「親の期待に応えなきゃ」「職場では空気を読まなきゃ」――そんなふうに“他人軸”で生き、人生を縛られてしまってはいないでしょうか?
「人の期待に反して行動する勇気を持つ」「自分を過小評価しなければ、もっと自由になれる」といったアドラー心理学の実践的な考え方を、哲学とあわせてやさしく解説した、幻冬舎新書『誰にも支配されずに生きる アドラー心理学 実践編』。本書の「はじめに」の一部を再編集してご紹介します。
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あらゆる悩みは、対人関係の悩みと言える
アドラーは、1870年にオーストリアで生まれ、後に「個人心理学」を創始しました。その思想は、時代や社会の制約はありますが、今日も時代はまだアドラーに追いついていないところがあります。
アドラーは、「あらゆる悩みは対人関係の悩みである」と捉えていました。対人関係以外の悩みもあるのではないかと思う人もいるでしょうが、対人関係に関わらない悩みはありません。対人関係がうまくいっていれば、この人生を幸福に生きることができますが、反対に、対人関係がうまくいっていなければ、幸福に生きることはできません。
漠然と「幸福とは何か」を考えるのではなく、この対人関係をどうすればよくできるかを明らかにする──これが、アドラー心理学の大きな特徴です。

先に述べたように、私が講演をする時にいつも念頭に置いているのは、この人生をどう生きるかということです。ここでいう人生とは、何もしなくても過ぎていく誕生から死までの時間ではなく、人が日々経験する対人関係そのものです。
自分が幸福かそうではないかは、心の状態というよりは、他者との関係の中で感じられるものです。対人関係は悩みの源泉であり、そこに躓けば幸福だと感じることはできません。
悩みを避けるには、孤独を選ぶしかない?
では、悩みを避けるために誰とも関わらなければいいのか。確かに、悩みは減るかもしれませんが、幸福や生きる喜びもまた感じられなくなります。
長崎で被爆した作家の林京子は、次のようにいっています。
「十四で逝った友人たちは、青年の美しさも、強く優しい腕に抱かれることもなく、去っていったのである。恋する楽しさ、胸の苦しさを、味わわせてやりたかった」(『長い時間をかけた人間の経験』)
もちろん、恋愛が必ず成就するとは限りません。失恋の苦しみは耐え難いものです。しかし、その苦しみもまた、生きていればこそ経験できるのです。
鳥は真空の中では飛べません。風という抵抗があってこそ、空を飛ぶことができます。私たちの悩みや苦しみも、できれば感じたくはありませんが、幸福に生き、生きる喜びを感じるために必要なものともいえます。

仕事に取り組む勇気
このように、人生の中心にあるのは対人関係です。では、アドラーはその関係をどのように見つめ、どんな解決の道を示したのか──ここから具体的に見ていきます。
アドラーが繰り返し語ったのは、「勇気」の重要性です。この勇気は、私たちが人生で直面するあらゆる場面で必要になります。
アドラーは、次のようにいっています。
「自分に価値があると思える時にだけ、勇気を持てる」(Adler Speaks)
この勇気とは、課題に取り組む勇気です。この課題は大きく二つあります。一つは、仕事です。仕事は対人関係とは別の問題のように見えるかもしれませんが、実際には深くつながっています。
なぜ仕事に取り組むために勇気が必要なのか。それは、仕事が結果によって評価されるからです。結果を出せなかったら恥ずかしい、失敗したら評価が下がる──これは、仕事そのものの問題ではなく、他者からどう見られるかという対人関係の問題です。
仕事について「自分に価値があると思える」というのは、仕事をやり遂げる能力があると思えるという意味です。自分が有能であると思えないので、仕事に取り組む勇気を持てないのではありません。
自分には能力がないと思ったら、仕事に取り組まない、取り組むとしても積極的には取り組まないでしょう。自分には能力がないと思うことで、仕事に取り組むことにブレーキをかけているのです。
では、なぜブレーキをかける必要があるのか。本気で取り組んでいたら、いい結果を出せたのにと思うためです。もっと頑張っていたらいい結果を出せたかもしれないという可能性の中にとどまっていれば、失敗の現実に向き合わずにすみます。
しかし、可能性の中に生きるのでなく、たとえ低い評価を受けても、次にいい結果を出すために努力するしかありません。その際、人からどう思われるかを気にしてはいけないのです。
仕事でいい結果を出すためには、個人の努力が欠かせませんが、他者の協力も必要です。わからないことはたずね、援助が必要な時は援助を求めなければなりません。これも対人関係の課題です。
また、次のように考えることも大切です。仕事で評価されることを避けることはできませんが、その評価と人間としての価値は別だということです。よい評価を得るためには努力は必要ですが、たとえ低く評価されたとしても、人間としての価値が下がるわけではありません。
対人関係に入っていくための勇気
もう一つの課題は、対人関係です。先に見たように、多くの仕事もその内実は対人関係ですが、仕事に限らず、あらゆる対人関係に入っていくためには勇気が必要です。
なぜ対人関係の中に入っていくのに勇気がいるかといえば、対人関係の中では、摩擦が生じたり、傷つくことがあるからです。
だからこそ、対人関係に入らないための理由が必要です。それは、自分に価値があると思えないことです。ここでいう「自分に価値があると思えない」とは、「自分が好きではない」「自分を受け入れられない」という意味です。
カウンセリングにやってきた人に、私は「自分のことが好きですか」とよくたずねましたが、多くの人が「好きではない」と答えます。中には「大嫌いです」と答える人もいます。なぜそう答えるのか。それは、自分が好きになれば、対人関係に入っていかなければならないからです。
自分が好きでない人はこう考えます。「自分でも自分が好きでないのに、どうして他の人が自分を好きになってくれるだろうか」と。しかし、本当は、自分が好きでないから対人関係に入っていかないのではなく、対人関係に入っていかないために自分に価値がある、自分が好きであると思ってはいけないのです。

ありのままの自分を受け入れる
たしかに、対人関係は煩わしく、悩みの源泉であるように思えるかもしれません。それでも生きる喜びも幸福も、対人関係の中でしか得ることはできません。幸福になるためには、対人関係の中に入っていかなければならないのです。
そのための勇気を持つには、自分に価値があると思えなければなりません。できることは二つあります。ありのままの自分を受け入れることと、他者を仲間と見ることです。どちらも簡単ではありません。なぜなら、多くの人は、対人関係の中に入っていかないでおこうという決心を固めてしまっているからです。
また、別の自分になれないわけではありませんが、今までの自分とは別の自分になることを恐れる人もいます。入学や入社など新しい環境に入っていく時、新しい自分になることはできます。新しい環境では自分のことを知る人は誰もいないからです。
今まで自分は「暗い」と思っていた人も、自分のことを知っている人がいないので、明るく振るまうことができます。しかし、数日後にはもとの自分に戻ってしまいます。
違った自分になれないのは「性格」だからではありません。アドラーは「ライフスタイル」という言葉を使いました。それは生得的なものではなく、自分で選び取ったものであり、したがって、いつでも選び直せると考えたからです。アドラーは、次のようにいっています。
「ライフスタイルは、しばしば二歳で、五歳までには確実に認められる」(『生きる意味を求めて』)
ここでいうライフスタイルは、自分や他者についての見方、また困難に直面した時の対処の仕方を指します。子どもたちを見れば、それぞれ異なるライフスタイルを持っていることがわかります。積極的に人と関わる子どももいれば、人見知りして距離を取る子どももいます。依存的な子どももいれば、自立して自分の課題を解決しようとする子どももいます。
対人関係の中に入ろうとしない人は、子どもの頃からすでに人との距離を取ろうとしていたのであり、大人になってからも、人を変えて同じことを繰り返しているのです。
違うライフスタイルを選ぶことは理論的にはいつでも可能です。しかし、違うライフスタイルを選んでしまうと、次の瞬間何が起きるかがわからない。だから、今のライフスタイルで生きることは不自由で不便だと思っていても、変えられないのです。
では、どうすればいいのか。別の自分になろうとするのではなく、今の自分をそのまま受け入れることです。後でまたこの話はしますが、自分についての見方を変えるということです。
例えば、自分は暗いのではなく、「自分は人の気持ちがよくわかる優しい人だ」と見る。自分が優しいと思えれば好きになれるはずですし、それこそが「自分に価値があると思える」という意味です。
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アドラーの教えを詳しく知りたい方は、幻冬舎新書『誰にも支配されずに生きる アドラー心理学 実践編』をお読みください。
誰にも支配されずに生きる アドラー心理学実践編

「親の過度な期待」「職場の同調圧力」「SNSでの承認欲求」――他人の期待に応え、空気を読み続けるうちに、知らぬ間に“支配と依存関係”に囚われてはいないだろうか。そのような“偽りのつながり”こそが、あなたの生きづらさの原因である。本書では、「人の期待に反して行動する勇気を持つ」「自分を過小評価しなければ、もっと自由になれる」など、よい対人関係を築き幸福に生きる方法を、哲学とアドラー心理学を長年研究してきた著者が解説する。自分の人生を自分のために生きる勇気を与えてくれる一冊。











