように」と、肩に力が入っていたと振り返る。そんな千葉さんが好きな本の印象的なフレーズに選んでくれたのは、河野多惠子氏の『小説の秘密をめぐる十二章』から

作家は一抹の誠実さのある無頼でなくてはならぬ

――『小説の秘密をめぐる十二章』河野多惠子著(文春文庫)より

という一文。

「小説作法の本が好きなんですが、その中でもこれは作家の精神性や小説の神秘的な力にも触れている気がして、私にとって特別な一冊です。心に残っているのがこのフレーズです。小説家が小説家たる所以を考えてみると、枠からはみだしていてもこれを書きたい、というものを書くことかなと思うんです。歴史の研究者は集めた材料から誠実に推測、批判、検証していく。その果実を使わせていただいて、一抹の誠実さを持って大きな嘘をつくのが小説家であって、それが無頼ということかなと感じたんです。今回の作品に“狂”という概念が出てきますが、唐の詩人たちが重んじていたのも、こうした意味での無頼に通じるものがあったのではないかと思います」

千葉ともこ『飲中八仙歌 杜甫と李白』新潮社/2695円(税込)

官僚による政治の腐敗が進む唐の時代、仕官を目指す杜甫は尊敬する詩人、李白をはじめ偉大な酒豪たちと出会いを重ね、成長していく。やがて安史の乱が起きる社会を背景に、杜甫が詩聖に至るまでの前日譚をユニークな切り口で描く中華エンタメ。 

 取材・文/瀧井朝世、撮影/米玉利朋子(G.P.FLAG) 

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書くこと読むこと

ライターの瀧井朝世さんが、今注目の作家さんに、「書くこと=新刊について」と「読むこと=好きな本の印象的なフレーズについて」の二つをおうかがいする連載です。小説幻冬での人気連載が、幻冬舎plusにも登場です。

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瀧井朝世

フリーライター。多くの雑誌などで作家インタビュー、書評、対談企画などを担当。2009~13年にTBS系「王様のブランチ」ブックコーナーに出演。現在は同コーナーのブレーンを務める。著書に『偏愛読書トライアングル』(新潮社)、『あの人とあの本の話』(小学館)、『ほんのよもやま話 作家対談集』(文藝春秋)など。

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