誰かを待つ時間、その人が来たときの第一声を考えたり、そのあとの時間に思いを馳せたり、あるいはメールチェック、SNS、携帯ゲームなど、過ごし方はさまざま。
DJ、作詞、音楽演出など幅広い活動をしているカワムラユキさんに、そんな「待つ時間」をテーマにして選曲&言葉を綴っていただきます。
急速な気温の低下に寄り添うように、ひびわれていた氷が割れる音は、乾燥した外気を彷徨って、気まぐれな夜の底を少しだけ傾けた
道玄坂を下りた先で目立たぬよう灯るライトが目印のあの場所で、君と僕は数えきれないほど待ち合わせを繰り返している
天高はやや低く、低音は壁の奥から滲むように流れて、流れるレコードの旋律は輪郭を持たず、ゆっくりとかたちを変えていた
閉じた瞼の裏側に、淡い悲しみの輪郭を描いたのは君の声、崇高な悲しみのようでもあり、発火寸前の静けさのようでもある
音と音のあいだにだけ、わずかな呼吸があり、そこに街の光だけが沈んでゆく
センチメンタルという語は、この街ではもはや意味を失っていて、感情はただ湿度のように漂う
たった一言の語尾で空間に微かな裂け目がうまれては、滲み出る記憶だけが名を持たないまま、グラスの底に沈殿して
タクシーのヘッドライトは落書きだらけの汚れた壁を照らして、野蛮な光が通り過ぎるたびに時間が僅かに歪む
その呼吸の隙間を縫うように誰の感情にも帰属せず、存在の気配だけを残して感傷の手前にある透明な領域の音だけに気を寄せる
静寂がひとつの構造物のように空間を満たすグラスの氷は半分ほど融け、琥珀色の液体の中に街の光が細く屈折していて
外のざわめきが、再び扉の外で揺れて、未だに空虚を滲ませた夜は続いている
あらゆる音も言葉も一定の形を保てないまま、静けさだけが曖昧に、ここにある景色だけが愛おしくて憎らしいのに
いつだって君と僕の感情は大理石の模様のように、規則性を留めないけれど、それらしく美しくうつるのは運命の導きと喩えることがきっと相応しい

showmore『marble』(2021年、newscope records)
渋谷で君を待つ間に

誰かを待つ時間、あなたはどんな風に過ごすでしょうか。
その人が来たときの第一声を考えたり、そのあとの時間に思いを馳せたり、あるいはメールチェック、SNS、携帯ゲームなど、過ごし方はさまざま。
この連載では、そんな「待つ時間」にそっと寄り添う音楽を、DJ、作詞、音楽演出など幅広い活動をしているカワムラユキさんに毎回紹介していただきます。
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