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棺桶まで歩こう

2025.11.27 公開 ポスト

「抗がん剤をやめて歩きだしたら元気になった」─緩和ケア医が語る、治療より大切な“がんとの付き合い方”萬田緑平(在宅緩和ケア医)

不健康寿命が延び、ムダな延命治療によってつらく苦しい最期を迎えることへの恐怖が広がる今、「長生きしたくない」と口にする人が増えています。先行き不透明な超高齢化社会において、大きな支えとなるのが、元外科医で2000人以上を看取ってきた緩和ケア医・萬田緑平先生の最新刊『棺桶まで歩こう』です。

家で、自分らしく最期を迎えるために、何を選び、何を手放すべきか。本書から、一部をご紹介します。

*   *   *

抗がん剤をやめて、歩きだしたら元気になった

患者の側が治療を選ぶことが必要だと書きました。もちろん「がん」治療についても同じです。

ほとんどの人は、「がんが大きくなると死んでしまう」と思っています。だから、がんをとるため手術をする、あるいは抗がん剤や放射線でがんを叩く治療が行われます。

「抗がん剤で治療するしか、生きる方法はない」と思っていたがん患者さんが僕の診療所に来ます。そういう方はむしろ、抗がん剤で身体が弱ってしまっているのです。まず、抗がん剤をやめ、歩きだすと元気になり、「あと数日」と言われた方が何カ月、何年も生きた例をたくさん見てきました。

人間は、「がんが大きくなったから」死ぬのではなく、身体が弱って死ぬのです。だから前述したように、本人がまだがんばれる、がんばって歩けるなら、寿命は延ばせます。がんが赤ちゃんの頭ほどの大きさになっても、歩けるのです。

ただ、僕は「こうしなさい」とは絶対に言えません。

病院で手術するのか、抗がん剤治療を受けるのか、あるいは何もしないのか、それは本人が決めることだと思っています。

母親ががんになり、娘が治療法をたくさん探してきて、「この治療をしなさい」というケースがありました。でも母親は、その治療法はしたくないと拒絶します。

現在はものすごい量の情報が手に入ります。しかも、がん治療というのはどんどん進んでいますから、娘さんも母親のためにいろいろ集めたのでしょう。「お母さんは知らないから決められない。だから、私が調べて決める」という子も多いのです。気持ちはわかりますが、本人がしたくないなら、それでいいのです。

僕は娘さんに言いました。

「あなたは、何人の男性を見て旦那さんを選びましたか? この世に何億人といる男性を全部見たのでしょうか。もしかして最初の彼と結婚しませんでしたか?」

人間とはそんなものだと思います。結婚相手、仕事選びも、自分の知っている範囲で、自分がいいと思って決断するのです。そうやって人生を決めていくのがいいと、僕は思っています。治療法も同じで、本人が知っている範囲から選べばいいのです。

子どもが「この人と結婚したい」と言うなら、喜んで応援する。親が「この治療がいい」と決めたなら、信じて応援する。それでいいのではないでしょうか。

もし、何も治療しないというのなら、それでもいい。それがその人の人生なのです。

「もう治療したくない」という人だけを診る医者

僕は、がん治療は「ギャンブル」だと思っています。

経験上、人は抗がん剤治療をしないほうが長生きできるとも思っています。

例えば最近、「がんは治る病気です」とよく言われます。「早期発見すれば治ります」との主旨ですが、治るということはそれは「がん」ではないのです。

「早期がん」と限るのは、がんになる前のもので、がんにならない良性腫瘍も含まれている可能性があるのです。つまり、がんになる悪性もあるけれど、がんにならない良性もたくさんある。「早期がん」で手術して治ったということは、「がんにならないもの」を取っただけかもしれません。

僕の母親は、20年前に早期の膵臓がんと診断されました。

当時、僕は早期がんの手術をいくつもしていたのですが、手術を成功させながらも、どこか「おかしいなぁ」と思っていました。「これはがんになります」と医者が告げると、みんな「すぐ手術してください」となる。はっきり言って、その腫瘍ががんになるかどうかは当の医師にもわからないのです。「ずるいなぁ」と思っていました。釈然としなかったのです。

するとある時、自分の母親が「早期がん」と診断されたのです。病院を紹介されましたが、僕は母に行かないようにとすすめ、彼女は行きませんでした。結局その後、手術も治療も何もせず、20年経った今、母は病気もなく元気に過ごしています。

これまでの僕の患者にも、一切治療しない人がけっこういて、10年通った方も一人いました。つまりがんと診断されてから、10年間生きたわけです。今はある患者が、一切治療せず、がんと5、6年つきあっています。その方以外は、抗がん剤治療を途中でやめた人、余命宣告を受けて退院した人など、いったん、標準的ながん治療を受けた方たちです。

僕は、全体から見たらわずかですが、「がん治療はしたくない」という人だけを診る医者です。「治療したい」人を診る医者、手術をしたい医者はいっぱいいるので、そちらは任せて、ニッチな医者をしているわけです。

萬田診療所には、「治療したくない」「入院したくない」患者がやって来ます。

「変な患者さんですよね。治療したくないって方、超少数派でしょう。僕も『治療しなくていいよ』っていう、超変な医者です。変な患者さんと変な医者で、握手!」

そして固く手を握り合う。以上が「契約」の握手。みなさん、けっこう喜んで握手してくれます。

一般的には「治してください」「治しましょう」という契約。それすらしていない患者と医師が多い。だから、どうなったらハッピーなのか、その確率がどのくらいかも知らずに治療を依頼しています。

私は自分ができることを話し、本人が納得して「それでお願いします」と言ってもらえたら契約の握手をします。

がんが大きくなっても歩けるなら死なない

がんはどんどん大きくなって、転移する腫瘍です。がんが大きくなるスピードは、千差万別です。腫瘍によっても違いますし、発生する部位によっても異なります。

乳がん、前立腺がんは比較的遅く、膵臓がんは速い傾向にあります。ただし、あくまでも傾向であって、進行の速い乳がんもありますし、進行の遅い膵臓がんもあります。

その時小さながんだったとしても、増殖のスピードが速いと、治療してもあっという間に亡くなる場合もあります。見つかった時に大きくても、増殖のスピードが遅いと、放置していても何年も生きられることもあります。

基本的には、症状が出ていたら進行がんです。進行の速い、転移能力の高いがんにはどんな治療をしても根治は難しく、治る可能性は低いでしょう。ただし進行がんでも、遠隔転移がなく、手術で切除しきれれば再発はなく、治る可能性があります。

このようにがんといっても、発生場所、また腫瘍そのもののタイプがあり、治療してもすぐに亡くなったり、治療しなくても思ったより生きられたりするのです。「余命」の診断が難しいとされるのは、がんという病気のこうした特性によります。

たいていの人にとって、がんは怖い病気です。そして、がんになったら手術や治療をしなければ死ぬと思い込んでいます。

けれど、がんを放置しておいても「大きくなって破裂して死ぬ」わけではありません。

ではなぜ、がんになると死ぬのでしょうか。

がんが大きくなるためには、栄養が必要です。がんに栄養がとられてしまうと、身体は痩せていきます。

食べても、点滴をしても痩せていくのです。がんにエサをあげているかのようにがんは大きくなり、栄養不足の身体はガリガリになります。

まれに、「がんに栄養をあげないために糖質制限する」などという人がいますが、身体にも栄養がいきませんからムダ、本末転倒です。

痩せていくと身体が「省エネモード」になり、動けなくなります。加速度的に身体は老化して、老化の果てに亡くなるのです。がんであっても、結局は老化で亡くなるということです。

これが、治療しなかった場合にがんで死ぬ最大の要因です。見方を変えれば、枯れるように死んでいけるのががんなのです。

僕が、「がんが大きくなっても、歩けるなら死なないよ」というのはこういうことなのです。

いくらがんが巨大化しても、身体が「省エネモード」に耐えられて動けるならば、生きられます。

だから僕は、「生きたいなら歩こう」と言うのです。

医療用麻薬でがんの痛みは簡単に避けられる

がんには、身体の痛みが大きいという問題があります。そこで登場するのが、医療用麻薬です。医療用麻薬を使えば、がんにまつわる疼痛のほとんどがなんとかなります。「痛みを完全にとる」とまでは言えませんが、痛みに苦しんでどうしようもないという状態は避けることができます。痛みを忘れて、日常生活を楽しんでいる患者さんもたくさんいます。

一般的にがんは最後に痛くなると思われていますが、そんなことはありません。実際は徐々に痛みを感じていきます。「最後に痛くなる」と勘違いしている人が多いのは、長らく医療用麻薬を拒否し続け、ずっと痛みを我慢し、我慢の限界に達して初めて医療用麻薬で痛みのコントロールを始めるからです。

痛みを感じたらすぐに使い始めれば、激痛にもだえ苦しむことはほとんどありません。

多くの患者さんが、医療用麻薬を使いたがらないのは、「使うのはもう死ぬとき」だと考えているからです。多くの人は、耳にはさんだ情報から、「医療用麻薬で亡くなった」「医療用麻薬を使うようになったらおしまい」などと思い込んでいます。

しかしまったく間違っています。我慢した挙句、亡くなる直前にやっと医療用麻薬を使ったために、痛みが軽減され眠るように亡くなっただけであって、医療用麻薬で亡くなることはあり得ません。

また、医療用麻薬で中毒になると恐れる人もいます。「麻薬」という言葉からそう思ってしまうのでしょうが、僕は日本で一番多いのではというくらいに処方していますが、中毒になった人を見たことはありません。

患者だけでなく、医療従事者も「医療用麻薬は最後に使う薬」くらいの認識しかない人が多いのが残念です。

痛みは身体を弱らせる大きな要因です。むしろ、できるだけ早い段階から医療用麻薬で痛みをコントロールすることが、寿命いっぱいまで生きるために大切な知恵なのです。

がんは老化なのですから、がんと闘う必要はありません。ただ「がんばって歩く」「医療用麻薬をじょうずに使う」気力と知恵があれば、屈服しなくてもよいのです。

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最期まで自分らしく生きたい方、また“親のこれから”を考えたい方は、幻冬舎新書『棺桶まで歩こう』をお読みください。

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棺桶まで歩こう

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不健康寿命が延び、ムダな延命治療によって、つらく苦しい最期を迎えることへの恐怖が広がっているからです。そんな“老いの不安”に真正面から応えるのが、元外科医で2000人以上を看取ってきた緩和ケア医・萬田緑平先生の最新刊『棺桶まで歩こう』です。

家で、自分らしく最期を迎えるために――いま何を選び、何を手放すべきか。
本書から、一部をご紹介します。

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萬田緑平 在宅緩和ケア医

「緩和ケア 萬田診療所」院長。1964年生まれ。
群馬大学医学部卒業後、群馬大学医学部附属病院第一外科に勤務。手術、抗がん剤治療、胃ろう造設などを行う中で、医療のあり方に疑問を持つ。2008年から9年にわたり緩和ケア診療所に勤務し、在宅緩和ケア医として2000人以上の看取りに関わる。現在は、自ら開設した「緩和ケア 萬田診療所」の院長を務めながら、「最期まで目一杯生きる」と題した講演活動を日本全国で年間50回以上行っている。
著書に『穏やかな死に医療はいらない』(河出書房新社)、『家で死のう! 緩和ケア医による「死に方」の教科書』(三五館シンシャ)などがある。

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